第三幕:歌に生き、愛に生きて(第二編)
前中後編に加えて、閉幕編に分けても終わりそうな気がしないのですけど、一旦ここで切ります。
「──それでだな。ジルダ嬢には、いくつか聞きたいことが……。
貴公は、いつまでそこで突っ立っておる気だ?」と後半は、あたしの後ろに向かって公爵閣下は言葉を投げかけていた。
「先日の一件もありますので、ここで……「いらん、いらん。そもそも、害する者がどこおるというのだ?」」途中から言葉を挟み、さも面倒くさそうに手を振りながら言い切る。
「非力そうに見える若い娘と言えども、油断はできません。事実、ロッシーニ枢機卿は、先日それでお亡くなりになりました」
「女を見る目の無い青二才の倅に、女を見る目が無かった坊主殿と、同じ轍を踏むななどと言われとうないわ!」と怒気を含み、吐き捨てるように言う。
「私が青二才である事と、閣下が油断をなされる事は別なのでは?」とこちらも意固地になって反論してきた。
「えぇい、もうよいわ! 子爵殿は、これを学院に逗留中の大先生に届けてくれ。それも至急だ。モノがモノだけに、くれぐれも調査の結果が出るまでは、護衛として片時もそばを離れるなよ? あの御仁は、世俗に関しては赤子のように疎いからな」
そう言うと、懐から書状と一緒に預けた紙包みを取り出し、美男子の子爵殿に向かってそれを放り投げて渡した。そして面倒くさそうに、サッサと行けとばかりに手を振る。
しかし、件の子爵殿は全くその場を動く気配がない。
今の言葉を聞いていなかったのだろうか?
「子爵殿? 何故ゆかぬ?」
「この面会が終わりましたら、ご命令通りに学院に向かいます。それまでは、ここで控えております」
「本当に面倒くさい奴だな。お前は昔から……」とあきれ顔になって腕を組む公爵様。頑張れ、お父さん!
「母上に、そっくりですか?」
「あぁ、そうだ。その物言いが、あの気の強かったお前の母親、トスカにそっくりだ。まるで可愛げの無いところまでそっくりだわい」
「申し訳ございません。なにせ、母上譲りですから」
「かーっ、本当に可愛げのない奴だな。お前は」
「――あのぉ~、それでお話というのは……」流石に、あたし自身がいつまでも親子喧嘩に付き合いたくないので、その間に割って入って、腰を折ってみた。
「あぁ、そうだな。すまぬ、客人の前でつまらぬものを見せてしまったな。こやつの亡き母とも、いつもこんな感じでな。その母にそっくりな顔で、同じことを言われると、流石にな……」
「申し訳ございません。なにせ兄弟で唯一、父上に似ずですから」
「はぁ~、そう言う所がだな、本当に面倒な奴だわい」
「若い頃はよくありますわ。それでお話というのは……」おかしいな? 話の腰が全く折れていないわ。
「既に家督を継ぎ、公務についても失態なく勤めております。その何処にご不満があるのですか?」
「その性格だわい! お前はよくそれで、近衛隊在籍中に問題を起こさなかったな? 何か? 不祥事は全て、揉み消した口か?」
「…………………………………………」
どうやら、あたしの話の腰の折り方が足りなかったらしい。その後も、二人は増々ヒートアップするばかりだ。そしてあたしの目の前で、親子二人の口論にも値しない言い合いが続いていく──。
はぁ、もう勘弁してよ……。あの幼い姉妹の保護も、今日中にハッキリさせたいところなのにぃ。
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「うるせええええええぇぇぇっ!!」
その怒鳴り声と共に、部屋の奥にあった扉が蝶番ごと吹き飛び、執務用の椅子にぶつかった。もちろん勢いそのままで、椅子はそのまま飛ばされて倒れる。そして戸口の向こうに見えるのは、首から下だけの……とにかくデカい男だった。
「何なんだよ、てめぇらは……。俺様が、昼寝している所を、そんなにも邪魔したいのか!?」
少し肩を落として、戸口から顔を出して部屋に入ってきたのは、公爵閣下よりもさらに頭二つ分は背が高く、浅黒い肌をした筋骨隆々の大男だった。
先日見かけたあの隻眼の大男よりも巨大で、まるで冬眠明けの熊のように不機嫌な獰猛さを感じる。
「兄上! 何故こちらに、いつこちらへ、お戻りになられたのですか!?」
なるほど。大男の彼は、美男子の子爵様とはまるで似ても似つかないけれども、よくよく見ると黒髪短髪でがっしりとした顔つきに、どこか愛嬌のある目元が公爵様にそっくりだった。
「だからあれほど、いらぬと言うたろうに。隣室で昼寝をしてはいるが、この国で一番頼りになる護衛がおったのだ──」「それならば、早くそう──」
「ごちゃごちゃと、うるせつってるだろぅがっ!!」と再び怒鳴り声が部屋中、いえ、これはきっと屋敷中に、……響いているはずよね?
