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第一幕第二場:過ぎ去り日々の、キミと私とあのコ(第一編)

色々と悩みましたが、ト書きのダイジェスト版ではなく、回想シーンとしてキッチリ描いて差し込む事にしました。そこそこ長くなるかもしれません。

 

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 ふあぁぁぁっ~。


 どうやら、ウトウト──していたみたいね……。


 ポカポカと暖かく心地よい木漏れ日が、あたしとあたしの膝の上で伸び切って眠る、白い毛の愛らしい子に降り注いでいる。

 この季節特有の柔らかな陽射しが、ミミちゃんだけでなく、このあたしをも夢の旅路へと誘うのだ。これにはとても困っている。

 何故ならば、あたしは今こうして手紙を読んでいるし。それに正午の鐘が鳴る頃には、オーブンで焼いているクッキーも出来上がるので、ここでボンヤリと昼寝をする訳にはいかないのだ。まぁ、危うく旅だつ寸前だったけどね……。


 でも正直に言うと、今すぐ横になって、惰眠を貪りたいと思っている。


 この慣れ親しんだ我が家の庭に、咲く草木や花々が放つ春の香り。そしてそれを運ぶのは、暖かく優しいそよ風。それらが庭で日向ぼっこをするあたしたちに、春の息吹を感じさせてくれる。

 ここで思いっきり昼寝出来るのであれば、さぞかし気持ち良いだろう――なぁ。

 ほんと今日の今こそが、絶好の昼寝日和だと思うわ……。


 そして普段であれば、つまらない書物や物語を読み聞かせられると、あたしは直ぐにでも夢の世界へと引っ越してしまうものだけれども。しかしながら意外にも彼女、従妹のマリーからの手紙が楽しいのだ。ちょっとウトウトしちゃったけどね。

 ここ何年か体調を崩しがちだった彼女は、今現在、療養のためにアミアータ渓谷の、とある町に滞在しているらしい。その彼女の手紙によると――――。


 アミアータ渓谷と言うのは、あたしが住む街から西に行ったところにある、風光明媚な景勝地である。

 もちろん緑豊かな自然や、美しい田園風景が望めるだけでない。

 その雄大な自然により培われた、肥沃な黒土(くろつち)がもたらす、実り豊かな大地の恵みの数々が食卓を彩ってくれるらしい。

 それに加えて、谷を縦断する丘陵地帯の北端には、教皇が代々その身を置く歴史的な教会の都、教皇都コルシニャーノがあるとの事。そしてその街では、毎年夏になるとチーズ転がしなる一風変わった祭りが催しされているとあった。


 こうして彼女の手紙を読むだけでも、その情景がありありと思い浮かび、あたしの心をワクワクさせてくれるのだ。だから何度も何度も手紙を読み返しては、まだ見ぬ世界へと思いを馳せる。


 この手紙だけでなく、あたしの知らない世界の事を教えてくれるものは、すべからくとても興味深い。

 他にも書物で読む歴史や地理、様々な土地の風習や文化などを調べるのも、あたしは好きだ。それらによって得られる知識や情報が、まるで頭の中であたしを見知らぬ国に、旅しているような楽しい気分にさせてくれるから……。


 そんな風にあたしがなってしまったのは、生まれてからこっち今の今までの十六年間を、ずっとこの街だけで、過ごしてきたからだと思う。もしちょっと勝手に一人で、遠出をしようものならば、お父様がもの凄~く、心配するのである。


 だから今では、許可された範囲内でしか外出できないという、少しばかり退屈な生活を送っている。

 それでも外出が週に一度の教会の礼拝だけという、籠の中の鳥(ひきニート)状態に押し込められるよりは、ずっとマシだろうと思う。



 しばらくすると、正午を知らせる教会の鐘が、遠くから聞こえてくる。

 オーブンの中のクッキーが、焼きあがる時間になったので、しぶしぶこの魅惑的な陽だまりから、退去する事にした。


 気持ちよさそうに寝ている、ミミちゃんを起こさないように、そろそろっとあたしの膝の上から、降ろそうと試みる。すると彼女は寝ぼけているのか、あたしの手を甘噛みして、じゃれついていきたのだ。

 でもあたしは日当たりの良い草むらの上に、そっと彼女を置く。そして甘噛みされている右手をそのままにして、反対の手で彼女の頭を優しく撫でてみる。そうすることで、彼女は気持ち良さそうに、また夢の世界に旅立って行ってしまった。


 それからあたしは、解放された右手に付いた彼女の涎をハンカチで拭と、「またね」と眠り姫に声を掛けてから、その場を後にしたのだ。


 厨房に戻ると、既に婆やがオーブンから、焼きあがったクッキーが乗るプレートを取り出し始めたところだった。あたしも急いで婆やを手伝い、取り出した焼きたてのクッキーを全て、麻の布袋に詰めていく。そしてその布袋の口紐を引っ張って締めるのだ。


