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幕間:ガルダ会戦の勇者たち(第四編)

軍議のシーンをササッと終わらせるつもりが長くなったので一旦ここで切ります。

3/2:ガルガーノが髪を切ったという描写を差し込みました。

 

 夜が明ける頃には、巨躯の騎士ガディオン卿と赤毛の騎士ヒイロ卿が率いる二つの騎馬集団は、南北を深い森に挟まれた平原まで辿り着く事が出来た。


 この平原は東西に細長く、丘から東に向かってなだらかな平野部が続いている。もしこれ以上先に敵の進軍を許せば、たちまち領民たちの生活は脅かされる事になるだろう。そして平原の東に位置する小高い丘の上には、陽光と東風により輝きはためく軍旗が見える。


 それは銀地の盾に描かれた交差する双剣の上に百合の花の紋章。この王国の北辺を守護するガルガーノ辺境伯のグリュー家を表す家紋であった。


 丘を登る途中で二人の騎士は、地面が若干ぬかるんでいる事に気づいていた。つまり昨夜はこの辺りで雨が降ったという事だ。おそらく日当たりのよい丘の東側であれば、昼までに地面は乾くだろうと予想はできる。だが主戦場となりそうな丘の西側については、足場が悪いままでの戦いも考慮しなければならないと、二人は頭の片隅に留めておくことにした。


 それから丘の上に見える軍旗をゴールと見据え、彼らはを昇りゆく太陽の暖かさを背に受けながら進む。

 二人が率いる騎馬集団が野営地に到着すると、丁度そこへ兵士からの知らせを受けた軍旗の主が、彼らの元に駆け付けてきた。


「ガディオン卿にヒイロ卿! 何故ここに!?」


 驚きの声をもって二人を迎えてくれたのは、青白い顔をしたシルバーグレイの髪の男。ガルガーノ辺境伯その人である。

 彼は甲冑を身にまとわず、白い騎士服と腰に細身の剣だけの装いだった。そして彼の左目の下には、水平に裂かれた真新しい刀傷の跡があった。


 巨躯の騎士は馬上から手を振ってそれに応える。

 そして疲れ切った馬から降りると、挨拶もそこそこにズカズカと勝手に野営地の中へと一人で行ってしまった。

 その姿を横目に馬から降りた赤毛の騎士は、「気にするな。いつもの事だ」と声を掛け、自分の馬から荷物を降ろし、ついでに鞍も外してから馬を休ませていた。


 そして友に向かうと。


「久しいな、ガルガーノ! その顔の傷はどうした? お前は相変わらず無茶をする」

「君こそ、相変わらず元気そうで何よりだ! いつものように疾風の如く、こうして駆け付けてくれるとは――――――――ありがとう。助かる」


 この久々の再会に喜び。無邪気に抱き合いながら、互いの肩と背中を叩く二人。

 疲労困ぱいの顔つきながらも、この予期せぬ友の援軍にガルガーノは心底喜んでいた。


「へっ、親父たちのようにゼンレイとか、ケイシキとかなんぞに拘ってどうする。やれ平時編成では兵が足らぬ、各隊に兵士を充足するためにさらなる召集が必要だとか、出陣式をしなければならないだとか、のらりくらりと時間ばかりをかけて話にならん。それで戦ができるかよ?」

「確かにそうだな。戦いには速度が必要だ。だからこれ以上、相手に主導権を取られてはならない」

「そうは言うが、ガルガーノ。反乱軍の半分以下の軍勢で、よくもまぁ野戦をする気になったな?」

「私なりに勝算はあるのさ。それに今、君がここに居る。――本当に嬉しいよ」

「ああ、気にすんな。オマケに連中があっと驚く()()()も連れてきたしな」


 ニヤリと笑う赤毛の騎士。

 そして二人は互いの手を固く握りあい、黙って見つめ合う。

 彼らの間には、何人たりとも決して立ち入る事のできぬものがあった。

 心からの信頼と熱き友情という絆が。


 ・

 ・


「しっかし──、見違えたぜ。バッサリ切っちまったんだな……。やはり戦いに備えてか?」


 見慣れていたはずの彼の流れるように美しく長いシルバーグレイの髪が、今では短く切り揃えられていたのだ。


「ああ、戦いでは邪魔になるから不要と思ってね。バッサリだよ」

「はっ、やる気は十分って事だな。そいつは何よりだ」


 友のやる気に驚きつつも、なんとか戦いに間に合った事を心底喜ぶ赤毛の騎士。

 そして友の肩を抱き、何度も何度も友の肩を叩く。


 その後、二人はこれまでの事や今後の事について詳しい話をするため、場所を改めることにした。


 ヒイロは兄と共に率いてきた他の騎兵に食事と休息を指示すると、二人は野営地の中心にある一番大きな天幕に入る。

 中には軍議用と思しき、大きな木の板を只のせただけのテーブルがあった。そこにはいく枚かの地図が散乱しており、その地図には付近の地形や敵軍の位置と進路らしきものが書き込まれていた。そしてテントの片隅にある木箱の上には、天幕の主の私物らしきものがキレイに積み上げられていた。


