第一幕第二場:過ぎ去り日々の、キミと私とあのコ(第二編)
これがジルダと彼との馴れ初めでした。
「そっちの長椅子は、マリオとルイージの二人でお願いね。
くれぐれも怪我しないように、気を付けなさいよ」
同時に発せられた元気のいい返事。
一番体格の大きなマリオとピエルルイージが一緒に長椅子を運んでくれている。流石に双子だけあって、いつも通りに息がピッタリだ。
「ほら、オスカルも腕組んで偉そうに見てないで、テーブルを拭いているニコロを手伝ってよ。そこの戸棚から、皆の分のお皿を出しておいてね」
気が付いてませんでした、とばかりに戸棚へと足早に向かう美しい長髪の男の子。ろくに手入れをしていないと言うのに、この子のキューティクルな綺麗な髪がとても羨ましい。
マイペースなためか気の利かないことが多いけど、真面目でハッキリものを言う子だ。その子供らしからぬ堂々とした落ち着きには、何処かの国のお大臣様かなと思ってしまう。
逆にニコロは、心配性のためか普段はオドオドしている事が多いけど、それだけによく気が利いて頼りになる。その上、あたしが週一で教えている文字や算術の勉強会では、一番良くできる子でもある。
「ルーベン、さっさと水差しに水を入れて頂戴。
いつもの文句は、後であたしが聞いてあげるから……。」
ルーベンと呼ばれた髪をかなり短く刈り込んでいる美少年は、ぶつくさ言いながらも水瓶から水をすくい、二つの水差しを一杯に満たしてくれる。
この子の容姿は女の子と見間違うほどの美貌のためか、方々でトラブルに巻き込まれがちらしい。そのためか世の中の出来事に対し、斜に構えがちで文句も多いのだ。髪型も女の子に間違えられないように短くしているとの事。
「あっ、こら! イジードロ! つまみ食いなんて行儀の悪い事はしないの。
後でいつものようにお尻をひっぱたくわよ?
少しはリーノを見習いなさい。ちゃんと行儀よく待っているでしょう?」
この二人は最年少ながら全く正反対のタイプである。リーノは気弱だけど、虫や生き物が大好きで、何事にも熱心な子だ。そして子供たちの中でも一番の問題児であるイジードロは、食いしん坊で怠け者の上に、生意気で喧嘩っ早いけど、可愛いい子犬や子猫を怖がるほどのビビりなのだ。
ん? 全く良いところが無いわね。――――あれかしら? 足の速さと身軽さだけは、最年長のマリオとピエルルイージに迫るほど素晴らし……かったはず。
かく言うあたしは、古びた教会の手狭な厨房でちょっとした料理をしている。
とはいうモノの、お布施で貰ったというキノコと卵で作った簡単な塩スープだ。
量はそう多くないけれども、味気ない食卓を彩るために必要な一品である。
双子が二組の長椅子を厨房へと運び入れてくれたので、遅い昼食の支度は一通り整ったといえる。後は司祭様を待つだけだ……。
あ、その前に子供たちにちゃんと手を洗わせねば。こういう習慣は大事よね。
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その少し後、遅れてきた司祭様と一緒に、食事前の神様への祈りを皆で捧げる。
それからやっと皆で食べ始めたところに、一人の若い男が司祭様を訪ねてやってきた。小さな可愛らしいお供を連れて。
彼はシワ一つない純白のお洒落な衣服を、その身にまとった美青年だった。
その流れるように長いシルバーグレイの髪をかき上げる仕草に、あたしはドキッとした……。
何とも涼やかなイケメンだろうか。おとぎ話や伝承に登場する騎士様や王子様と言うものは、きっと彼のような素敵な殿方に違いない。
そしてその彼の足元には、何故かキャンキャン吠えている薄汚れた子犬がいる。
「ジョアキーノ司祭様、お久しぶりです。
これは――――お邪魔でしたか?」
「ほっほっほー、気にせんでよいよい。
その懐かしい顔をまた見る事ができ、この愚僧も嬉しいのじゃよ。
話であれば、そちらの部屋で聞こうかのう」
