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幕間:ガルダ会戦の勇者たち(第六編)

会戦の前半です。

 援軍として駆けつけたガディオン卿とヒイロ卿が率いる騎兵が200騎。

 その援軍を含めても、辺境伯軍の総勢は千人に僅かに届かなかったで。対する反乱軍の軍勢は二千人を超えると報告が既になされている。


 これから倍以上の敵と野戦に挑もうとする事は、新進気鋭の若い騎士や歴戦の元騎士や元兵士たち以外の大半の者にとっては恐ろしく、いつ臆病風に吹かれてもおかしくはない状態であった。それ故に総大将であるガルガーノ辺境伯は、そんな彼らの心を鼓舞しなければならなかった。


 辺境伯の軍勢が布陣する丘の頂上付近には、人の背丈ほどの高さの岩がある。

 ガルガーノはその岩の上に立ち、軍勢の衆目が一致する中で演説を始めたのだ──。 


 彼の演説はこのようなものだった。


『──反乱軍がこれ以上先に進めば、多くの領民に被害が及ぶだろう。

 その中には、諸君ら皆の家族や親類、大事な人がいることだと思う。

 だからこそ我々はここで、反乱軍を食い止めなければならない。

 今朝、援軍が駆けつけてくれた。

 それは万の軍勢ではないが、これで我々には勝ち目ができた。

 しかも昨夜には、少数での夜襲をもって反乱軍の別動隊を撃破している。

 今、戦いの流れはこちらに向きつつある。あと一歩、あと一歩だ。

 諸君らの持てる限りの力をここで発揮してくれれば。

 今日、必ずや、我々は勝つ!』


 そして演説の最後に、ガルガーノは頭上に剣を掲げると。


「神よご照覧あれ。守るべきモノのために戦う我々にこそ義があるというのなであれば、この剣に力と勇気を与え、ここに神の奇跡を示したまえ!」


 そして掲げていた剣を逆手に持ち替えると、足元の岩に叩きつける。


 すると彼の持つ剣の刀身は、その根元まで岩に深くめり込んだのだ。

 直ぐ近くでそれを見ていた赤毛の騎士ヒイロには、彼の刀身がかすかに暗い紫のような(オーラ)をまとっている事に気づいていた。


 その目の前で起きた奇跡の業に、軍勢から歓呼の声が次々と湧き上がる。


 そして巨躯の騎士ガディオンが、「神がここの奇跡を示したぞ! 戦いに勝利するのは我々だ!!」と叫ぶと、皆は目を見開き、一斉に鬨の声を上げ始めた。


 どうやら皆の心には十分な闘志がみなぎってきたらしい。


 それを見た赤毛の騎士は、「お前も大した役者だぜ」という言葉を残し、一足先に別動隊である騎兵隊を率いて出陣した。彼は198人の騎兵と共に、自分たちの出番が来るまで付近の森に伏せるために向かったのだ。


 ・

 ・

 ・


 その後、昼前には反乱軍の軍勢が平原へと侵入してきた。

 彼らの掲げる軍旗は、銀地の盾に三日月を掲げたイボイノシシの紋章。それはスカラ子爵家のモノであった。つまり首謀者という事だろう。

敵軍の動きに応じて辺境伯軍の本体も戦闘準備を整え、事前の作戦通りの布陣を行い、各配置につく。


 そして本体の中央部の最前線に立つガディオンは、借り受けた大楯と長槍を携え、これから始まる催し物(たたかい)にウキウキしているようだった。

 そんな彼の左右には、夜襲にも参加した精鋭の騎士20名が肩を並べている。


 反乱軍は予想通りのY字のように中央部を厚くした鶴翼陣形を敷いた。敵の騎兵は向かって右に配置されている。


 それを見たガルガーノは、敵の騎兵に対抗するために歴戦の騎士30騎を本体の右翼に移す。

 それから彼は単騎でガディオンの元を訪れると、突然これから一騎打ちを申し込むなどとのたまい始めたのだ。


「総大将が一騎打ちをしてどうする? そういう話なら、俺様が代わりに行こう」

「これは策だ。ガディオン卿が出れば、敵は恐れて守りを固めてしまうかもしれない。私が上手く敵の軍勢をおびき寄せる故、卿がそれらを()()()受け止めてくれ」


 総大将の言葉に納得したのか、分かったと一言返すとガディオンは自分の周りに向かって、我らの総大将がこれから一騎打ちをするぞと吠えたてた。



 背後の軍勢から湧き上がる声を背に、ゆっくりと馬を進めて反乱軍の前面に単騎で姿を晒すガルガーノ。そして彼は反乱軍に向かうと、声を張り上げて一騎打ちを挑んだ。


 それに対し一瞬の沈黙の後、軟弱(おなごのよう)な男と評判の辺境伯からの冗談なような申し出に、嘲笑と爆笑の渦で反乱軍は応えた。そして反乱軍の首謀者スカラ子爵の弟であるセヴェリアーノ男爵が自ら一騎打ちを買って出て、軍勢の前に姿を現した。


