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第三幕:歌に生き、愛に生きて(第六編)

まだまだ続きます。

 翌日は早朝からミハクちゃんを伴って新市街にある市場や露店を巡り、滋養のある食事を作るために食材を買い求め歩いた。


 それは未だに体調が思わしくなく、宿のベッドで伏せっているお父様のためにだったけど、二人で目新しい街を歩いて回るのは思いのほか楽しく、ちょっとした気晴らしにもなった。


 そして夕方、至急屋敷まで件の姉妹を連れて来て欲しいという言伝を携え、昨日あたしを宿まで送ってくれた公爵様付きの騎士様が現れたのだ。

 だからあたしはお父様の事を婆やとミハクちゃんに託し、幼い姉妹を連れて騎士様の案内で公爵様の屋敷に向かう事にした。


 ・

 ・

 ・


「おお、ジルダ嬢よ。昨日の今日で済まぬな、事態が事態なので色々と説明せぬばならぬのだよ」


 昨日と同じように、あたしは執務室に案内された。入って直ぐに出迎えてくれたのは件の公爵様、同席しているのは三男の子爵様と初めて見る顔の殿方が一人いた。


 その男は、色白だけど細身でマッチョな長身に赤毛の短髪。そして精悍な顔つきは公爵様に似ているけれど、子爵様のようにキリッとした目力の強い美男子だった。


 彼が公爵様の次男坊なのかしら?

 ちなみに連れてきた姉妹は、公爵様の家中の方に預かってもらい、今頃は別室で夕食中のはずだ。


「こちらの大きい方が次男のヒイロ、地方巡検使を務める騎士殿だ。その隣のジュリオとは、昨日会ったおるな」

「はじめまして、ヒイロ様。あたくしはジルダと申します。モンテローネ伯爵様の縁者でございます。ジュリオ様には、大変お世話になりました。その節はありがとうございます」


 子爵様はわざわざ立ち上がって、「こちらこそお役に立てたのであれば幸いです」と応えてくれた。

 でもその隣に座るもう一人は、長椅子に背を預けたままで、片手をあげてで応えるだけだった。無遠慮(おきらく)が当たり前の殿方らしい。


 そして公爵様にすすめられるままに、あたしが彼らの対面にある長椅子に座ると。


「そうか、嬢ちゃんがモンテローネ伯の隠し子か。確かに亡き奥方にも、マリー嬢ちゃんにもよく似た美人だ。お前もいい仕事をしたな」

 そう言って、隣に腰を下ろした子爵様の肩を叩く。


「兄上、余計な事は言わなくても……。ジルダ様、どうかお気になさらずに」


 ん?うん?

 昨日、公爵様と一番上のお兄さんには、それについて説明したはずなんだけど?


「二人とも何か勘違いしておるようだが、こちらのジルダ嬢はな……」

「父上、分かっております。モンテローネ家にも、色々と込み入った話があるのでしょう」

「そうだぞ、親父。先方にも色々事情はあるだろうが、これは誼を結ぶ良い機会だ。歳も近いし、こいつの嫁に丁度いいだろ?」

 騎士様は横から煽るようにそう言うと、また隣の子爵様の肩を叩く。


「ジュリオの()に、か。それは……確かに」

 と腕を組んで考え込みだす公爵様。


 ちょっとちょっと! あたしのお義父さんになるには、気が早すぎませんかね?


「兄上、父上。それは少し話の行方が変わっておりませんか!? 今はそういう時期ではないでしょう!」

「お? その答えは、時期を改めれば『良し(OK)』ということだな? おい、親父。そういう事で、先方には話を進めておくぞ!」

 抗議する子爵様の揚げ足をサラリと取って、明後日の方向に話を進める騎士様。その一方で事情を知りつつも、意外に乗り気な公爵様が居る。何でそうなるのよ……。


「ジルダ様、申し訳ありませぬ。二人が勝手に「大丈夫! あたしは伯爵様の娘ではありませんし、いち平民として自由な人生を送りたいと考えておりますので!」」


 ここは話の腰を折りにいくのではなく、一刀両断にするしかない。あたしの先日の苦い経験がそう告げている。あたしのこの単純明快な応えに、意外にも目の前の子爵様は、失望と戸惑いが入り混じった微妙な表情になってしまった。

 なぜに?


