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幕間:ガルダ会戦の勇者たち(第一編)

第四部第三幕で話題にあがった過去の合戦話です。たぶん2万字程度で終わるので、第五部のプロットが完成するまでの間に書き上げます。


2/19:本幕間は本編に関わる伏線的なストーリーなので、第五部前に必ずお読みください。

 初夏の夜。


 真っ暗な闇の中を松明の灯だけを頼りに、ゆっくり駆けていく騎馬の一群があった。いや、先導する者から察するに、正確には二つの集団と言えるだろう。


 その馬上にある武者たちの装備は、各々によってまちまちではあるが、そのどれもが暗闇の中で灯火に反射するほどピカピカに輝いていた。各集団の先頭を走る二人の指揮官以外は。


 そして彼らに共通しているのは、手に持った松明と身にまとう白地のマントに描かれた紋章だけだった。その紋章は、大楯の中に炎に包まれたバラの花とそれを三方から囲む剣と槍と弓が描かれている。これは大陸の東側を制するエトルリア王国を示す国章だ。

 そう、彼らは王国の未来を担う、若き騎士たちであった。


 その集団の最先陣を切って進む騎士は、短く切り揃えた赤毛にスラリとした長身の武者である。他の騎士とは違い、何故か彼は兜を身に着けず、それを馬の鞍に吊るしているだけだった。


 そして第二集団の先頭をすすむのは、黒髪短髪でいかにも武人然としたがっしりした風貌に、その集団の中でもひと際目立つ巨躯の鎧武者である。その巨大な背に負うのは、異様に長く湾曲した大型の武器だった。そしてこちらの騎士もまた、兜を身に着けずに馬の鞍に吊るしている。


 この二人に共通するのは、その人目を引く背丈と兜だけではなく、胸元にある家紋も同じモノだった。そこには、金地の盾に斧を口に咥えた赤獅子が描かれていた。この家紋はエトルリア王国の柱石と呼ばれた三大公爵家の一つ、ヴェローナ家のモノである。


 つまり二人の指揮官は、公爵家に連なる上級貴族の一門衆なのだろう。しかし二人の装いには、貴族的な優雅さや高貴な雰囲気は無く。ただただ武人としての合理性のみが追求された、武骨さだけがあった。




 最先頭をゆく赤毛の騎士が、右手に持つ松明を三度振ると、その騎馬集団は皆一斉に、馬の足を止める。


 それから赤毛の騎士は馬上からジッと耳を傾けて、林の中の何かを確認しているようだった。そして何かを見つけたのか、馬から下りると手綱を引きながら、ゆっくりと集団を導いて林の中を進み始める。

