幕間:ガルダ会戦の勇者たち(第五編)
作戦会議はこれで終わります。
「おい、辺境伯殿! 一通り見回ってきたが、どいつもこいつも、年寄りばかりじゃないか? 率いる手勢が少ないとは予測していたが──」
大声を上げ、ズカズカと天幕の中に入り込んできたのは、赤毛の騎士の兄である巨躯の騎士、ガディオン卿である。彼はこの野営地を歩いて回り、その陣容をつぶさに確認してきた感想を率直に述べた。
「お久しぶりです、ガディオン卿。しかしながら、その言いぐさがヒドイですね」
と寝台から上半身を起こしながら、文句を言われた辺境伯は笑って応えた。
「──それに彼らは、かつて先代に仕えてくれた古参、言わば戦場をよく知る歴戦の猛者。故に此度の戦いでも必ずや頼りになりますよ。加えて私直属の二十騎は新進気鋭の若武者ばかりです。昨夜の夜襲でも一名も欠ける事はありませんでしたし――」
「確かにそうだが──。馬は三十頭ほど、弓兵も百名ばかり。あとは歩兵だけというこの陣容で勝つ気か? それに敵はどの程度なのだ?」
辺境伯の回答に納得しかねたガディオン卿は、さらに突っ込んで問いかける。
「方々に放った物見によれば、反乱軍の総勢は二千を超えるも、騎兵と弓兵はそれぞれ百程度との事です。そして──別動隊の傭兵隊については、昨晩にこちらから夜襲を仕掛けておきました。おそらく今日の戦いには参戦する余力は無いでしょう」
「兄者、ガルガーノの奴が、既に勝機を作ってくれていたらしいぞ。どうやら今回は楽できそうだぜ」
「ほう? そいつはまた辺境伯殿は、何をしでかしたのだ?」
何やら楽しそうに嬉々として、夜襲の仔細を訊ねるガディオン卿。
ガルガーノの話によると、反乱軍に与する傭兵隊『魔戦団』がこの平原の南側の森にある窪地に潜んでいる事を諸々の情報から把握できていたらしく。それに対し、昨晩の夜半に降りだした雨に紛れ、ニ十騎の手勢のみで奇襲を行い、おそらく傭兵隊を全滅させただろうとの事だ。
おそらくというのは、泥濘地と化したその窪地の中から脱出できた者はいないからだ。よって彼らについては、今回の戦いからは除外しても良いと判断したらしい。
ちなみにその戦いの際に、ガルガーノは大規模な魔法を使用したため、今こうして激しく消耗し、先ほどのようにに天幕内での醜態を晒したのである。
「あの魔戦団をか!? そいつは大金星だな。ヨシ、これで撤退戦の殿の事を考えなくて構わぬな。ヨシヨシ、良い出足だ」
ガルガーノがもたらした存外の戦果を聞き、まるで子供のように利き手の拳を左手の平に何度も打ちすえながら喜ぶガディオン卿。この並々ならぬ図体をした男にとって、戦場での命のやり取りは、単なる趣味趣向の一環なのかもしれない。
「ほら見た事か。この戦バカの兄者に掛かれば、この戦いもガキの石投げ合戦みたいなもんだ。しかも本気で石を投げやがるから、えげつねぇえげつねぇ……」
「この夏生まれてくる子供のためにも、俺様もここでひとつ、新たな武勇伝を打ち建てたいからな。しかしどうやって、あの傭兵隊を討ち取った? おのおのが魔法を扱う手練れの猛者が百名もだぞ? 雨夜に紛れて奇襲したからといって、そうそう楽には勝てぬだろう?」
「夜が寒いこの時期は、ガルダ山脈から吹き降ろす冷たく湿った風を雨粒へと変えてくれる。そして幸いにも傭兵隊が狭間と呼ばれる窪地に隠れるように陣取ってくれた。通り雨とは言え、激しい雨が窪地へと一気に流れ込めば、足場はぬかるみ身動きが取れなくなるだろう。場合によっては、最悪溺死もあり得る。そこへ決して逃げられぬように、大規模な重さを操る闇魔法を放ったのだ。あとは窪地で右往左往する傭兵たちの頭上へと、矢の雨を降り注ぐだけさ」
「まさかその狭間へ誘い込んだのも策か?」
「策と言うほどのものではない。ただ事前に不慣れな若い騎士を多数、物見のために方々へ目立つように放っておいただけさ。それに早馬で貴重な情報を知らせてくれて者もいたからね――」
