第二幕第二場:愛のために、死ぬことができるの?(後編)
長々と続いた一騎打ちシーンは終わりです。頭の中で流れる映像をそのまま描写すると、ダラダラと続いてしまいました。
今、あたしの目前で、剣を手にした二人の男がしのぎを削りあっている。
その打ち合う二つの刃は、激しくぶつかり合うたびに月下で輝き、テンポよく鳴り響く金属音は、こうして周囲で聴く分には意外と悪くはない。それはあたかも互いの意地と根性と気迫を、正面からぶつけ合っているようにも見える。
でも当人同士にとっては、文字通り命懸けの真剣勝負なのだ。
そもそもあたしは、剣技等というモノに対する知識も見識も全くないド素人の上に、世俗にも疎い箱入り娘の見立てではあるけれども──。
彼、ガルガーノのそれは、王国随一と言っても差し支えないほどの、卓越した技量なのではないだろうか?
そしてその技の根幹にあるのは、彼の素早く正確な彼の判断力と見事な体捌きだと思う。この足場の悪い草むらでの戦いにも関わらず、前後左右にと自由自在に足を入れ替え、体勢を変えながら、時には紙一重で相手の攻撃を避け、時には相手の死角へと滑り込む。
その一方で彼の変幻自在の剣捌きは、まるで風車のように凄まじい勢いで、次々と打ち込まれてくる重い剣撃の全てを、巧みに反らし、弾き、切り払い、受け流している。あぁ、これは流石に避けられまいという鋭い剣撃があろうとも、薄く細長い剣を斜めにしてその剣撃を受け止め、殺意が込められた剣の圧力を削ぎ、刃の上で物の見事に滑らせてしまうのだ。
きっと彼の相手をする者は、とても戦い難いと感じているのではないのかしら? 普通、この状況を鑑みれば、彼の勝ちは揺るぎないものと誰しもが思うかもしれない。でも現実はそう甘くはなかった。
二人の男の戦いを離れて見ているあたし以外のもう一人の女、隻眼の大男の妹が何やら囁くように歌い始めると、突如ガルガーノの足が、ピタっと地面に張り付いたように止まる。そしてそれのせいで、彼は前にのめり込むように上半身のバランスを崩してしまう。
「貰ったあぁぁぁぁっ!!」
すかさずそこへ隻眼の大男は、渾身の力で肉厚の幅広い鋼の刃を大振りし、水平にブンという空気を引き裂く音を引き連れ、重い横なぎの一撃を叩きこんでくる。
でも彼は冷静に剣を素早く両手で持つと、自剣の根本部分の刃を、襲い掛かってくる相手の剣の切っ先に絶妙なタイミングで当て、裂迫の気勢を上げつつ、強引にその切っ先を斜め上に弾き飛ばしたのだ。
その次の瞬間には、先ほどの下半身の硬直が解けたのか、相手の懐へと素早く利き足で踏み込みながら「ハァッ!」と気を吐き、剣をそのまま上から下へと滑らせるように一閃。
そしてそのまま相手の振り上がった右腕から脇にかけてを、彼が手にする暗い紫のような光をまとう刃が一気に切り裂く。
そこに遅れて吹き出すのは、真っ赤な命の飛沫だ。
「貴様、化け物か……」と呻きながらも、隻眼の大男は剣の勢いに任せて、その場でクルリと体を一回転させながら、右足で回し蹴りを放つ。
しかしそれもガルガーノならば、今までのように足の位置を組み替えて軽く避けるのだろう……と思う。でも結果は違っていた。
またしてもピタリと彼の下半身の動きが固まってしまったようだ。
まるで地面に両足が縫い付けられたかのように。
それにより態勢を崩した彼は、眼前に迫る避けられたはずの重たい蹴りをモロに受け、勢いそのままに吹き飛ばされたのだ。それでも彼はとっさに蹴りを両腕で受け止め防いだらしく、地面に体を打ちつけられながらも、しっかりと受け身を取り、素早く立ち上がって再び剣を構えた。
これはあの女の魔法による介入?
