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第一幕第二場:過ぎ去り日々の、キミと私とあのコ(第三編)

『騎士と泥棒』は皆さんご存じのケイドロですね。

キリがいいので第一幕はここで終わりとします。


「みんな、ごめ~~~ん!! ()()捕まっちゃったー!!」


 あたしは姿を隠している五人の仲間に向かって、思いっきり叫んで知らせた。


 今、皆で遊んでいるのは『騎士と泥棒』という、騎士が隠れた泥棒たちを捕まえていくゲームだ。これは騎士と泥棒の二グループに分かれて遊ぶ子供のゲームで、今はルーベンとリーノが騎士役を務めている。


 ちなみに泥棒組のあたしは既に捕まり、牢獄に指定された場所に囚われているのだ。不名誉な第一号の囚人として。

 もし捕まっていな仲間の泥棒にタッチされたら、あたしは牢獄を脱出して再び逃げる事ができる。そして泥棒が全員捕まると、騎士側の勝ちとなるのがルールだ。


 そして恐るべきは、ルーベンとリーノという小さな騎士様たちだった。


 この二人は決して足が速い訳ではないけれども、耳のいいリーノが物音を聞き分け、目の良いルーベンが目ざとく見つけてしまうのだ。

 事実、先ほど草むらに紛れているところを、一瞬風になびいたあたしの金髪を見逃すこともなく、あっさりと捕まえられてしまったのである。今回は上手く隠れられるように深緑色のワンピースを選んだにも関わらず、不甲斐ない結果となってしまったのはとても残念だ。

 そして二人の騎士様は牢獄の見張りも残さずに、泥棒を探しだすために少しずつ慎重に、この場から離れて行こうとしている。


 それをチャンスと見たオスカルが、あたしを救出するために果敢にも、川の方から地面を這いずって向かって来ている姿が一瞬、草の間に見えた。


 これはイケるかもと期待した瞬間。


 川だ、と叫ぶリーノに反応して、ルーベンが瞬く間にオスカルを見つけたらしく、見つけた、と言ってそのままあたしの方に向かってきた。

 と言うのも決断力のあるオスカルは見つけられた瞬間には、牢獄のあたしにタッチしようと駆けだしていたのだ。

 意外にも速いその足取りに、あたしもこれは間に合うだろうと思ったけれども、ほんとギリギリの所で逆にルーベンによって捕まってしまった。


 うーん、これは残念。

 でもあたしとしては、雑談できる囚人仲間が出来たので嬉しかったりもする。


 それから倒木の陰に振るえて隠れているニコロが、目ざといルーベンに見つかる。

 そのニコロを囮にして近くの草むらの中に隠れていたイジードロが、その身を低くしたまま己の快足を頼みに牢獄へ全力疾走で向かうも……。

 直ぐに耳の良いリーノと目の良いルーベンに気づかれ、前後から挟まれてあっさりと捕まってしまった。

 その後で、ずっと倒木の陰に隠れたままだったニコロが捕まり、これで牢獄の住人は五名となった。


 こうして最後に残るのは、いつも通り例の双子だった。

 この二人がまた小さい騎士様たちとは違い、別の意味で強敵なのだ。


 正直、勝つためであれば平気で水の中に潜ったり、全身泥まみれになると言うガチ勢の双子には、毎回ドン引きのあたしである。


 ・

 ・

 ・


 残すところあと二人と言う所で、小さな騎士様たちは川の方へと走っていった。双子を見つけたのだろうか?

 いえ、川とは反対側の草むらの方で、その全身に草を身にまとったガチ勢らしき姿が二人いた。ならば、あの騎士様たちは何を見つけたのだろうか?

 あたしはそれが気になって、制止する声も、ズルいと叫ぶ声も無視して、川辺にたたずむ二人の元へ駆け寄った。


 そっか、そういう事なのね……。


 川の上流から悲痛な鳴き声をあげて流されてくる小さな命があった。

 間違いない――。()()子犬だ。

 どうやら遊んでいる途中、耳の良いリーノと目の良いルーベンが川を流される子犬を見つけたらしい。


 騎士様たちとボス囚人の異変に気付いた泥棒仲間たちも駆け寄ってくる。

 皆も同様に流されるに気づくと、すぐさま自ら進んで川に飛びこもうとする双子とそれを止めるニコロ。何故なら双子は泳げないからだ。


 あたしは足の速いイジードロに司祭様へ知らせるよう指示をしつつ、躊躇(ちゅうちょ)せずにワンピースを脱いで下着姿で川に飛び込んだ――――。

 あぁ、そうだ。あたしも泳げなかったわ……。


 春先とは言え、川の水は身を刺すように恐ろしく冷たい。

 それでも急いで川の中をあたしは進む。あの小さな命のために。


 まだ足が川床に着くけど、この先が危ういのは分かる。

 あぁ、そうだ。あたしも泳げなかったわ……。

 でも時間が無いと、覚悟を決めてその身を川の中へと投げ出す。


 ――――!?


