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幕間:ガルダ会戦の勇者たち(閉幕編)

2/19:ルカ子爵→カルロ子爵に変更しました。

本来は設定上だけの存在であるカルロ子爵をこの幕間で登場させる事で、ようやく第五部に欠けていたピースが埋まり、プロットが全て完成しました。

明日からは本編物語の完結に向けて、第五部から再開します。

正直、一人称視点では描けない裏側の場面が多いので、次からの五部も物語の描き方に悩まされそうです。

 

「なぜだ?」


 それはこちらの台詞だと、彼の方こそ言いたかった。

 参謀本部で公務中にも関わらず、姉の執務室に急遽呼び出された挙句に、入室した途端にこれだ。


 たった一言だけだ。彼女の言いたいことは分かる。

 何故、此度の謀が失敗したのか? と暗に尋ねているのだ。

 この常に忖度を求められる関係には、いい加減ウンザリする。だが応えねばならなかった。弟という下の立場である今は。



 彼、カルロ子爵にとって、此度の反乱騒動においては三つの優先事項があった。


 最優先の第一位は、かの御仁ことガルガーノ辺境伯を絶対に死なせぬこと。それは彼の遠大な計画にはどうしても必要な人物あったからだ。

 そして第二位は、件の傭兵隊の戦力を可能な限り削ぐこと。これは傭兵隊が今後対峙する組織の武力行使を担う存在であった為に、どうしてもこれを機に弱体化させたかったのである。

 最後に第三位は、評判のよくない辺境伯に名を成さしめること。此度の件も含め、彼自身が表立って動くことができない以上、代わりの人物が必要だった。そのために、先代に続く今代の辺境伯の威名を上げる事で、これから成す大義の求心力となる事を欲したのだ。


 だが現実の成果は、どうであろうか──。


 裏で彼が手をまわしたとは言え、物の見事に傭兵隊を壊滅させたのである。今のところは”生き残り無し”と報告は挙がっているが、念のために確認は必要だ。

 そして倍する反乱軍を野戦において鮮やかに打ち破り、たった一日で潰走せしめたのだ。これにより中央から派遣された王国正規軍が現地へ到着する頃には、既に大勢は決まっていた。

 あとは形ばかりの後処理で、反乱軍の残党が籠る砦の包囲と陥落をもって、此度の反乱騒動の決着がついたのである。



 おそらく彼の姉、カルメン卿としては反乱を長引かせた上で、辺境伯に恩を売ろうという腹積もりだったのだろう。


 しかし結果は思い通りにならなかったのである。件の傭兵隊をもって後方を撹乱し、補給を脅かせば兵糧不足に陥るはず。そこへ事前に他国から買い集めた食糧を、正規軍に高く売りつければ──とも考えてもいたのだ。


 それがたった一日の野戦をもって、予想外の短期間でこの反乱騒動が平定されたのである。

 せめてもの救いは、彼女が執心する辺境伯が無事だったことだけか。これだけは別の意味で、彼も同意したものだ。



「当初は上手くいきましたが、予想外の事が立て続けに三つも起こりました。

 一つは、かの御仁が寡兵ながらも、野戦に打って出た事。

 二つめは、出陣を()()()遅らせていたにも関わらず、少数ながら騎兵を率いて援軍に駆けつけたものがいた事。

 三つめは、例の傭兵隊がいとも容易く討ち取られた事です」


(もっとも三つめに関しては、オレに全てを任せきりにした()()()の落ち度でしょうな)


「これではとても成功の見込みはありません。相手も実行者と同じく凡庸であれば、勝算は十分あったと考えますが──」


「わらわのせいか?」


 見るからに姉の機嫌がいつも以上に悪い。謀の全てがご破算となったからだ。


 もっとも、それは弟としてはいささか気分が良かった。

 彼の残念そうな面持ちの外面とは違い、その内面では密かにほくそ笑んでいた。


 当然だろう、指示を出した人間の見立てと情報が誤っていたのだ。

 しかしながら、自分も見誤っていたのは認める。

 かつてかの御仁といくとどなく話をした際は、その柔らかな物腰ながらも、一本の筋が通った気骨のある人物であると知っていたはずなのに。


 世間の彼に対する評価に多少なりとも引っ張られて、危うく尊敬する人物を命を危うくするところであった。これは大いに反省すべき点だと肝に銘じた。二度と傲岸不遜で、人を侮る姉と同じ轍を踏むまいと。


 しかしながら姉の思いとは違い、此度の(はかりごと)は結果的に彼を十分利する事ができた。配下の男爵を通じて、再び辺境伯と個人的な誼を通じること。

 そして何よりも、尊敬する辺境伯を失わずに済んだ事に安堵したのだ。



「──して、この場合は実行者の器量が、先方に遠く及ばなかっただけでしょう。抜け駆けした援軍ついて、散々注意するように知らせたにも関わらずです」


(その知らせが間に合わなかったと言うのは、戦場ではよくある話だろう。無論、間に合わせるつもりも無かったが)