そう、これは一対一の決闘ではないのだから当然である。奇襲、飛び道具、多対一、小細工、魔法での妨害等と、言わば何でもありの戦場なのだ。
だからと言って、このままにはしておけない。あたしがこの状況に介在しないと、いずれはきっと彼の方が自らの血の海に沈む羽目になるだろう。でも彼は──。
「行け! 私に構わず!」
「何を言っているの!? このままだと負けるのは、あなたの方よ!!」と感情が高ぶったあたしは、声を張り上げて叫ぶ。
すると、女主人が長く尖った針のようなものを懐から二本取り出し、それを左右の手に持ってこちらにゆっくりと近づいてくる。
「そうそう、そこの泥棒猫のお嬢ちゃん、アタシのルチアを何処にやったんだい? あの子は大事な金づるなんだよ、返してくれないかねぇ?」
肉親の仇でも見るような憎々しい目であたしを睨みつけてくる。これは流石に、……あたしの方がマズイわね。
「うっさいわね! このあたしが『ハイそうですか、お返ししますよ』とでも言うと思ってるの!?」あ、これはスイッチが入る、かも。
予想通りの回答を受けてか、ニヤリと獲物を前に舌なめずりをするような肉食獣の表情で彼女は迫ってくる。
「こちらは問題ない! だから……君は逃げろ! そもそもこの程度で負けては……、あの世で亡き養父に……会わせる顔がないからな!」
月光の下、激しく打ち合う金属音が絶え間なく鳴り響く。そこに介入する者がいなければ、彼が少しずつ圧倒しつつあるように見えた。
「あんたもうっさいわね! 無茶をすると、マリーに言いつけるわよ!?」
「それは……、困るな。あの子に……会い辛くなる」
相変わらず彼ら二人は、互いの命を懸けた剣舞を続けている。一方、女主人の方は二人の戦いが気になるのか、チラチラとそちらの様子を伺いながら、こちらへと向かってくる。
「だったら――「頼むから行ってくれ。もし君に何かあったら、それこそ私は一生、あの子に会わせる顔がなくなる――」」
そこへ「ヌゥン、ソリャ」と言う掛け声とともに、隻眼の大男が今までにない素早く鋭い剣を繰り出す。その袈裟懸け切りからの逆袈裟の切り上げという素早い二連撃も、ガルガーノはいとも簡単に初撃を避けてから、足元から迫り上がる猛犬のような返しの刃を彼の手にある細身の剣で軽く受け流してしまう。
そして今度は攻勢に回ると、一瞬にして二度の白刃の煌めきが見えた後に、大男の左肩と首元からは血が流れ始める。どうやら依然として、この戦いは彼が優勢のようだ。
その様子を見た女は、劣勢な兄を加勢するためにか、そちらへ駆け寄ろうとしていた。
これはチャンスだと思ったあたしは、地面で抱き合っていた小さな子供二人を両脇に抱きかかえて、その場から力の限り全力で走り去った。
微かにあたしの後方で、女の舌打ちする音が聞こえた気がする。
ここで追いつかれては命が危ういと、あたしは子猫を咥えて必死になって逃げる母猫の如く、後ろも振り返ずに走り去ったのだ。
幸いにも彼女が追ってくる事はなく、無事に二人の幼子を連れて、あたしは子猫ちゃんが待つ宿まで戻ることができた──。
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正直、自分自身にここまでの馬鹿力があるとは思わなかった。でも宿に着いて子供を下ろしたら、そこで力尽きてしまったのだ。これはもう、動けないかも……しれない。
それから宿に戻ったあたしは、ミハクちゃんの手を借りてお父様と婆やを無理やり起こした。夜明け前なのでもの凄く眠いと思うけど、今は時間が無いのだ。許してほしい。幸いにも、少し前に宿の主人に無理を言って船を借りた際に、船代と宿代の支払いは済ませてあるので、荷物をまとめると直ぐに宿を出て、近くの船着き場に係留されている船に乗り込んだ。
あたしが連れている猫娘のミハクちゃんと二人の幼子に、はじめはお父様も婆やも驚いていたけど、海よりも深い事情を伝えると素直に納得してくれた。
そして夜風で体を冷やしては駄目だろうと、自分たちの衣服と外套で幼子の身を包んでくれたのだ。感謝、感謝である。ちなみに今のミハクちゃんは、あたしの愛用のワンピースと外套を身にまとっている。彼女には少しばかり丈が長かったようだけど、胸周りだけはピッタリだったらしい。解せぬ……。
その後、彼を待つべきか散々迷った末に、彼の言葉通りに船を出すことにした。ミハクちゃんの操船で、村の中を流れる川を下り始める。
村はずれの例の宿の前の川を通過する際に、宿の裏手からは相変わらず打ち合う金属音があたりに鳴り響いていた。そこであたしは、まだ戦っているであろう彼に向かって、声を張り上げて力の限り叫んだ。
先に行くからまた会おうと、そして──。
「もし死んだら、許さないからね! あの世まであなたを追いかけてやるんだから!!」
次回は、「第三幕:歌に生き、愛に生きて(仮)」を予定しています。場合によってはタイトルが変わるかもしれません。