なるほど、なるほど。少し聞いただけで、彼が美声の主である事が分かった。
彼は司祭様のバス声よりも高い、テノール声である。あたしの好きなタイプだ――。
「リーノ! 触るのはいいけど、食べる前にもう一度よく手を洗いなさいよ」
その薄汚れた子犬に興味津々のリーノは、ゆっくりと近づいて撫でようとするも、威嚇されて躊躇している。
その一方で、子犬を見て直ぐに席から飛び退き、厨房の隅で壁にすがりつき震えているのは……。
「こら、イジードロ。怖がってないで、席に着きなさいよ。
食べないのなら、そちらの可愛い子犬ちゃんにあげるわよ?」
そう言うと、壁際の食いしん坊はしぶしぶ自分の席に着く。
――――どうやら彼の話では、この小さな可愛らしいお供は捨て犬らしく。ここまでに来る途中で彼に絡んできて、そのままここまで付いてきたらしい。
それから二人が別室でお話をする間はと、あたしがこの子犬を預かる事にした。
この子は見た目通りにお腹を空かせているらしく、あたしが食べる予定だった黒パンを分け与えてみる。
久々の食事にやっとありつけたのか、嬉しそうに尻尾をふりながら、手のひらの上に載ったパンを貪っている。ふふっ、可愛い子ね……。
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しばらくすると二人は部屋から出てきた。丁度、他の子の分の干し果物を横取りしようとした食いしん坊をあたしが叱っていた時だ。
そこで彼と目があったので、丁寧にあらかたの汚れを落とした可愛い従者を返却する事にした。ちなみに汚れを拭う際に少々暴れてくれたので、逆にあたしのワンピースは泥などの汚れまみれになってしまったのである。
しかしキレイにしてみると、この子犬は白い毛に黒ぶちだらけであった。
「ありがとう、お嬢さん。どうやらこの犬は、――――ダルメシアンみたいだね」
でもなんだか彼は微妙な顔をしていた。
せっかくご主人様に合わせて、キレイにしてあげたのに迷惑だったのだろうか?
それから司祭様とあたしとリーノの三人に見送られ、彼は従者の子犬を不本意そうに引き連れながら、教会を出て行ったのだ。
素敵ではあるけれども、ちょっと塩対応なご主人様を見初めてしまった可愛らしい従者のあのコには、流石にあたしも同情してしまう。
本当にあのままで、大丈夫なのだろうか? ――――と。
昼食の後、テーブルの上をキレイにしてから、引き続いて厨房を借りて、子供たちには絶賛人気の勉強会をいつものように始めた。
でもそれもニコロ以外の子が皆、勉強には飽きてきた様子だったので、天気も良くうららかな小春日和の外で遊ぶことにしたのだ。
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そういう訳で、子供たちと川辺の草むらまで移動する事にした。
この気持ちのいい青空の元で遊ぶのであれば、草花が沢山おおいしげる広々とした場所が良いだろう。
「こらー、ちゃんと真っすぐ一列に並びなさいよ。皆に同じ数だけ配るから……」
それでも我先にと一番前に立とうとする食いしん坊と前に入られて泣きそうになる子、それに文句をいう子。この場合は順番を気にする必要は無いとオドオドと説明する子に、自ら進んで後ろに回り自分より小さな子を前に置こうする双子。
そして我関せずと、少し離れた最後尾で腕を組んで待つ子。
いつも通りの見知った光景だ。
それからあたしはクッキーを公平に配っていく。それは全部で36枚あったので、あたしは残り1枚だけを頂くことにした。
自分で言うのもなんだけど――、バターが程よく効いて中々の美味だと思う。
もちろん、このようなお菓子に飢えた子供たちには大人気である。
これにはさしものあたしも、ニッコリ笑顔になるというものだ。
うん。これで遠からず―――、問題無くあたしも花嫁になれる事だろう。
きっとそうなるに、違いない……。
次回は、(第三編)となります。