 その後、形式通りの名乗りと互いの非をなじり合う二人であった。それから互いに剣を抜き、馬を駆って、馬上にて己の命と名誉を賭けた剣を交わす戦場の華となった。

 しかし両者が剣を数合も撃ち合うと、押され気味に見えたガルガーノは馬を返し、その場から逃走を始めたのだ。噂にたがわぬ評判通りなその姿に、敵軍からは非難と嘲笑の声が巻き起こる。

 同時に自軍からも失望の声はあがったが、それは先頭に立つ巨躯の騎士によって鎮められた。



 そして敵軍は、これで勝った言わんばかりに、反乱軍の総指揮を担うスカラ卿は全軍に突撃を命じた。


 それから戦場には、角笛の音が鳴り響き渡る。

 その残響がゆっくりと前進する反乱軍の兵士の血をたぎらせ、それに呼応するように彼らは雄叫びをあげ始めた。その足踏みと同調するように、恐怖と狂乱と高揚感がこの地に満ちはじめてくる。

 この一斉に雪崩うって襲い掛かってくる反乱軍に対し、先ほどの一騎打ちで醜態を演じて見せたガルガーノは、目の前の味方に対して声のあらん限り叫び、しった激励をした。


「生きて家族、恋人の元に戻りたくば、槍を放さず、盾を構え、その場に踏みとどまれ! 逃げる者は追い首を取られて、この地に無様な骸むくろを晒すだけだ! 生き残るために踏みとどまって耐えよ! さすれば必ず、我々は勝つ!!」


 もちろん自軍からは鬨の声があがる。彼らには守るべき大事なものがあるからだ。


「おい、その短槍を寄越せ。辺境伯殿は後ろで督戦でもしてるがいいさ」

 ニヤリと笑う巨躯の騎士に何かを感じたのか、ガルガーノは手にしていた槍を投げてよこし、

「私は右翼で指揮をする。ガディオン卿は中央で支えてくれ」


 そう言うと、ガルガーノは右翼に配した30騎と合流し指示を出す。


 一方、敵軍は勝ったと言わんばかりの全突撃のようだ。ただし辺境伯軍が陣取る丘に至るまでは、それなりの勾配があった為に、駆ける敵軍のスピードは思ったほどのものではなかった。


 その鼻を切り、馬に乗って真っ先に突っ込んでくるのは、先ほどの一騎打ちで沸かせた反乱軍の大柄な男だった。大柄と言っても、目の前に立ちふさがる辺境伯軍でひと際目立つ巨躯の騎士に比べれば、大したことは無かった。ただ乗っている馬が通常の軍馬と違い足が遅いものの、全体的に太く逞しい立派な馬であった。


 そして巨躯の騎士が「なかなか良い馬じゃないか──」と呟くと、そこへ手にした短槍を投擲する。


 すると雷光の如く飛来する短槍が、鼻を切って飛び込んできた馬上の騎士を襲う。その顔面に投げやりを受けた勇猛果敢な騎士はもんどりを打って倒れた。


「まずは一つか」


 それから巨躯の騎士ガディオンは、左右に控える精鋭騎士に対して、打ち合わせ通りにやるぞと声を掛け、「盾!」と叫んだ。すると左右の騎士たちが左手の盾を前に構えた。

 彼は事前にこう指示をしておいたのだ。槍と叫べば、皆が一斉に右手の槍を突き出し。盾と叫べば、皆が一斉に左手の盾で守りを固めよと。


 それから巨躯の騎士の雄叫びを皮切りに、一斉に周囲で鬨の声があがる。それは自身の心を奮い立たせ、目の前に立ちはだかる死の恐怖に打ち勝つためだった。

 そして我先にと押し合いながら突っ込んでくる敵軍を、先頭に並んだ21枚の大盾の壁で真正面から受け止め、力のあらん限り押し返した。


「槍!」という叫び声が聞こえると、敵軍の出鼻をくじくように、強烈な21本の槍衾がほぼ同時に突き出される。これにより勢いに乗ろうとする敵軍の先陣を容易く粉砕したのだ。

 だがこれで戦いの流れがすぐに変わるものではなかった。正面からぶつかり合った両軍は、互いに負けじと面と面で互いを押し合っている。



 中央付近でぶつかった両軍を右翼を眺めていたガルガーノは、思ったよりも反乱軍には訓練された弓兵が少ないと感じていた。事実、こうして申し訳ない程度の矢数が飛び交うだけだった。そういう意味でも、昨夜に戦慣れした傭兵隊を殲滅した事で、戦いの行く末は大きく変わったと確信した。 


 それから敵軍の両翼もこちらを包み込むように、のそのそと前進を始めていた。それに先駆けて、敵軍の騎兵100騎も動き始める。


 それを見たガルガーノは、本体後方の弓兵隊に矢を射かけるよう指示を出し、敵の動きに備えた。そしてこの戦いの流れをじっと見守る。中央部は奮戦し、その場で敵を押し返してくれている。


 まだだ。まだ引付ける必要があった。


 森に伏せている別動隊と、敵の本体を挟撃するためにも。


次回は、(第七編)会戦の後半部分になります。

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