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第三幕:芸に生き、愛に生きて(閉幕編:上)

はい、案の定長くなったので、一旦ここでキリマスネー。

2/13:なおサブタイトルについては、芸術を愛したガルガーノを表すために『芸に生き、愛に生きて』と変更しました

 

 あたしたち三人は執務室に通される。

 そこには家主であるモンテローネ伯爵様と、三人の息子を持つヴェローナ公爵様、そして公爵様の長男である騎士ガディオン卿がいた。


 部屋に入った瞬間、その重々しい空気に思わず逃げ出したくなる気持ちも分かった。この状況の中でも長椅子に深く腰を下ろし、両腕を胸の前で組んだままで、平然と居眠りをしている長兄の騎士様が普通じゃないのだ。

 流石は鋼の心と巨躯を持つ騎士様、見た目通りのちょっとした化け物かもしれない。どちらかと言えば、悲観的より楽観的よりなあたしと言えども、同じ真似はできないと思う。


「──では、友として訊ねる。ジャコモよ、どうあっても協力は出来ぬというのか?」

「ジュゼッペ…………、ワシはもう疲れたわい。悪いが……ココいらで降ろさせてもらおう」


 あたしの隣からは、小声で「おい、この流れだと、不味くねーか?」「当たり前でしょう。でも他に手がないでしょ?」と話し合っているのは、次男の騎士ヒイロ卿と三男のジュリオ子爵である。


 眠り姫ならぬ、眠り騎士様があたしたち三人に気付くと、腕を組んだままで右手の人差し指をクイクイと動かす。指を鍛えるための訓練か何かかしら?

 それを見た二人の弟さんたちは、止む無しとばかりにこの重苦しい空気の中心地に、渋々という表情で近づいていった。


 大変よねぇ、とあたしはまるで他人事のように、その二人の後をゆっくりと歩いた。そして赤毛の騎士様の少し後ろで、彼に隠れるように立ち止まる。うん、これで言葉の流れ矢、流れ石つぶてに当たる事はそうそう無いだろう。


 あたしを見た屋敷の主、伯爵様は、一瞬ハッとした表情をしたかと思うと、次の瞬間には失望と悲しみに満ちたものへと変わってしまった。

 あぁ、きっと愛娘のマリーの面影をあたしに見たのだろう。もしも同じ憂き目にあったのならば、あたしのお父様は同じ反応をしたのだろうか──。いえ、子を持つ親であれば、それはごく当たり前の反応なのかもしれない。


「何故だ──、なぜワシの娘は死んで──。()()()が生きておるのだ────。おお、神よ、この仕打ちはあんまりではないか────」


「………………………………………………」

「…………………………」

「…………………………………」

「…………………………………………」


「?? ────── !?」

 

 流石に楽観主義的なあたしでも、今の公爵様の言葉が一瞬理解できずに頭がフリーズした。そして伯爵様の気持ちを理解した上で、激しく動揺したのだった。


「そなたの父を信じておった……。ワシと同じく、愛しい娘を持つ一人の父親として。──しかしなぜだ? あの裏切りは、心同じく憎んでいたあの獣のような主君とまるで同じではないか? そなたの父は人面獣心の輩ぞ! そなたもまた心の底では、あの父親と同じように企んでいるのではないのか!?」


 その興奮気味な伯爵様から、あたしはいきなり罵声を浴びせられた。


 なぜ突如、あたしはヒドイ流れ矢に当たったのだろう? 

 公爵様が何を言っているのか、さっぱり訳が分からないわ。それに折角用意をした目の前にある矢避けの肉盾が、まるで機能していないではないか。

 ちょっと働け、この赤毛の騎士!アンタがあたしを、この場に呼んだのでしょ!?


 何というか、この場の空気は最低で最悪と言える。まるで地獄の最下層にあるコキュートスで氷漬けにされる罪人になった気分だ。しかしながらなぜ、あたしは今ここに居るのだろうか? 

 誰か理由を教えて欲しいと切に願う。そう思いながら、少し視線を上げるとあたしの目の前にある赤毛の騎士様の後頭部をじっと見つめる。そして視線をそこに集中させて念じる。あんたが口火を切ってフォローなさいよと。


「伯爵殿、なぜだ? なぜ、そっちのお嬢──ジルダ嬢をそうまで言わなきゃならん? 彼女とは──伯爵殿の愛娘の自害とは、無関係だろ?」


 どうやら怖気づいたのか、まるで頼りにならない赤毛の騎士さんよりも、鋼の騎士様の方が頼りになるみたいだ。


「……ではない。無関係ではないのだ──」

「じゃあ何なのか、説明をしてくれ。でなけりゃあ、俺様も、ジルダ嬢も、親父殿や弟たちも、皆が分らぬ」


 鋼の騎士様のその核心に向かって、ズバッと遠慮なく切り込むスタイルは、結構あたし好みである。今後は真実の騎士様とでも呼ぶべきかしら?


「それはだな────」



 その後、公爵様の口から語られる事実は、あたしの心と魂を容赦なく打ち砕いた。それこそコキュートスにて、父娘ともに永遠の裏切り者として、氷漬けにされて当然の存在だと知った。


 公爵様の話では、あたしのお父様が仕える主君ことマントヴァ公爵は人身売買に手を染めていたらしく。その趣味と実益を兼ねたの女漁りで好みの美しい娘を集め、用無しとなった娘は全て売り払っていたらしい。その人面獣心(ひとでなし)ともいえる主君に協力し、おこぼれで大金を得ていたのがお父様なのだ。


 そしてある時、あたしに目を付けた主君が娘を一晩貸せと命じた時。自分の愛娘を永遠に失うことを恐れた一人の愚かな父親は、理不尽な君命に苦しみ悩んだ。その末に哀れで愚かな父親は、心の底でいつも恐れ、憎んでいた恥知らずの主君と変わらぬ存在に身を落としてしまったのである。

 歪んた父の愛が、そう駆り立てたのだろうか?


 丁度その頃、義理兄の仕事に同行して街を訪れていた愛娘に瓜二つの姪がいたのだ。母親同士が姉妹であるその姪は、愛娘にそっくりの純心で若く美しい誰もが羨む愛らしい娘だった。

 忌むべき獣心に自ら染まった愚かな父親は、言葉巧みに愛らしい姪を騙し、美しい愛娘の身代わりにと差し出したのである。

 (何という、ひどい話なのかしら……)


 その後、哀れな姪を救い出したのは、彼女が幼い頃から心を寄せるマントヴァ公の双子の弟だった。


 そして自分の愛娘がさらわれ、てごめにされたと知った父親は、その張本人の義理の弟と黒幕である本来の上司の元を訪れ詰問した。そして別れ際、二人にこう言ったのだ『お前たちは皆、呪われてしまえ!!』と──。


 そして今、想い人を失った愛娘は、 世を(はかな)み自らの命を絶ったのである。


 あぁ、何という事だろう。これら一連の出来事全ての発端は、一人の父親の愚かで歪な愛情が招いたものなのだ。


 あたし一人を守るためだけに……、なんという不幸と犠牲を多くの者にもたらしたのか。


 この罪深き父と娘の愛は、忌まわしき呪いでしかなかった。

 (ああ、わたし()()は呪われた存在なのよ)



「ごめんね。マリー。ごめん、……ガルガーノ」

次回は、(閉幕編:下)です。ちゃんとこれで四部は終わります。はず……。

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