 しばらく林を進むと、川のせせらぎが聞こえてきた。その先には足首ほどの水かさしかない小川があったのだ。赤毛の騎士はこれを求めていたのだろう。


 これを見た巨躯の騎士は、後方を振り返ると「休憩だ」と短く一言のみで指示を済ませた。

 それから騎馬集団はその小川に沿って左右に広がり、馬に水を飲ませたり、自身も直に口を付けて喉の渇きを潤したりと、各自が思い思いに休息をとり始める。


「間に合いそうか?」

 馬を下りた巨躯の騎士が、赤毛の騎士にそう尋ねる。


「必ず間に合わせるさ。夜明け前には合流だ」

「という事は──、昼前には合戦が始まるか」

「ああ、そんなもんだろ。アイツが焦れて、朝駆けなんぞしなけりゃあ、俺たちが腹ごなしをする時間くらいはあるさ」

「にしても──、意外にも辺境伯殿は猪突する性格だったのか? それとも()()()とそしられる事に耐えられなかったのか?」

「前者だな。人の評価を気にする性格じゃねぇよ。むしろ昔から情にほだされて、後先を顧みずに勢いよく突っ込んで行く面倒なタイプさ。アイツは昔っからな」

 赤毛の騎士は両眼を閉じて腕を組みながら、何やら昔を懐かしむように語る。


「しかし──、寒すぎるな? まだ夏だぞ?」

「始まったばかりの夏だからな。それに()()ガルダ山脈は夏でも雪が残るらしいぜ。つまりその麓にあるこの盆地も、肌寒くて当然じゃねぇか」

 そう言いながら小川の流れを両手ですくうと、それで自分の顔を洗い、「冷てぇ!!」と当たり前の感想を述べていた。


「兄者もどうだい? 目覚ましに良いぜ」


 そう声を掛けられた巨躯の兄騎士は、黙って首を横に振った。そして腰に吊るしているいくつかの革袋の内の一つを手にし、その中身をゴクゴクと喉鳴らしながら飲み始めた。

 するとあたりには、強い酒の匂いが漂い始める。


「いい気なもんだぜ……」

「俺様には目覚ましにも、体を温めるにもコイツが一番だ。騎士殿もどうだ?」

「嫌がらせかよ? 俺には()()()があるさ」

 そう言うと、こちらも無数の腰に吊るした小袋の二つから取り出した。干した果物と戦場には不似合いな焼き菓子をだ。


「相変わらずモノ好きだな。騎士殿も。辺境伯殿の悪い癖が感染したのかね」

 ため息混じりに小言を呟く兄に対し、甘党の弟は無言でひたすら口を動かしていた。


 そして口の中を空にしてからひと言。「やっぱ寒いな」と愚痴をこぼした。

 すると兄は、「この戦いが終わったら、ガルダ産の生ハムとチーズで一杯やりたい」と語る。


「兄者の酒が()()済むかよ。一樽どころか、アイツの家の酒蔵を全部空にする気だろ?」

「まぁな。でなければ俺様の懐はともかく、体が温まらぬからな」

「──ひでぇ押しかけ騎士だぜ。そこらの傭兵よりも質が悪い」



 二人が言うように、とにかくこのガルダ盆地は肌寒いのだ。

 夏と言えども、王国最北端の地は日が暮れると当然のように冷え込む。それは白き冠をその頂きに年中被るガルダ山脈地帯から吹き下ろす北風のせいだった。


 ちなみにこの地で作られる独特の甘みをもつガルダ産の生ハムは、この夏から冬にかけて吹く冷たいガルダ山脈の北風と、春から夏にかけて東に位置するヴェネト海から吹き込む暖かい風によって、二年近い熟成期間を経て作られている。だからこの風も決して悪いものばかりではないのだ。

 しかしながら、やはり寒いものは寒いと、震える体を動かして耐え忍ぶ騎士たちだった。



 そしてこの北辺と呼ばれる地域を支配するのは、王国随一の武門の家柄であるグリュー辺境伯である。このグリュー家と言えば、先代当主のグラティエール卿が武勇に優れ、義に厚く、『騎士の中の騎士』と呼ばれるほどの誉れ高き武人として国内外を問わず有名だった。

 その名声は王国内に留まらず、周辺国にも響き渡り、”彼の守護する王国の北辺は、何人たりとも侵すことはできない”と称されたほどである。

 事実、昔からこの地域では秋の終わりになると、毎年のように訪れる異民族の襲来と略奪をことごとく退ける事ができたのは、グラティエール卿の力量によるものが大きかった。だがしかし、今の北辺にその高名な騎士の姿はもうない……。齢六十を超えた彼は初夏を前にしたある夜、不慮の事故で突然亡くなったのだ。宴で酒に酔った末に、城壁から転落死をしたと言われている。


 問題なのはその後を継いだ者だった。

 妻には先立たれ、血のつながりのある家族が他にいないグラティエール卿には、後継者は一人だけしかいなかった。十年ほど前に、常日頃から親しくしているマントヴァ家から迎え入れた養子ことガルガーノ卿である。

 この男がとにもかくにも、すこぶる評判が悪かった。家中に留まらず、社交界や王国軍の内部でもだ。


 それというのも、武門の家として王国内外を問わず尊敬の念を一心に集めたグリュー家の人間にも関わらず、”草花を育て、詩を書き、菓子作りなどに現を抜かす女子(おなご)のように軟弱な男だ”と、軍学院の頃から武人にあるまじき男と目されていたからだ。


 ただ噂では、王立軍学院での彼の成績は非常に良く、同期の中では剣術と戦術、戦略においては右に出る者はいないという声も、一応あるにはあった。実際に、卒業時の席次は主席のヒイロ・ヴェローナ、次席のカルメン・パルマノーヴァに次で三番目である。

 その上の二人は、エトルリア王国の成立時より長らく王家に仕えてきた名門中の名門、三大公爵家のヴェローナ家とパルマノーヴァ家の直系であり、折り紙付きの実力者だった。そう考えた場合、家格でも評判でも劣る彼がその次の席を占めた理由は、その実力以外の何者でもなかったのかもしれない。


 もっとも出自で言えば、彼の実家であるマントヴァ家は三大公爵家の最後の一角という王国屈指の名家なので、元々は血筋的にも決して劣るものではなかった……はずだ。

 と言うのは、彼の父である先代のマントヴァ公も、親友のグリュー辺境伯と併せて『王国の双璧』と並び称されるほどの智勇を兼ね備えた文武両道の名臣であった。しかしながら先年、マントヴァ公が流行り病に倒れ、その家督を継いだのが現グリュー辺境伯の双子の兄、アレッサンドロ・マントヴァ公爵がある意味有名な男であった。


 この兄は十代のころから漁食家として社交界では不名誉な名を馳せていた。そして若くして法務畑で活躍していたものの、家督を継いだ途端に病気を理由に司法長官の内定を辞退したのだ。それからは放蕩三昧、女遊びの毎日を送っていると噂されている。


 そんな悪評高い双子の兄弟が、それぞれ公爵と辺境伯となったとすれば、与力となってその旗下に集う下級貴族たちの心境は、如何なるものだろうか?


 その結果が、今回の北辺における大規模な反乱の発生だ。


 不満を持った彼の治める北辺の下級貴族たちの大半が徒党を組み、次々と反乱を起こしたのである。そして新米の辺境伯の手元の兵は、引退した元騎士や元兵士をかき集めても千人にも満たなかった。その一方で反乱軍は日増しに増え、遂にはその数が二千を軽く超え、さらには異国出身の『魔戦団』と呼ばれる皆が魔法を操るという恐るべき傭兵隊も百人ほど加わったとの噂話も流れてきている。


 このまま状況が悪化の一途をたどれば隣国から介入され、そう遠くないうち王国北辺に独立勢力が確立されるかもしれない。故に、王国中央からもすぐさま大将軍のジュゼッペ・ヴェローナ公爵が率いる国軍が派遣される手筈となった。


 しかしその援軍の姿は、まだこの北辺に姿を見せていない。この二百ほどの抜け駆けをしている騎馬隊を除いて……。


次回は、幕間の第二編です。

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