第三幕:歌に生き、愛に生きて(第七編)
途中で切りましたが、それでも長くなりました。
2/12:会戦の呼称を「ガルダ会戦」としました。後々出てきます。
「しかし──そもそも本当に彼が、ガルガーノが、兄の公爵閣下を殺したのでしょうか? あたくしには、とてもそうは思えません」
あたしは国の公式発表の内容がどんなものかは知らないし、他人が彼をどう評価しているのかを知らない。でもあたしの彼に対する信頼と評価と、感謝の気持ちは変わらないのだ。
「確かに嬢ちゃんの言う通り、奴の人柄からして、いくら悪事に手を染めているとは言え、実の兄を手にかけるとは俺も思わねぇよ。むしろ昔から兄に振り回されて、良いように利用されていた節があるからな。今さら積年の恨みをはらす? それはねぇーよ。そういう玉じゃないと、俺にはハッキリ断言できるぜ」
「では兄上の考えは、今回の件で利した叔父の枢機卿か、パルマノーヴァの女狐が仕組んだと?」
「うーむ。むしろこの場合は、その両者の共謀と考えた方が、全ての筋は通るのではないか? こちらとしてもアノ女好きの愚昧な男が、マントヴァ公であった方がかえって都合が良かったからのう」
どうやら三人とも、あたしと同じ思いらしい。確かに彼はお人好しなのか、他人に振り回される人間ではであるけれども、決して人を恨んだり、妬んだりするようなタイプには思えなかった。
「そうだな、確か五年前だったか? ガルガーノの奴が──」
騎士様の話では、かつてガルガーノは、五年前に養父の辺境伯が亡くなられたのを機に、グリュー家の家督を継いだらしく。その直後に、彼の治める北辺の貴族たちの大半が徒党を組み、次々と反乱を起こしたのだという。
新米の辺境伯である彼の手元には、引退した元騎士や元兵士を集めても千人程度しか集まらず。その一方で反乱軍は日増しに増え、遂にはその数が二千を軽く超え、さらには異国出身の『魔戦団』と呼ばれる皆が魔法を操るという恐るべき傭兵隊も百人ほど加わったのだとか。
もちろん、王国中央からもすぐさま公爵様率いる国軍が派遣されたようだけど、彼はその軍が現地に到着するまでに、手勢のみだけで反乱の芽を瞬く間に摘み取ったらしい。
「その話は初耳です。私が聞き及んでいるのは、進軍の遅さに業を煮やした兄上二人が、勝手に父上の騎兵隊を率いて先行し、ガルガーノ様と一致協力して、倍以上の兵を有する反乱軍を野戦で一網打尽にしたと……」
「そいつは皆が皆、普段からあのガルガーノだろうと、奴を軽んじていたからだよ」
あのってどういう意味なのかしら? 王国内で屈指の剣技に秀でた殿方じゃなかったの?
「ええ、恥ずかしながら私も皆と同様にかつては、尊敬するに値しない人物だと勘違いをしておりました」
「それは止む得ぬだろう。世間の噂に惑わされることなく、ガルガーノ卿の実力を正しく認識していたのは、お主の兄二人だけだったからな」
「確かに、平時は草花を育て、詩を書き、菓子作りなどに現を抜かす女子のように軟弱な男だと、軍学院でも有名な話でしたから……」
それは意外な話だった。彼の素顔を初めて知った気がする。
「まぁ、奴の作る菓子は確かに、美味だったからな……。学院時代に一緒に行った店の味を、いとも簡単に再現してくれたものだ。もしも世が世ならば、菓子職人にとして歴史に名を残せたと俺は思うぜ。ホント、惜しい奴を亡くしたもんだ……」
甘党容疑の騎士様は遠くを見るような目で、彼との学生時代の懐かしい思い出に浸っているかのようだった。
それにしても、何故そんなに彼のお菓子作りについて詳しいのよ?
何だかものすご~く羨ましくて、妬ましいんですけど!?
