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第三幕:歌に生き、愛に生きて(第一編)

一旦ここで切ります。この第三幕は、結構長くなりそうな予感がしてきました。

 夜明け前にガルガーノを残して川船で出発したあたしたちは、ミハクちゃんによる操船のお陰で、正午過ぎには河口にある王都まで到達する事ができた。


 流石は東方諸国が出自の猫娘様さまだ。その彼女の故郷は、大陸の東端にある島国の一つらしく、そこに住まう猫人族は子供のころから水練や操船術を学ぶことが生活していく上で必須だとの事。故に彼女は、今回の様に暗闇の中でも巧みに船を操り、こうして小型の船でも危なげなく川を下る事ができたのである。うん、本当に素晴らしいわ。

 だから感謝の気持ちを込めて、船の入港審査待ちの間に彼女の頭をたくさん撫でておいた。( ´ー`)ノ(ヨシヨシ)


 目の前に見える河口を中心に広がる巨大な都市は、エトルリア王国の王都エトルリアである。ここはあたしが長らく住んでいた公都マントヴァの南東に位置しており、上流のアミアータ渓谷から流れ出るチェレステ川の終点である河口にある一大都市だ。


 王都は河口付近からぐるりと三日月を描くように北東から東へと伸びた地形にお陰で、天然の大きな良質の港湾が形作られている。人口は約数万人、交易の盛んな土地柄なので、唯人族(ヒューム)以外の異種族も割と見かけることができる。


 そしてやはり王都だけあって、税金が高い! 先ほど支払った入市税は、一人当たり銀貨3枚、唯人族以外の異種族は倍の6枚も要求された。もちろん船も大きさに応じて税が課せられ、こちらは最安値でも銀貨10枚、つまり合計で金貨3枚と銀貨1枚も税金を取られたのである。

 今回借りた船については、新市街にある船渡場にて返却するだけで済んだ。ちなみにボルゲットの村まで利用した三頭のロバは、夜分遅くに何度も起こした宿主の老夫婦に迷惑料も込みで、相場の五分の一以下の金貨30枚で引き取ってもらった。


「それにしても……、とても大きくな街なのね」

「うちモ、ソウオモウにゃ」


 あたしたちが眺める王都の町並みは、どこまでも続くのかと錯覚しそうなほど視界一杯に広がっていた。


 この船着き場から目にできる河口から南側の建物のほとんどは、美しい白壁で覆われており、これは海の潮風と強い日差しを防ぐために、湿気に強く耐火性もある大理石の粉を使った漆喰で出来ているらしい。

 逆に北側の建物は、税金対策で漆喰を一切使わずに、ただ石を積み上げて作った雑多な安普請のものが多いとのこと。このように何かにつけて税金が高いためか、その美しくない建物がたくさん建ち並ぶ港湾エリアは新市街と呼ばれており、河口の北側から三日月状に伸びる半島部分の先端まで覆いつくすように、大きく隅々まで、所狭しと広がっている。


 一方、河口の南岸にある旧市街は、南に向かって広がる丘陵地帯に沿って作り上げられた階段状の城壁街となっている。その最上段は国王が住まう王城となり、身分に応じて上層の街に住むことが許されるらしい。もちろん最下段が平民であり、その上に教会と商人、下級貴族、上級貴族、王族と階段状となっており、その区画毎に分厚い城壁で仕切られている。

 なお軍事関連の施設は、敷地の広さと数の関係上、全て最下段の平民地区の周囲を囲むようにあるとの事。そのため河口から南側の湾部は、全て軍港となっており一般人の立ち入りは禁じられているようだ。


 その後、あたしたちは、新市街にある宿のひとつで、一旦落ち着くことにした――。


 ・

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 今回は流石に総勢六人という大所帯なので、お父様とあたし、婆やとミハクちゃんと姉妹で分けて、宿では二部屋を借りることにした。


 そしてお父様は、助けた幼い姉妹に衣類を重ね着させたために、自身が薄着で体調を悪化させてしまったので、今日は大人しく宿のベットで休んでもらっている。そのお父様と姉妹の面倒は、婆やとミハクちゃんにお任せする事にしたのだ。


 それからあたしは、さっそく例の書状と紙包みが入ったポーチを両手で抱え込みながら、ヴェローナ公爵閣下の屋敷を訪ねることにした。


 本当はマリーが居るはずのモンテローネ伯爵邸に行きたかったけど、その手前にある城壁の門番に阻止されて願いは叶わなかったからだ。

 本来であれば、そのまま失意のまま立ち去るはずだったけれど、偶然にもそこへ通りかかったヴェローナ公爵閣下の家人のお陰で、書状の話をまともに取り合ってもらうことができたのだ。


 彼の話では、最近はこの旧市街で物騒な事件が多発しており、身分の証が無い者は許可なく上層部へ立ち入る事ができなくなったらしい。

 確かに旧市街に入ってからは、見回りの兵士の姿が多く、何やら物々しい雰囲気をあたしも感じていた。でも幸いにも、彼は書状の封蝋にある印章をちゃんと確認した上で、公爵閣下への取り次ぎと案内を買って出てくれたのだ。


