第一幕第一場:愚か者二人(中編)
「マリー、あたしは平気だから! あなたこそ、この殿方から離れちゃだめよ!」
「でも、ジルお姉さまこそ!「もう追手がそこまで、マリー! つかまってろ!」」
それは案の定の展開というか、予定調和の運命的な出会いだった。
例によって、川辺の教会に向かう道すがらにある公園通りの外れで、あたしはマリーと彼女を助け出したガルガーノとこうして相見えている。
「待って! ガル様、まだお姉さまに──」
「あたしは大丈夫よ、マリー。また王都で会いましょ! 早く行って!!」
彼はマリー決してを離すまいと、右手を後ろに回して自分に密着させるように押さえつけ、左手で手綱を巧みに操り馬を駆けさせた。
すると馬と二人はあっという間に、あたしの目の前から土埃だけを残して去って行ったのだ。
ひょっとしたら、別の展開もあったかもしれない。
もしくはここで二人を引き留めて、これから起こりうる数々の困難な障害を協力して乗り越えるという選択肢も考えた──────。
でもできなかった。無垢で純真な愛らしいマリーと、恐ろしいほど向こう見ずで真っすぐなくせに、乙女のような一面もある、彼を巻き込みたくなかったからだ。
(これでいいのよね……)
その後少しすると、既に去った二人の後を追うように、馬にまたがった例の追手が現れる。例によって、髭面の小男と痩せノッポである。
そして二騎の追手はあたしに目もくれず、マリーたちを追いかけて一目散に走り去っていった。
この悪漢たちは決して二人に追いつけないだろう。もし仮に追いつけたとしても、あのシルバーグレイの髪をした、騎士様に勝てないはずだ。あの騎士様の実力もさることながら、彼が命を落とすのは今、この時ではないのだから。
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それからあたしは、旧市街の外縁区画の一角にある店を訪れら。そう、公都マントヴァで一番の焼き菓子の専門店、『優雅な林檎亭』だ。
店の前では、沢山の女性や子供たちが列をなして、既に甘く香ばしい香りが漂う店が開くのを、今かと今かと心待ちにしている。
でもその並んでいる行列の中には、あたしが探すあの男の姿は無い。
確か正午を知らせる、教会の鐘が鳴るのを合図に、いつも開店していたと思う。
日曜の礼拝も、鐘を合図に始まるから、そろそろの時間のはずだ。
とりあえず列の最後尾に並んで待とう。
待っていれば、目的の男が現れるかもしれないから────。
でもここで皆には、勘違いしないでほしいと思う。
これは決してやましいものではない。あたしが毎週の礼拝時には、欠かさず実施をしていた世情調査などのような下世話なものではないのだ。
つまりこれは──、新たな重要情報の収集を目的とする言うなれば──、ちょっとした社会見学の一環なのである。うん、うん。
これから社会の荒波に、飲まれる予定のあたしには、とてもとても大事なミッションなので、平に平にご容赦くださいますようお願い申し上げます。m(_ _)m
良し、言い訳終わり!!
それからあたしは、いつものように耳をダンボ状態にして、社会見学と言う体で、世情調査に熱中したのである――――。
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結局、あたしが得ることができたのは、『優雅な林檎亭』の絶品焼き菓子だけであった。(もぐもぐ
ワンチャンに期待して、念のためにと旧市街で一番大きな、花屋を訪ねてみたけれども、やはり季節外れのバラは、買い占められた後であったのだ。(もぐもぐ
一応、それが誰の手に渡ったのかは、おおよその検討はついている。何とかならないものかしら? (もぐもぐ
そんな事を考えながら、旧市街と新市街を繋ぐ橋のところまでたどり着いた時、あたしは見つけた──。
ガルガーノよりもずっと背の高い細マッチョで、短く切り揃えた赤毛の騎士服の男は、あたしを見つめたまま固まっているようだった。
ハハハ、可愛いやつめ。あたしの愛らしい美貌に、見とれていたと申すのか?
