第三幕:歌に生き、愛に生きて(第八編)
今度こそ本幕は、あと2シーンで終わるはずです。
その後も、あーだこーだと公爵様親子三人の話し合いが続く。
ところであたしが今、ここにいる必要があるのかしら? そんなあたしの退屈そうな態度に、公爵様は気づいたのか。
「ああ、すまぬすまぬ。大事なことを忘れておったわ。ジュリオ、説明をしてくれるか?」
「はい、父上。昨日の証拠物品、メモリア水晶の件ですが──」
それはあたしが、亡きガルガーノから生前に受け取った魔法水晶で、証言や証拠などを記録したという魔法の品である。そして昨日、それを子爵様経由で、学院の大先生に解析及び精査してもらうという話であったのだ。でもその結果は、芳しくなかったようだ。
と言うのも、預けた水晶それ自体が魔力を失った普通の物であったらしく、記録を精査する云々以前の問題であったらしい。それ故、これはどういう事なのだと、あたしが詰問される立場に立ってしまった。
もちろん、彼ら三人にあたしを咎めるという気はないと言うのは、この場の雰囲気で理解はしているけれども、居心地の悪さとあたしも感じていた疑念が相まって、何やら目まいにより視界がグルグルして、とても気持ちが落ち着かないのである。
そして決定的な証拠もない状態では、司法的にも組織を大々的に摘発する事も難しく。たとえ幼いあの姉妹の証言があっても、精々末端の人さらいを捕まえて牢屋送りにするが関の山だと騎士様に言い切られた。
「──つまり、あたくしに心当たりがあるのは、出発直前に自分のトランクに水晶を収めたポーチを入れた時くらいです。その時に丁度、屋敷に通いで勤めてくれていた家政婦と別れの挨拶をしておりまして……」
「ふむ、その時に水晶がすり替えられた可能性があるかもしれぬか……」
「その家政婦の身元はどうなんだ? 最近雇った者なのか? 今までに怪しいと感じる事はなかったのか?」
騎士様はまるで尋問のように、矢継ぎ早やに質問を重ねてくる。何だか頭がよく働いていないのか、上手く答えられそうにないのだけど。
「いいえ、彼女とは……二年足らずの付き合いですけど、とても信頼して……、色々と頼むことも多かったです。でも──」
「でも、なんだ? 思う所があるのか?」
「何というか、少し変わったところがあって……」
「それは、どういう所が変わっていたんだ?」
「少し前に、エプロンと金の髪飾りが変わって……。男? 特別な関係とかなんとか……」
「なるほど、男か……。その前後で、怪しい男は見なかったのか?」
「…………………………………………」
男? そう言えば、その前日に尋ねてきた慈善活動の手伝いの話を持ってきた司祭様と縁談の話をしていたイグナチオ枢機卿!?
あの時貰った手土産の高級チョコレートで眠らされ、その夜に屋敷を襲ってきた人さらいたち!
そしてマリーとガルガーノを追っていた二人と、ボルゲットの宿でみた人身売買の現場!
それら全てを偶然として片付けるには、あまりにも奇妙な巡りあわせなのではないのかしら──。
「そうか、イグナチオ枢機卿と会っていたのか。確かに奇妙な巡り合わせだな。しかしなぜ、一庶民の娘に、縁談話なんだ?」
え?あれ?
もしかしなくても、あたしの口から全て漏れてました?
あたしの隣に座る公爵様が、ポンポンと慰めるように肩を軽くたたいてくれた。
その同情するような眼差しは、ヤメテー!
「単にジルダ様も狙われていた、という事ではないのですか?」
「…………それだけにしちゃあ、なぜ魔法水晶の存在を知られているんだ? 以前から犯罪組織に見張られていたのか? でも何故だ? おい、嬢ちゃんの家族は普段何をしてるんだ?」
「え、お父様は……道化師です。マントヴァ公爵閣下に……長年仕えていたみたい、です」
「なるほどな、──理解できたぜ」
「兄上、どう言う事ですか?」
騎士様は天井を見上げながら、深いため息を一度だけついて、言葉を続けた。
「お嬢ちゃんには酷な話だが……、父親も犯罪組織の一員だったという事だ。そしてここにきて、公都を出て逃れてきたとなると、今の立場は相当危ういんじゃないのか?」
「なんと……。ジルダ様、どうかお気を確かに持ってください。兄の話は、まだ事実と決まったわけではないので」
子爵様があたしを気遣ってくれているのは嬉しく思う。
そして公爵様も、あたしを慰めるように背中を優しくさすってくれている。
親しくない人に背中を撫でらるのはアレなので、正直ちょっと今は勘弁して欲しい。
でも分かっている。
少し前から薄々はそうなのでは?とお父様に対する疑念と思う所が、あたしにもあったのだから──。
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「──つまりだ。遠からず親父も今回の件のように、あらぬ疑いを掛けられる可能性はあるだろうよ。その結果、我がヴェローナ家は良くて所領没収、悪けりゃ族滅の上でお家取り潰しだ。そのためにも、次の一手を打たなきゃならん」