 その中にある武具の一つ。古めかしい鎧には、金地の盾に剣を咥えた白き馬の紋章が見える。


「なんだ? 実家のやつか?」

「あぁ、骨董品だが代々伝わる家宝の武具さ。今回の戦ばかりは、ご先祖様の威光にもすがりたい気分なのさ……」

「どうした? えらく弱気だな。にしても顔色が――――、なんだか悪いぞ?」

「あぁ、どうやら少しばかり、力を使いすぎたようだ……」


 そう言いつつ、ふらつきよろめく辺境伯。

 そしてそんな彼の肩をとっさに抱き寄せ、片腕で支える赤毛の騎士。


「おいおい、大丈夫か? 元々色白な顔色が、今じゃ蒼白だぞ? まさか、お前――――」

「――――流石に、魔法を全力で使うと体に堪えるよ……。だがこれも勝つためには、どうしても必要な事だった」


 この世界において魔法とは、古代語を歌う事で発生する不可思議な力、魔法歌である。それは人それぞれが持つ適正に応じて、八属性の内、最大で四種類までの魔法属性の力を操ることができるのだ。中には巨人騎士のように著しく魔法適性が低い者は、日常生活レベルの魔法ですら扱いが難しい者もいる。


 それでも正しい知識を持って、定型文の古代語の歌を詠いあげる事で、一般人でも簡単な日常生活レベルの魔法を扱うことができた。

 それも火を点ける、水を温める、そよ風を吹かせる、軽く切る、モノを冷やす、振動を起こすなど多岐にわたる。さらにより煩雑な歌であれば魔法の力は強まり、家を燃やしたり、地割れを起こしたり、物体も生物も凍結させたりと様々だ。


 ただし日常レベルの魔法であれば、その代償は軽い疲労と喉の負担で済む。だがより高度で強い力や広範囲に効果を及ぼす魔法は、使い手の命を著しく削る事が多かった。場合によっては、詠い終える前に命を落とす事もあると言う。よって戦場などで気軽に大規模魔法などを運用できるものではなかった。


 しかしどうやら彼は、ガルガーノはそれを実行したらしい……。

 故に、今こうして血の気を失うほどの状態にあるのだ。


「バカ野郎――、無茶をしやがって……。まだ戦いが終わってもないのに、死に急ぐな」

「大丈夫だ……。こうして生きているだろ? それに君もいる――――、お陰で勝つ算段は整ったよ」

「ああ、お前のために力を尽くすぜ。だから今は少しでも休め……」

「そうもいかんさ、まだまだ色々と準備が――――」

「いいや、戦の準備は俺と兄者に任せておけ。お前は戦況の説明と指示を出してくれ。もし仮に負け戦となっても、お前の命令なら喜んで俺の命を差し出すぜ。だから今は休め、そこの寝台まで俺が運んでやろうか?」


 辺境伯は照れくささからか若干の抵抗をするも、彼よりも一回りは体格の良い赤毛の騎士にあっさりと抱き上げられた。そしてそのままお姫様抱っこの状態で、天幕の奥にある簡易寝台まで運ばれる。

 大人しく寝かされた天幕の主であるお姫様(ガルガーノ)の顔には、何やら若干の赤みが戻ってきつつあった。


 そんな彼の表情を他所に、赤毛の騎士は寝台の横で両ひざを地に着ける。そして己の腰に下げた小袋の一つから、いくつかの焼き菓子を取り出した。


「ほら、こいつを憶えているか?」

「その香りは──、『優雅な林檎亭』の、塩カラメルクッキーか?」

「ハハッ、相変わらず甘い物に関しちゃあ、お前は犬並に鼻が利くよな」

 赤毛の騎士はカラカラと笑いながら、そのクッキーを寝台に横たわるお姫様(ガルガーノ)の口元に近づける。

 寝台の主は一瞬戸惑うも、大人しくそれを口に含み、ゆっくりと味わった。


「やはり美味いな──。塩カラメルの塩味と苦味が、甘さを引き立ててくれている。それでいて後味が──素晴らしい」

「知ってるか? 来月、新作が発売されるらしいぞ?」

 自身もクッキーを一つ口にする。


「本当か? ならば尚更ココで死ぬ訳にはいかなくなった」

「……ん。この戦いを片付けたら、久々に二人で食べに行こうぜ」


 そして二人は黙って見つめ合い、右手で互いの胸を軽く叩き合う。



「そうか。軍学院時代以来か、何もかもが懐かしい──」

「ああ、楽しかったな。あの頃は──」


 二人は目を閉じ、数年前の初めて出会った頃を思い浮かべる。

 あの懐かしい青春時代の日々を……。



 かすかに一瞬、天幕の入り口がそっと開かれたようだが、それに二人は全く気付いていなかった。


次回は、幕間(第五編)です。おそらく第九編くらいで終わるはずです。

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