第一幕第一場:愚か者二人(後編壱)
例によってほとんど話が進んでないので、一旦これで切ります。
「──で、俺に絡んできた嬢ちゃんの用件は何だ?」
やむ無しという表情で、しぶしぶあたしの話を聞いてくれる赤毛の騎士様。
しかしながら、彼のその両腕を胸の前で組み、ふんぞり返るような態度は一体──なんだろうか。
そしてこの告白をされた側が、恋の主導権を握ったような空気感は──?
これではまるで、貰い手もいない箱入り娘あたしが、良家の貴族の坊っちゃん騎士様に値踏みをされている構図、そのものではないのか!?
もー、怒ったぞ〜! ε=(`・ω・´)
「…………………………」
え、何なの?
今度は何やら憐れむような目と表情で、あたしを見つめている。彼は頭のおかしい可愛そうな女の子でも見つけたんだろうか? o(・_・*==* ・_・)o
残念な事に、この天下の往来で女子女子しているのは、あたしか反対側の端を歩いている老婆くらいである。ハテな? 彼は何を見ていたのかしら?
「──悪いが俺は嬢ちゃんほど暇じゃねぇんだ。あばよ」
そう告げると、連れなく立ち去ろうとする赤毛の騎士様である。
「いやああああああぁぁぁっ! 待ってぇー! あたしを捨てないでーっ!!」
すかさず彼の腰に飛びつくあたし。
ここで逢ったが百年目?
偶然にもやっと出会えたというのに、決してこの男を逃してなるものかと。
まるで行き遅れの妙齢の女性が泣いてすがるように、あたしは彼を離さなかった。(にちゃあ
「おいおい……。お嬢ちゃん、勘弁してくれよ」
すがりつくあたしを無理やり引き剥がそうとする彼。だけど必死なあたしも、それをさせじと抵抗を続けるのだ。
「ちゃんと理由を話すからーっ! あたしを許してぇー! えーん……」(*ノω・)゜・。
ここはもうひと押しと、恋人同士の痴話喧嘩の現場の体で涙を流しながら、女優になった気分で演じてみせる。
すると、この修羅場を見かねたのか。先ほど横を通り過ぎた心優しい老婆が、あたしたちを振り返り、恋人は大事にせにゃならんよ、と素晴らしい牽制球を投げてくれた。ナイスアシストよ! ありがとう、見知らぬお婆ちゃん!
どうやらその不意に投げつけられたボールが刃物に変化して、彼の心にグサリと刺さったらしく。それまではあたしを無理に引き剥がそうとしていた彼も急に大人しくなり、あたしを一瞥して、いいぜと一言を発した。
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「とりあえずだ──。一旦、離しちゃくれないか?」
未だに彼の腰にしがみついているあたしへの抗議らしい。
しかしあたしの答えは決まっている。もちろん、ノーとばかりに黙って首を横に振るだけだ。
すると彼は肩を落とし、深い溜め息をひとつしてから、諦めたように言った。
「分かった、分かった。嬢ちゃんの粘り勝ちだよ──。最後まで話を聞いてやるから、できるだけ手早く頼むぜ」
それからあたしは、もっともらしい事情と理由を彼に伝えて、赤毛の騎士様の協力を仰いだのだ。その内容はこうだった────。
────とある事情のため、別れて暮らしているあたしとマリー。この街に住む姉のあたしを訪ねてきたマリーが拐われてしまう。しかし騎士ガルガーノ様が颯爽と現れ、囚われの妹を助けてくれた。でもまだ身の危険が迫っているので、二人には念のためにと、王都の実家へ帰ってもらった。
そしてあたしもこれを機に、この街を離れたいと思うけど、見た目麗しく、か弱いうら若き乙女の故に、どうしても騎士様の助けが必要なのです。あぁ、ガルガーノ様の親友である、赤毛の騎士様であれば、きっとあたしを無事に、王都まで連れて行ってくれる事でしょう──と。
無論、この間もあたしの両腕は、彼の腰にしつこ~く絡めたままである。
「────なるほどな。どうりでマリーの嬢ちゃんとソックリな訳だ。しかし──、アイツもこの街に居たのかよ……。ひと声かけてくれりゃあ、いくらでも手伝ってやるのに」
よしよし、この誇張気味の創作話を、彼は信じてくれた。どうやらあたしには、物語作家の才能があるらしい。
「そういう理由なんでぇ~。あたしを手伝ってぇ~、くださいますぅ~?」
「…………………………」
え、何なのよ? ひょっとして、またやっちゃいましたか?