「あぁ、そうだな。とりあえず一杯やらぬか? こっちに秘蔵の酒があるぞ」そう言いながら、公爵様は執務机の引き出しから、琥珀色の液体が入った瓶を取り出し、瓶ごと不機嫌な熊のような大男に手渡した。
すると、大男は素直にそれを受け取り、そのままラッパ飲みを始めた。そしてあっと言う間に、瓶を空にしてしまったのだ。
「お前、それ高いやつな……「うめぇな、もう一本あるか?」」
寝起きの大熊にそう言われたので、公爵様もしぶしぶと別の引き出しから、同じような瓶をもう一本取り出した。すぐさまそれを奪い取ると、再びラッパ飲みでグビグビと飲み干す。
そして二瓶目も空にしたら、それで満足したのか。執務用の椅子を起こすと、そこに深々と沈み込むように座った。いえ、ギシギシときしむ音がするから、これはきっと椅子が壊れかけ直前にあげる悲鳴なのでは?
「──で、親父殿は『至急』つってただろ? ジュリオよ、用があるなら後で聞いてやるから、サッサと行ってこい」
「兄上、しかし……「なんだぁ?」……いえ、なにもありません。直ちに、出向きます」
子爵殿は、兄上と公爵様にビシッと綺麗な敬礼をしてから、あたしにも会釈をした上で足早に部屋を出ていく。公爵様の方は、黙って腕を組みながら、そうだそうだと同意するように頷いているだけだった。
何というパワーバランスな親子関係なのだろうか──。仲睦まじいあたしとお父様の父娘の関係とは、天地ほどの違いのある家庭に、どうやらお邪魔してしまったらしい。早く用を済ませて……帰りたいわ。(泣)
その後、機嫌が落ち着いた大熊さんを他所に、公爵様との話をすすめる事にした。公爵様は書状の内容について詳細を教えてはくれなかったけれど、今この王国内で起きている一連の事件とその流れについては説明をしてくれた。
それはこういうモノだった──。
国内外を問わず、一般的に奴隷の所持や人身売買などは禁じられている。にも関わらず、近年には組織的に赤子や孤児、十代の若い子を集めて、売り買いするという犯罪が散見されるようになった。また国内では未成年の人さらいや神隠しの訴えが急増している。先月、それを調査していた枢機卿の一人が暗殺され、また先週には公爵様自身が暗殺されそうになったという。そして書状の主であるグリュー辺境伯の報告によると、その犯罪組織には、多くの王国内の官僚や教会の関連部門、豪商を始めとする様々な民間業者が多岐にわたって関わっているとの事。それら全てを長年に渡って、彼が独自に調べ上げたらしい。
その上で証拠となる重要な情報を、先ほど子爵様に預けたメモリア水晶に記録しているという事だ。
公爵様としては、その内容が証拠たり得るか精査した上で、大規模な摘発を行いたいと考えているようだ。そしてあたしが保護を求めている幼い姉妹についても、生き証人として公爵様の元で手厚く保護するとの事だった。
「思えばあやつは、今までたった一人でこれだけの事をやってきたのだな。昔から素行は悪かったが、五年ほど前に家督を継いでからは、公然と乱暴狼藉を働くようになった。それもこれも全て、重しというべき先代がいなくなった為だと考えておったが──」
公爵様の話では、領内を通過する隊商を襲って積み荷を奪ったり、領内で新設する教会を焼き討ちをしたりなどと、一夜にして国内外に彼の悪評が広まるほど矢継ぎ早に次々と問題を起こしたらしい。
そして辺境伯に対しては、多くの訴訟が持ち上がったけれども、彼には筋の通った言い分があり、その一方で訴え出た方にも必ず落ち度があったので、一応形だけの謝罪と軽い罰金刑で毎回手打ちとなっていたという事だった。
「確かに商人が抜け荷をすれば、捕まえて荷検めもするだろう。それに国にも事前申請なく、辺境伯殿の領地内に教会施設を新設しようとすりやあ、取り調べなんざ当たり前だろ? 場合によっては打ち壊しもあるえるだろうよ。どれもこれも、領主として当然の務めじゃねぇのか?」
「うむ、確かにな。もし仮に領主が正規の手順にのっとって取り締まったとて、あの手のズル賢い連中は、忘れてましただのと言って、スッとぼけるのが毎度の顛末だからな。そういう輩には、実力行使しかあるまいな」
つまり、さらった子供を積荷として商人が運び、教会施設でその荷物の保管や売買の仲介などしていたという事なのだろう。
「そんな深い事情が、あったんですね。彼には──」
そう、余人には知る由もなかった。彼、ガルガーノの孤独な戦いがそこにあったのだ。
次回は、(後編)です。