「――それで、実際はどうだったのですか?」
「俺と兄者の援軍が駆け付ける前に、二十名ほどの騎士を率いて夜襲を仕掛け、あの傭兵部隊『魔戦団』を壊滅寸前にまで追い込んで、戦場から追い払っていたのさ。奴の腕は俺も兄者も認めていたが、実際には想像以上だったぜ」
「なるほど、恐るべき戦果だのう。会戦前に奇襲を試みるのは、数において劣勢時における一つの手ではあるが。それは相手も承知で備えがあったはず。にも関わらず、よくもまぁ少数でやり遂げたものよ」
「それにしても──『魔戦団』と言えば、凄腕ばかりの集まりの分、求められる報奨金も傭兵相場の数倍だと聞きましたが……。その彼らを雇うだけの資金が、よく反乱軍にあったものですね?」
「お? 良い質問だな。資金や兵站ってのは、戦の基本だからな。お前さんもちったあ、軍略を学んだ訳だ」
「兄上、私も近衛隊を率いる身です。それはもう湯水のごとく使う者が多いので、いやでもお金勘定には厳しくなりますよ」
子爵様は肩をすくめて、日ごろの苦労の一端を示す。
「それで、反乱軍の資金の出元は分かっておるのか?」
「ああ、調べはついている。間に他国の商人や教会関係者らが入ってはいたが、出資元は同期の女の家からだったよ」
「なんと「『パルマノーヴァ家の女狐』ですか!?」とな!?」
揃って驚きの声をあげる子爵様と公爵様である。
そして件の同期の騎士様の話では、ガルガーノが夜襲で傭兵部隊を駆逐した後に、彼の軍勢と合流したらしい。
その時点でも、彼らの兵数は反乱軍の半分程度しかおらず。そこで三人は翌朝の会戦を前に、必勝の策を講じたとか。
会戦当日、北辺は騎兵が展開できる平野部が少ない山岳地帯のため、両軍はともに狭隘な盆地の間にある平野部に軍勢を展開したのだ。左右を深い森に囲まれた狭い平野には、互いの軍勢が所狭しひしめき合っていた。倍以上の兵を有する反乱軍の布陣は、両翼を森際ギリギリまで伸ばしつつも、本体の中央部は十分な厚みを保っていた。
その一方で、ガルガーノが率いる辺境伯の軍勢は、反乱軍の半数以下の兵が密集させ、まるで尖った矢じりの如く▲のように布陣を敷いていたのである。
そもそも戦いと言うものは、兵士たちのやる気、つまり士気が失われた瞬間に全軍が崩壊するものであるらしく。もしそうなてしまうと兵は勝手に逃げ出し、軍勢は離散してしまう恐れがあると、経験者の騎士様は語ってくれた。
つまりこの場合は、少ない兵を密集させることで、恐れて離散するのを防ぎ。逆に反乱軍の中央を突き崩して、それを分断して士気の崩壊を狙った布陣をしいたという事だ。
そしてこの戦いは、軟弱モノと噂された辺境伯からの一騎打ちの申し出で始まった。それに対し、嘲笑と爆笑の渦で応えた反乱軍は、首謀者の一人である貴族自らが一騎打ちを買って、軍勢の前にその身を躍らせてきたらしい。
その後、形式通りの名乗りと、互いの非をなじり合う馬上の二人。その後、互いに剣を抜き、馬を駆って己の命と名誉を賭けた戦場の華となった。
しかし両者が剣を交え数合も撃ち合うと、評判通りの軟弱な辺境伯はその場で馬を返し、一目散に自軍へと逃げ戻ったとか。無論、それに対して両軍からは、非難と嘲笑の声が巻き起こる。そしてこれは勝った言わんばかりに、反乱軍の総指揮を担う貴族は全軍に突撃を命じた。
それから戦場には、角笛の音が鳴り響き渡る。
その残響がゆっくりと前進する兵士の血をたぎらせ、それに呼応するように彼らは雄叫びをあげ始めた。その足踏みと同調するように、恐怖と狂乱と高揚感がこの地に満ちはじめてくる。
この一斉に雪崩うって襲い掛かってくる反乱軍に対し、先ほどの一騎打ちで醜態を演じて見せた辺境伯は、配下の者に対して声のあらん限り叫び、しった激励をした。
『生きて家族、恋人の元に戻りたくば、槍を放さず、盾を構え、その場に踏みとどまれ! 逃げる者は追い首を取られて、この地に無様な骸を晒すだけだ! 生き残るために踏みとどまって耐えよ! さすれば昨夜のように、必ず勝つ!!』