彼はジト目であたしを見下ろしている。何が気に入らなかったのだろうか?
あたしには心当たりもなければ、皆目見当もつかない……。
「なんか釈然としない感があるが、アイツも関わっているのであればしょうがねぇな。ただ、ちょっくら先に、俺の用事の済ませてくるわ。だから────」
おいコラ離せよ、とのたまう彼。
だが離さない! このあたしが、ハイそうですか、と離す訳がない!
あたしも負けじと彼の片足に自分の両足を絡めて必死の抵抗をする。さながら、離しませぬぞおぉぉ、と鬼の形相で叫び声を上げる姫君のように。
「マジで勘弁してくれよ……。もう時間がねぇーんだよ。シナモンアップルパイが」
「あらぁ? ひょっとしてお客さん、『優雅な林檎亭』の看板名物こと、大人気商品の『シナモンアップルパイ』をお求めですかぁ?」
あたしはしがみついていた手と足を離しながら、彼を見上げて言った。
にちゃあとした笑顔で再び。
すると彼は寒気でブルったような表情をして、なぜそれをと、問いかえしてくる。
「ざんね~ん。あたしが目にする前に、今日も瞬殺されてましたぁ~」(ニヤリ
この無慈悲な現実を、突きつけられた赤毛の騎士様は、言葉にならない悶えを、全身で表現してくれた。両手で頭を抱えて、その場にしゃがみ込み悶え、深い溜息とともに落胆していらっしゃる。
うんうん、分かる分かる。あたしも味わった事のあるのよ、その気持ちを。
そっか〜、あの看板名物の、シナモンアップルパイが好きなのね。
こんなにも肩を落とすように落胆している、男を見たのは久しぶりである。
それにある種の気持ち良さ──、もとい見かねた心優しいあたしは──。
ポンポンと、すっかり女性のように落ちこんでしまった彼のなで肩を叩き。
苦心の末にようやく手に入れた、この愛しい我が子同然の焼き菓子が、詰まった紙袋をあたしは無言で差し出す。
アレよ、アレ──。『旅は道連れ、世は情け』ってやつかしら?
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な、ななななな。なんという所業をするというのだ。この男は!?
あたしが差し出した、貴重なあの『優雅な林檎亭』のクッキーを、この男は一口で食べてしまったのだ。ろくに味わいもせぬとは……、なんという暴挙だろうか。
もしもあたしがスイーツの神に、生まれ変わったのならば、間違いなくこの男に甘い呪いをかけるだろう。ベトベトに甘い女に、一生付きまとわれる呪いをな!
うめぇ~、と一口で次々とあたしのクッキーを食べてしまう呪われた騎士様。
うん、確かにシナモンクッキーは、美味しいわ。あたしのオススメよ。
あ、その塩カラメルクッキーは、あたしの好きなやつね。情があるなら、それは少しくらい残してもらえるかしら?
アーモンドとナッツのクッキーは、全部食べていいからね。だからあたしの好きなのは、流石に、ちょっと。
あれ? ねぇ、ねぇ──。そろそろ本気で、止めてもらえませんかー?
ちょっと! 全部なくなっちゃうんですけどー!?
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「アッー!」ゴンッ
ハァ、ハァ、ハァ……。
思わず怒りに任せてつい。久々に出てしまった──。あたしの右拳が。
さようなら、呪われた騎士様。
これも全て、あなたが悪いのよ?
次回は、(後編弐)となります。