──ハッ、まさか!?
あたしが苦心して、本日のラスイチで手にしたという、大人気の新作。
この右手の内にある、食べかけの絶品『塩カラメルカステラ』を羨んでいるのでは!!??
「ちげーよっ!!」
イダダダダダダ。痛っ、痛い、痛いってー! 誰か、助けてー!!
いつの間にか目の前の男が、あたしのピッチピチで、食べたくなるくらい柔らかなほっぺを、左右から摘まんで、グイグイと広げていたのだ。
一応、これでもこの男とあたしは、初対面のはずなのにぃ?
何故、このあたしの清らかな乙女の柔肌に、非情な振る舞いをするのだろうか!?
あぁ、きっとこの男は、実家では穀潰し扱いをされているに違いない。知らないけど、絶対そうだ。そうに違いない!!
幸いにも、直ぐに飲み込んだから、良かったようなものの、もしも口の中に、貴重で甘美なスイーツが残っていたら、どう責任をとるつもりだったのだ!?
「んなもの、取るわけねーだろが! 大体、こっちは嬢ちゃんが飲み込んだのを、確認してから及んだんだよ」
おぉ!?
「もしかして──、全部聞こえちゃったりしてた──かしら?」
「もしかしなくても、嬢ちゃんの独り言は聞こえてたぞ。何せ、俺は耳が良いからな」
「おふー、またまたやらかしましたかぁ~。てへ、ぺろっ!」
今のあたしの可愛い仕草は、きっと見る者の心を和ますであろうと思われる。
にも関わらず、目の前の男はまるで珍獣か何かを発見したような表情で固まっているのだ。どういう事?
有り体に言うと、ドン引きというやつですかね?
アナタのその態度は──。(´・ω・`)
「おーい、生きてますかー?」(もぐもぐ
「こっちに戻って来られませんかー?」(もぐもぐ
彼の反応が無い────。まるで生きる屍に話しかけている気分だ。
ここはひとつ、彼の興味を引きそうな何かを投じてみるべきかしら?
でも悲しい事に、食べかけであった絶品『塩カラメルカステラ』は既にあたしの胃袋に収まってしまった。
こうなったら背に腹は代えられない。清らかな乙女である、あたしの初めての口づけを──。ヾ(☆´3`)ノシ
「アホな事は、やめろってっ!!」
イダダダダダダダダダダダダダダダ、痛いってー! ちょっとコレ、本気で痛いんですけどぉ!? ここは殿方なら、喜ぶところじゃないの!?
やっぱりこの男は、非情な男なのか……。
「家に帰れば、新妻が待つ身の俺が、喜ぶわけねーだろが!」
どうやら再び、彼の逆鱗に触れてしまったらしく、今度はあたしの両頬が赤く腫れあがってしまった。
これではまるで、両頬が袋のように膨れ上がっても、まだなおヒマワリの種を口いっぱいに詰め込こもうとする、愛らしいハムスターのようではないか!?
「もっと愛らしい頬に、してやろうか?」
゜(゜`Д´゜)゜。
「嬢ちゃん、許して欲しいのか?」
゜∀゜)*。_。)
「ならちゃんと謝ろうな。子供じぇねーんだからよ」
・゜(ノД`;)・゜
このような苦心の末に、地獄のような責め苦からあたしは解放された。
無論、かの清らかな乙女の両方頬には、凶暴な悪漢により手籠めにされた痕が残されている。
あぁ、何と言う無常な世の中であろうか。この美しくも儚き娘がその身を嘆き、しかる後に命を絶たぬ事を神は願うばかりであった……。
「────嬢ちゃんの独り言は全部、聞こえているんだが?」
((( ;゜Д゜))
次回は、(後編:上)になるかもしれません。正直、一万文字で終わるか微妙なところです……。