 するとプッと吹き出し、笑い始めるたのは隣の騎士様である。


「ふっはっはははは! 相変わらず、からかい甲斐のある可愛い奴だよな、お前は! はははは」


 隣で腹を抱えて笑う兄を見た子爵様は、やっと理解して顔を真っ赤にする。


「兄上は! 最初から分かった上で、父上を焚き付けたのですか!?」

「――はは、面白れぇ。こちらの嬢ちゃんが、伯爵の姪である事は知ってたさ。ただ、ここまでハッキリ取り付く島もないとは、思わなかったぜ ふははは」


 あたしの未来のお義父さん候補の落選者は、『え? そうなの? 残念だなぁ』って風の表情で二人を見守っている。

 うん、残念デシタネー。



「こうして戻るのが遅くなったのは、正直済まなかった。こっちも次々と大事(おおごと)が起こってな。その真相は兎も角、事実のみを精査し持ち帰るのに手間がかかったのさ。それでだ──」


 地方巡検のために国内を回っていた騎士様の話では、つい先日あたしが公都を立ったその日にマントヴァ公爵が暗殺され、その犯人とされる弟のグリュー辺境伯が捕縛され、処刑の後にさらし首になったと言う事だ。


 そして亡くなった年若い二人(まだ三十歳になったばかり)の当主には、跡継ぎが者がいなかったため、急遽、マントヴァ家は一門の最長老のイグナチオ枢機卿が還俗(げんぞく)して継ぎ、グリュー家は先々代の辺境伯の遠縁にあたる齢六十を過ぎた老騎士が家督を継いだらしい。そして、その未婚の年老いた当代辺境伯に即日嫁入りをしたのが、王国の財務長官を務めるパルマノーヴァ公爵家の長子であるカルメン卿だ。彼女は先代辺境伯のガルガーノ卿、そして目の前の赤毛の騎士様とは、王立軍学院で同期だったとか。


「いささか事が運ぶには、早すぎではないか? 家督を継承したその日に嫁入りとは、事前に手回しを終えていたとしか思えぬわ」 

「確かに妙な話です。グリュー家は王国の北辺を守護する武門の家。かの要地を受け持つにも地位に関わらず、それが武を軽んじるあの女狐によって占めらるとは、……全く解せませぬ」

「うむ、確かにまだ三十路になったばかりの女盛りが、自分の親ほどの年を取った男に嫁入りするのは、おそらくは打算と詐術によるものだろうな」

「私はあの女を好きませぬ。武人でありながら軍備を疎かにし、商人と結託して蓄財に励むような身下げ果てた輩など!」 


「お前さんは相変わらず真っすぐで安心したよ。親父の話では、随分前にその好まぬ女から婿取りの打診が我が家にあったらしいぞ。結果的には良かったな。女を見る目がある親父で」

「父上、本当ですか?」

「ああ、四、五年ほど前にな。確かお前が軍学院を卒業する前だったか? その時は嫌な予感がしてな、故に急いで手を回し、貴公を近衛隊にねじ込んだ訳だ」

「そのような経緯が……、父上の配慮には深く感謝します。その節は、ありがとうございました」

 と素直に感謝の気持ちをのべ、父に頭を下げる子爵様だった。


 よいよい、と手を振る公爵様の顔もまんざらでもなさそうだ。あたしには、それがとても素敵な親子の在り方に見えた。 


 しかしながら彼らの話は、元箱入り娘(ニート)のあたしには分からない領分(大人)の話ではあるけれども、ただひとつ言える確かな事がある。

 マントヴァ公暗殺の是非は知らないけど。でもあの日の夜、幼い姉妹を救うために命懸けで戦い、あたしたちを無事に逃してくれたのは、ガルガーノだったのだから……。


 しかも公式では、彼はマントヴァ公爵の暗殺と叔父のイグナチオ枢機卿の暗殺未遂の罪で、即決裁判の後に打ち首となり、その首は市中でさらされたとの事。ただそれらを不審に思った巡検使の騎士様は、夜半にさらし首となった彼の首を奪い去り、改めてその首を確認したところ、その切り口は死んだ後に首を落とされたようだったと話している。


 もちろん、奪った元辺境伯の首は、彼が人知れぬ場所に埋めて弔ったらしい。ありがたい話だ。あたしも後日改めて、マリーと一緒に彼を弔わなくては……。

 でも、今はまだ実感がない。彼はあの夜、あの後、一体どうなったの? 

 もし捕縛されたというのが事実でないと仮定したら、やはり彼はあの兄妹の手に掛って命を落とし、罪を被さられて、不名誉なさらし首となったというの?



 本当に何やってんのよ?死んだら元も子もないじゃない。


 あなたが如何に生き、どんなバカをやったのか、あたしの知る全てをマリーに話してやるんだから。あの世で覚悟なさいよ。

 ガルガーノ……。



次回は、(第七編)です。

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