 覚悟していたはずなのに、あたしの柔肌はその冷たさに思わずビックリした。

 足の指先だけでなく、全身がこの水の冷たさに痛みだす。


 しかし今はそんな暇すらもない。あのコのためにも今は……。


 そして流されてゆくあのコに向かって、自身も流されるように拙く泳いでいく。


 ・

 ・


 なんとか……、子犬に手を触れ、そのコを水中から持ち上げる。

 う、結構、重い……。


 それから何とか岸辺に向かって泳ぎ始めたところで、流れに飲まれてしまった。

 鼻と口から冷たい水が流れ込んできて、息ができない。


 そしてあたしの目の前は、真っ暗になった……。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 ハッ――――。


 目覚めたあたしは、古臭く質素な部屋のベッドに寝かされていた。

 これは――――教会の一室、きっと司祭様の部屋だろう。



 あれ? 何か変な気がする……。


 何やらあたしの股の間に、温かい()()が――――、挟まっているようなのだ。


 よくよく見るとそれは――――、白地に黒ぶちの物体、()()子犬だった。

 救おうとした子犬は、今あたしの太ももに挟まり、丸まって眠っている。


 そして部屋の窓際にある大きなひじ掛け椅子には、毛布に包まったままでウトウトしているシルバーグレイの髪の彼がいた。なぜ――――ここに?


 その疑問を余所に、あたしはしばらく子犬を撫でていた。

 すると気配に気づいたのか、彼は目覚めたらしい。


 それから――――彼の話では、いつの間にか姿を消していた子犬の行方が気になり、教会まで戻ったところで、息を切らせて走り込んできた髪の長い少年に会ったらしい。

 結局、あたしの危機を知らせてくれたのは、いつも決断力のあるオスカルのようだ。


 そしてあたしを助けてくれたのは、今目の前にいる彼だった。


「助けてくれて、ありがとう。素敵な殿方のお名前は? あたしはジルダよ」

「…………私はグラティエールと言う、一介の騎士に過ぎません」

「へぇ、騎士様なんだ。ならやっぱり素敵じゃない、お召し物も立派だったし」

「確かに、私の()()立派な騎士でした。そう、二人とも――――。だが私はそう言うものではありませんよ……」


 二人とも? つまり彼には実の父親と育ての父親がいるのだろうか?

 それにそこまで自分を卑下にするだなんて……、きっと彼には複雑な家庭の事情があるのかもしれない。


「そう言えば司祭様とは旧知の間柄のようでしたけど、一体どういう関係で?」

「ジョアキーノ司祭は、養父が師と崇めるお方です。

 この度、ご高齢のために勇退される司祭には、是非とも当家に身を置いて頂きたいと申し出たのですが……」


 常日頃から清貧を尊び、財貨や権力には決しておもねる事のない高潔な司祭様の事だ。その答えは聞かずとも分かる。


「――――”これまで通り、最期までこの身一つで歩む故、死後は簡素な葬儀のみでよい。その上で遺体は、野に打ち捨て貰って結構”との事でした。」


 司祭様らしい、迷い無きお言葉だと思う。

 それから彼と色々なお話をたくさんした。


 犬の事、子供たちの事、勉強の事。それから世に少なくない恵まれない子供についても。果ては詩や歌、草花からお菓子。歴史から伝奇や伝承まで暇がないほど沢山話した気がする。

 ふと気が付くと、窓の外から飛び込む光が橙色へと姿を変えていた。


 もう時間です、と彼は言った。


 長話をしている間に、彼の濡れていた白い素敵な騎士様の衣服も乾いたらしい。

 窓際に吊るしていた乾いた深緑色のワンピースも、川の水でキレイさっぱりと泥が落とされていた。


 それから彼に犬を預け、先に部屋を出て貰った。もちろんあたしが着替えるためにである。

 ちなみに彼が責任をもって、子犬を引き取ることになった。


 そして部屋を出ると、七人の小人にあたしは囲まれたのだ。

 おとぎ話の姫様ではないけれど、心配してくれた彼らにはちゃんと礼を言った。



 その後、皆で可愛い従者を連れた本物の騎士様を見送ったのだ。


 去り際に彼は、この子に何と名付けたものか、とあたしに問うてきた。



 それに対するあたしの答えは――――。



(こい)の訪れを告げる(ヴェント)(Vento)よ……。素敵な騎士様」


次回は、『第二幕第一場:行け、我が想いよ』を予定しています。

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