「これでヨシっと。じゃあ婆や、教会に行ってくるね」

「はい、お嬢様。お気をつけて」


 あたしはクッキーを入れた袋の紐と、干した果物をたくさん詰めた布袋の紐を結び、それを自分の首にかける。それから婆やが用意してくれた、野菜スープの入った小さな飯盒の取っ手に手首を通してから、チーズと固い黒パンの入れた大きな籠を、よいしょッと声をだして、両手で抱え上げた。

 これが意外とかさ張るし、結構重いのである。非力な女の子一人では、なかなかに大変だ。

 それでもこれらは、あたしのちょっとした慈善活動には、必須のアイテムなので、それほど苦にはならない。


 それからあたしはいつも礼拝に行く、川辺の小さな教会へと向かった。

 きっといつものように、子供たちが待っているだろう。

 お腹を空かせている、あの子たちが。


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 いつの世も貧乏な家庭があり、そこにはひもじい思いをしている、子供がいるものである。

 そんな恵まれない子供たちのために、このあたしが出来る事はそう多くはない。

 たとえそれが偽善や自己満足と言われよと、それでもあたしは可能性と言う宝物を持っている、子供たちのために何かをしたいのだ。


 だからこうして週一度のペースで、我が家で食べきれない食べ物と、手作りのお菓子を用意して、自主的な慈善活動を行っている。他にも子供たちに、文字や算術を教える勉強会もだ。


「やあやあ、おはようさん。ほっほ、ジルダ嬢は日増しに美しくなっておるのお」

「こんにちは、司祭様。いつもお褒め頂きありがとうございます。ところでお身体の具合は大丈夫ですか?」


 新市街に唯一の川辺にある、小さな教会に辿り着くと、あたしを出迎えてくれたのは、ヨボヨボとした足取りのジョアキーノ司祭様だ。この一年で、足取りすらおぼつかない様子になってきたので、とてもとても心配である。


「ほっほっほー、この老いぼれた愚僧をいつも気づかってくれるのは、ジルダ嬢とジョヴァンナ嬢だけじゃのお」


 この齢九十を数える、ご高齢の司祭様の前では、婆やも嬢ちゃん扱いなのである。


「しかしあれじゃな────、愚僧が生きておる内にジルダ嬢の婚礼くらいは祝福したいと思うておったが」

「司祭様、あたしはまだ十六になったばかりで、未だに相手もいませんよ~」

「──左様か、勿体ない話じゃのお。まあ、ジルダ嬢のお父上の行き過ぎた()()()()、場合によりけりかもしれぬな」


 そうなのだ。心配性のお父様は、あたしを大事にするあまり、舞い込んでくる見合い話は全て、即断でお断りなのである。この分では、あたしの花嫁姿はまだまだ随分先の、話となるだろう。

 今では定番となった司祭様とのこの話題にも、あたしはいつも苦笑するしかない。


「でもいずれはあたしも花嫁になりたいので、その時まで司祭様もお元気でいてくださいね♪」

「ほっほっほっほっ、まこと嬉しい申し出じゃが──。この愚僧、来月にはお役目を終えるからのう」

「えっ? それはどういう事ですか? 来月というと、もう一週間後の話では? そんなにも具合が悪いのですか?」

「正に然りじゃ。流石にもう身体もいう事を聞かぬ。それに来月、もう来週の話かのお。愚僧の代わりにと、拙僧の子供くらいの年の者がこの貧乏教会に来る予定じゃよ」


 確かにこのサンタクローチェ教会は、目の前の司祭様と同い年の古い石造り建物だ。最近は所々で雨漏りがするくらいボロボロなのである。

 それでも新市街の有志からの寄付で何とか成り立ってはいるものの、この教会の先行きは不安と言えるだろう。裕福な旧市街にある区教会とは違い、世間様からも教会内部での扱いも良くないらしい。


「そうなんだ……。司祭様が居なくなると寂しくなりますね────」

「ほっほっほー、そう言うものじゃよ。『時が経てば、生あるものは必ず死に。形あるものは必ず壊れる』という。これら全て、世の定めだからのう」


 司祭様のもっともな教えに、あたしは言葉もなかった。

 そう、いつかは別れが来るのだ。大好きなお父様とも、婆やとも──。


 それからあたしは、右手首にぶら下げた飯盒鍋を、司祭様の食事にどうぞと差し出しす。

 それからお腹を空かせた子供たちが待つ、教会の中へと入った。



次回は、(第二編)となります。

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