「うむ、それは十分ありえるな。ジュリオよ。もしもその時があらば、分家のお主は中立を装って、本家とは無関係を主張するのだぞ。よいな?」
「いや、それだけでは足りん。親父、今から手を打っておくべきだぞ」
「父上も、兄上も。一体何を……」
三人の話す内容が何やら徐々に、物騒な気配を帯びてきている気がするのだけど……。
「お前は近日中にモンテローネ伯の娘婿となり、伯爵家の一門として迎え入れてもらえ。巻き込んで申し訳ないが、ジルダ嬢ちゃんも協力してくれないか? そうすれば嬢ちゃんの家族も、あの幼い姉妹も守れる」
「兄上はいきなり何を言い出すのですか? それに伯爵令嬢のマリアンナ様と私は年が十も離れていますよ!」
「そうじゃねぇさ。こちらにいる姪御さんを、モンテローネ伯の養女とした上での話だ。さっきも言ったが、お前さんも身を固めるには良い機会だろ? これはお家のためだ、覚悟しろ」
「なるほど、それは妙手だのう。今日中にも話をまとめたいのだが、ジルダ嬢は如何かな? そなたの意思を伺いたいのだが」
どういう話の流れでそうなるのよ? いきなり養女とか、結婚だなんて、今のあたしは頭が混乱していて、正直まともに判断ができそうにはないのに……。
「急な話だ、嬢ちゃんもすぐに答えは出ないさ。ま、一晩はゆっくり考えてくれ。だが、親父とお前さんは、今晩中にモンテローネ伯に話をつけてくれよ?」
公爵様は少し考えてから、分かったと一言。
「父上、兄上。ジルダ様のお気持ちも定まらぬに、そのような事を先に進めるなど」
「ジュリオも、いい加減大人になれ。お前さんが生きて、ヴェローナ家の血筋を残せば良し。できれば兄者の妻子と俺の嫁も、未来のモンテローネ伯であるお前さんが匿ってくれや。
そうすれば親父も、兄者も、俺も心置きなく武人としての本懐を全うできるだろう。ま、嬢ちゃんがどうしても嫌と言うのであれば、子爵とは形だけの結婚にして、あとは家庭内別居で互いの自由にしても良いだろう?」
そこに反論の声をあげようとする子爵様を、公爵様が片手で制して。
「貴公は何か勘違いをしておらぬか? お主の役目は何だ、子爵よ」
「役目とは……。ハッ、近衛隊を率いて、王家を守る盾と心得ております!」
子爵様は長椅子から起立すると、姿勢を正しながらそう答えた。
「ならば、これから起こり得る権力争いに、お主まで巻き込まれてどうする? これもゆくゆくは、王家を守るための布石と理解せよ。よいな?」
「……それほどまで、余談を許さぬ、雲行きなのですか?」
「考えてもみろよ。この国の王権はどうやって保障されている?」
「それは、女神ソーナの代理人たる教皇猊下から、国王陛下が王冠を授かる事で、王国内の諸侯は皆納得し、陛下に従うものです」
「その通りだ、子爵よ。ではもし、その教皇が恣意的に選出された場合はどうなる? その一門のほとんどが教会関係者というマントヴァ家と、王国内で政治的影響力のあるパルマノーヴァ家が手を結んだらどうだ?」
「まさか……。まさか、その両家が諸侯を扇動し、王家に反旗を翻す。と?」
「そのまさかよ。お主の気持ちも分かるが、政治とはそういうものなのだ」
つまり、かつては王国の柱石と呼ばれた三公爵も、今や現ヴェローナ家のご当主様ただおひとりだけが、王家の行く末を案じているらしい。
「まぁ、まだどう転ぶか分からんしな。最悪の場合は、親父とヴェローナ家の汚名を濯ぐという栄誉を全て、お前さんに託すとするさ」
「父上はともかく、兄上お二人はどうなさるので? よもや、共に名誉の戦死を望まれているというのですか?」
「おいおい。俺は兄者と違って、戦いにロマンなんざ求めてないぞ。誇りで腹は満たされねぇし、戦いはたとえ勝っても、生き残らねば犬死だぜ。最悪、国外逃亡でもするさ」
「…………………………」
「お主とジルダ嬢にはまことすまぬが、ここは堪えて後事を託されてはくれぬか? この通りだ」
そう言って、公爵様はあたしたちに向かって頭を深々と下げる。
「…………急なお話で、あたくしにはとても判断ができません」
「では、ご家族に意見を伺ってはどうかな? この王都には家族で避難してきたと聞いておるが」
「家族と言っても、母は幼い時分に亡くし、今は父一人だけです。でも今は体調を崩し、宿で臥せっておりますし……」
「そうか、そんな時に急いた事を申してすまぬな。ひとまずはこちらで伯と話をしておく故に、日を改めてジルダ嬢のお気持ちとお父上の意見を伺うとしよう。──二人ともそれで良いな?」
あたしの未来の義父候補に名乗り上げた公爵様は、婿候補と義兄候補にも確認をする。
二人の胸の内はさておき、その方針には同意したのか両者とも素直に頷いていた。
次回は、(第八編)です。