「なるほどな――。不慣れな物見を避けて、隠れるように先行して中入りした結果が、死の狭間での陣取りか。軍学院時代と変わらず、恐ろしい奴だぜ」
「天の時を知り、地の利を知った上で、子飼いの騎士を率いて夜襲とは恐れ入った。――改めて宜しく頼む、辺境伯殿。此度の戦は全て貴様の指揮に従おう」
あぁ、と頷くとガルガーノは寝台からふらつきながらも立ち上がる。それから友に肩を借り、地図を広げた机の前に立つと作戦会議を始める事にした。
ガルガーノは地図を参照しながら、この戦場周辺の地形と敵軍の侵攻と撤退時の予想進路を順番に説明していく。そして彼の考える作戦のあらましはこうだった──。
まず今いる丘を中心に敵に向かって、槍の穂先を向けるように中央部を張り出し、逆に両翼は後ろに下げて、▲の形に魚鱗陣形を組んで待ち受ける。
おそらくこちらの陣形を見た敵は、狭い平原一杯に両翼を前方に張り出すように布陣し、その中央部を突破されないように厚めして、Yの字の形で鶴翼陣形にするはずとの事だ。そして両翼から包囲するように全面で圧迫するように力押しで攻めてくるだろうと。
それに対して、こちらは高所に陣取った優位を生かし、後ろから矢を射かけながら歩兵を中心とする主力本体で丘上を死守する。
そしてタイミングを見て、事前に森に伏せておいた騎兵で敵の後背を脅かし、騎兵突撃で後方の本陣を突き崩すという作戦だ。
つまりこれは、魚鱗陣形を敷く主力本体を金床にみたて、槌の役割を担う騎兵隊と前後から挟撃する『鉄床戦術』である。
上手くいけば金床で敵本体を一気に叩き潰す事ができよう、ただし失敗をすれば兵数に勝る敵軍に、各個撃破される恐れもあった。
「ところで敵の騎兵はどうする? 逆にその100騎でこちらの側面か後背を突かれたら終わりだぞ」
「それは私が後方に配置した歴戦の騎士たち30騎を率いて、敵騎兵の動きに合わせて正面からぶつける。これでしばらくの間はもつだろう。あとは主力本体の頑張り次第だ」
「ならば俺様が主力本体の中央で最先陣を受け賜ろう。一番賑やかな場所だろうしな。それと昨晩の夜襲に参加した、生きの良い若いのを貸してくれ」
ここは自分の領分とばかり、にニヤリと二人に笑いかける巨躯の騎士ガディオン卿。
騎兵の足となる馬の無い彼の立場としては歩兵として戦うしかない。そうなった時、真っ先に敵軍の猛攻を受け止める中央の最先陣は、彼の力を最大限に生かせる最適の場所と言えよう。
「分かった。先陣はガディオン卿に任せよう」
その声に満足するように頷き、応えるガルガーノである。
「じゃあ、俺は別動隊の騎兵だな。こっちも任せておけ。敵本陣を一気呵成に突き崩してやるさ。最後の仕上げの追撃戦も、俺に任せておけ」
消去法で、伏兵となる騎兵隊を率いる事になった赤毛の騎士も、自身の役割をよく理解しているようだ。
戦いにおいて最も被害が生じるのは、撤退時の追撃戦なのである。
つまり雪崩をうって戦場から逃げ出す敵を歩兵で追撃する事は至難なため、機動力のある騎兵で追いかけて、その背中から攻撃しできるだけ討ち取っていくのだ。
こうすることで戦場での被害の帳尻を合わせ、敵軍を立ち直る事ができなくなるまで完膚なきまでに叩き潰すのが追撃戦の意味となる。
もし並の精神をしていれば耐えられない血生臭い戦場の習わしであった。
友が言うように心優しき辺境伯にとっても心苦しい事ではあるが、もし彼がここで敗れたならば、無辜の民が苦しむ羽目となる。彼にはそれが許せなかった。
それ故に戦場に立つ以上は、心を鬼にして己の持てる力の全てを振るうのである。
その結果、たとえ自身の命が尽きようとも、彼は決して後悔をしないだろう。
次回は、(第六編)となります。戦場の様相を二話程度で描きたいと思います。