「ふん、あの傭兵どもの末路を見るに、そのほうの采配も大したことはないようじゃな」

「ハイ、このように遠隔地からの采配では、先方の力量には及びませんでした。ワタシの力不足はご指摘の通り事実であります」


 そう言って、騎士爵である姉に深々と頭を下げる弟の子爵。形だけの謝罪は、彼にとってお手の物である。


「…………。まぁよい、過ぎた事じゃしな──」


 形式的には正嫡であり、貴族としては自分よりも上位の列席にあたる弟に頭を下げさせた事で彼女の自尊心はひとまずは満足したらしい。


「──で、どうするのだ?」

「──どうとは? かの御仁の今後についですか?」


 子爵は頭を下げたままで問い返す。


「このたわけが! 此度の件での損失の埋め合わせじゃ!!」


 いつものように爆発する姉の勘気を、先ほどから頭を下げっぱなしのまま、涼しい顔してやり過ごす。流石に手慣れたものである。


 しかし今回の反乱騒動を裏から支援し、そこに投じた資金は結構な額になる。要するにそれを全て補填しろと言っているのだ。

 自分が損をするのは許せない、他人が得するのはもっと許せないという、強欲で嫉妬深い姉ならではの至極当然の言動である。


「ハッ。こちらで後始末をつけます故、姉上はご安心ください」


(フン、日々アナタがそうして貯め込んでいる多額の資産で、いずれは穴埋めして頂きますよ)



「分かっておるなら、それで良し。──にしてもカルロよ……」



 ・

 ・

 ・



 姉の執務室から退室した後、再び王都旧市街の平民地区にある参謀本部の自室へと向かった。

 去り際に姉から、身だしなみには気をつけよ、と指摘された。それは彼の染めている髪が、根元から本来の黒毛が見えはじめプリン状態になっているのを指しての事だ。

 そもそもこれは姉や父と同じ黒髪を嫌って、亡き母と同じ栗色に染めているのである。言われなくても、すぐにでも染め直す。


 だがその前に、次の指示を出しておかなければならなかった。



 参謀本部にある自室に戻ると、カルロ子爵はただちに男爵を呼び出した。

 そして男爵に此度の反乱騒動の一件は、全て女狐カルメン卿の謀略と言う噂をまことしやかに流させるように命じる。

 二人だけの密室とは言え、その命を受けた男爵は戸惑い、本当によいのかと問いただしてきた。


 それを受けて、子爵は黙って窓際まで歩き、そこから外を眺めはじめた。

 窓の外には、この参謀本部の建屋の裏手にある小さな広場が見える。そしてそこには小さな子供たちが和気あいあいと遊びに興じていた。



「──男爵、いい加減に覚悟を決めよ。オレに付くか、姉に付くか」

「…………………………」


「姉に付けば、身の安全は保障されよう。一時のな。──だがそれでは、我らが王国に未来はないぞ?」

「…………………………」


「確か以前にも話をしたが、姉や父と明確に敵対する時は、男爵の大事なモノを脅かされる恐れはある。しかしたとえ向こう側に付いても、別の形で代償は要求されるのだぞ?」

「…………………………」


「この際だ、ハッキリ言おう。あやつらは下々の者たちを塵芥(ちりあくた)にしか考えていない。つまり端から約束を守る気などは、サラサラないのだ。聡い男爵ならば、それも分かろう?」


 外から子供たちの遊び声が聞こえてくる。権謀術数がはりめぐらされているこの部屋とは全く違う隔絶した世界の出来事のようだ。


「──────分かりました。これでもワタシは幼子を持つ親の身。覚悟を決めましょう。──最後まで閣下にお供いたします」


 そう覚悟を告げると、男爵を己の役目を果たすために退室していった。


 小身ながらも男爵のように有能で忠実な者は、政争や戦争を問わず重宝する。

 だがカルロ子爵が目指す大義のためには、才覚だけではなく自らの命も捧げる気骨のある者が必要だった。

 長年に渡ってこの王国の影に蔓延る、巨大な犯罪組織を完膚無きまで打ち倒すためにも。

 だがそれは間違いなく、長く厳しい苦難の道となるだろう。彼自身もそう感じていたのだ。


 そしてその犯罪組織の影響力は、教会も含めて王国の至る所に及んでおり、最近では軍部にまで魔の手が伸びつつあった。

 いずれは王国自体の存続すら危ぶまれるだろうと彼は考えている。


 あのように外で遊ぶ子供たちも、決して無関係でいられる訳ではない。ある日突然、神隠しのような行方不明事件の被害者となり得るからだ。


 故に今後は男爵を通じ、尊敬するあの辺境伯と一致協力して、この王国の暗部と対峙していかなければならなかった。



(ワタシ一人で行くには非常に困難な道のりだ。しかしあの御仁と協力し合えば、まだ希望の芽はある。──あるいは、あの三人の協力もあれば──)




 この王国北辺で起きた反乱貴族との戦いは、後に『ガルダ会戦』と呼ばれた。


 その戦いの立役者として、岩をも貫く剛剣のガルガーノ辺境伯、巨人騎士ガディオン卿、赤毛の騎士ヒイロ卿の名は世に広く知られている。


 しかし後の世に、『白き剣狼』と呼ばれたこの男もまた、その戦いの陰の立役者であったのだ。



次回は、第五部の『第一幕第一場:愚か者二人』を予定しております。

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