荒れ狂う波の様に押し寄せてくる反乱軍と、勇気を振り絞ってそれを受け止め、その場に踏みとどまるように耐え忍んでいる辺境伯の軍。
おそらく当初は、倍以上の兵数を持って正面から正々堂々と軍勢をぶつければ、鎧袖一触のごとく勢いで戦いに勝利できると反乱軍を指導する貴族連中は思っていたのかもしれない。でも現実は、彼らの思う通りには上手く運ばなかったのである。
両軍のぶつかり始めは、確かに辺境伯の軍を少しは押し込みはしたものの、押された軍勢側もよくその場で持ちこたえていた。そこに辺境伯の指示が飛ぶと、部隊の両翼を押し上げて、横に長い長方形のような横陣へと変化させ、中央へ集中するように雪崩れ込んできた反乱軍を、上手く正面から受け止めた形となった。
そして軟弱な指揮官に率いられた少ない軍勢など物の数ではないという驕りのせいか、生きて無事に帰りたいと必死に戦う者たちの力戦によるものか。はたまたその両方か、この戦いは一進一退の様相を見せ始めていた。
それに業を煮やした反乱軍の総指揮官は、手持ち無沙汰になっていた両翼に対し、前進して相手部隊の側面に取り付いて包囲するように命じた。そのまま三方から包み込んで、包囲殲滅を図ろうという考えだったのだろうと、目の前の騎士様は語る。
その動きを馬上から明敏に察した辺境伯は、力いっぱい角笛を吹き鳴らした。
するとそれに応じるかの如く、両軍の左右にある深い森から馬に乗った騎士たちが姿を現し、総勢二百の騎兵隊が反乱軍の背後に襲い掛かったのだ。
先ほどまでは、勝ったも同然と押せ押せムードであった反乱軍。しかしながら突如現れた騎兵隊に軍勢の後背を襲われ、次々と後ろの味方が打ち倒されていく。
またそこから逃げ惑う兵士が、互いを揉みくちゃにして押し合い始め、ひしめき合う軍勢の中で徐々に混乱が広がり始める。
たとえ少数とは言え、騎兵の突撃というモノは強力な衝撃、つまり圧力であり、その前に立ちふさがる者には等しく死をまき散らすのだ。
決して速くなくとも、その勢いよく突っ込んでくる軍馬の前には、誰しもが恐れおののくものである。時折り、意を決して長槍を構える勇敢な者がいても、たった一人ではその圧倒的な力にあがらう事は出来ず、逆に馬上から短槍に突き殺されるか、馬の蹄鉄に踏みつぶされて生を終える事となった。
こうして背後からの騎兵による突撃で、反乱軍の士気は急速に失われ、前後からの挟撃によりあっと言う間に軍勢が崩壊していった。
そして散り散りになって逃げだす反乱軍の騎士と兵士たち。しかし戦いと言うものはこれで終わりでは無いらしく、そこへ恐るべき騎兵による怒涛の追撃戦が行われる。
それから逃げ惑う兵士や騎士を次々と討ち取っていく騎兵たち。彼らの果たした重要な役目により、その会戦は辺境伯軍の大勝利で終わった。しかも味方の死傷者は百名足らずである。
この戦いにより反乱軍は大きく力を失い、その結果あとは本拠地の砦一つを残すのみの状況となった。つまり一度の会戦で、寡兵をもって勝利し大勢を決したのだ。後に、この北辺に連なるガルダ山脈地帯の平野部で起こった戦いは、『ガルダ会戦』と呼ばれ、軍学院の教本にも採用される鮮やかな戦いだったとか。
その後、ようやく公爵率いる国軍本隊が到着し、その後は反乱鎮圧の後処理となったというのが事実らしい。
そしてその反乱を影から支援していたのは、パルマノーヴァ家の女狐ことカルメン卿だと、判明したのは随分と先の話であった。
「なるほど。あれだけの規模の反乱を、短期間で鎮圧できた理由がよく分かりました。兄上二人の助力も決して少なくは無いと思いたいのですが、ガルガーノ様の采配は想像以上ですね……」
「うむ。生きておれば、その武略を王家のために奮ってくれただろうにな。まこと惜しいことよ」
「ああ、全くだぜ……」
そう今となって彼、ガルガーノはもうこの世にはいないのだ……。
次回は、(第八編)です。本幕はまだまだ続きます。