 これは渡りに船、とても良い流れかもしれない。それに案内してくれる彼は、とびっきりの美男子だしね。ただあたしとそう変わらぬ背丈にもかかわらず、その身に不釣り合いなくらい長い剣を背負っているのが、とても気になる──。


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 公爵閣下の屋敷内へ案内されてからは、小一時間ほど広い客間で一人待たされたけれども、その間に出されたお茶と焼き菓子と旬の果物が美味しかったので、あたし的には待つのは苦でなかった。


 その後、先ほどの美男子の彼に案内されて、公爵閣下の執務室へと通されたのだ。

 流石は公爵閣下の執務室である。あたしの住んでいた部屋よりも大きく立派だった。


 でも……これはちょっと執務室と呼ぶにはどうかな?とあたしが思うほど、あまりにもその内装が家主の趣味に偏り過ぎているのだ。それ故に、部屋の中を隅々なでつぶさに観察してしまった。


 その部屋の中は、左壁一面には所狭しと、多種多様の形状の刀剣に斧、槍などが飾られている。その反対側の壁には、石造りの暖炉を中心に長弓や石弓と矢筒、そして籠手付きの小型の盾を始めとする、大小様々な盾類が飾られていた。

 そして部屋の中央部には、低い長机と二組の長椅子があり、その奥の窓際には窓を背に大きな執務用の机があった。

 また窓際の両端には、意匠の凝った盾と甲冑が一式ある。そして全身鎖帷子と正面に、『金地の盾に斧を咥えた赤獅子』の紋章が描かれた、内側に帷子を縫い込んだ白い丈長の陣羽織(サーコート)のセットがあった。


 これって、ひょっとしなくても、ヴェローナ公爵閣下様は、武具マニアとかなの?


 その家主と思しき人物は、目の前の大きな机を前にして、あたしが訪問時に預けた例の書状を片手に、何やら手元の書類の束を読み比べ、精査をしているようだった。


「閣下、客人をお連れしました」

「うむ、ご苦労。そちらのご令嬢が……「ジルダ様とおっしゃるそうです」ジルダ嬢か、よくぞ参られた。そちらに、お座りあれ」


 そう言いながら、こちらに向けて顔を上げ、ニコッっとまるで少年のように笑う。

 おや?なかなか素敵な笑顔のオジ様ではないかしら。


そしてその素敵なオジ様は、手前にある長椅子を指し示した。

それから自身も椅子から立ち上がると、書状を手にしたまま対面にある長椅子まで来ると。


「ささ、遠慮なく。お座りあれ、ジルダ嬢」と再びすすめてくれたのだ。


 目の前の素敵なオジ様は、あたしよりも頭二つ以上も背が高く、白髪交じりの栗毛の髪と獅子のような威厳のあるふさふさの髭をたくわえている。

 でも目はくりくりッとして、どうか不思議な親しみがある。それでいて、あたしのお父様よりも年を召されている様子だけれど、服の上からでも分かるほど逞しい胸板をした立派な体躯で、見るからに武人然とした人物だった。


「はい、それでは失礼致します」と頭を下げてから、あたしは手前の長椅子にそっと座った。


 それを見届けてから、先方も対面の長椅子にドカッと腰を下ろした。


「うむ、こちらの挨拶がまだだったな。それがしが、不肖の身ながら王国軍を預かる将軍を務めておる、ジュゼッペ・ヴェローナだ。よろしく頼む」


 そう言うと、岩のようなゴツゴツとした片手を差し出してきた。

 あたしも礼を失せぬように、席を立ち、両手でその手を包むように握り、挨拶をした。


「ジルダと申します。こちらこそ、こうして市井の娘の話を、わざわざ聞いて下さる事を感謝致します」


「はっはっは。こうしてよく見ると、どこぞの貴族のご令嬢かと思ったが……。まことに、グリュー辺境伯の者でも、伯爵家の者でもないのか?」


「いいえ、閣下。あたくしはただの娘、ジルダですわ」


「ふむ、そうか……。そこに突っ立っておる倅の亡き母に、どこか雰囲気が似ておってな。てっきり何処かの名家の令嬢かと思うたわ」


 その言葉に、思わず後ろを振り返ってみると──。その美男子の倅さんと目が合ってしまった。


 確かに彼は色白で、よく手入れのされた長い栗毛の髪。その上、初めて見たときは女と見間違えるほどの、中性的な美貌の殿方だった。でもよくよく見れば、喉仏で気づくことができた。

 ちなみに背丈も、あたしよりほんの少し高いだけなので(流石に体つきはガッチリしているけど)、服装が服装であれば、きっと皆が皆、見た目麗しい彼女と勘違いをしてしまうのではないかしら?


次回は、第三幕(中編)です。

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