第二幕第二場:愛のために、死ぬことができるの?(中編)
あたしたち二人は石ころが多く、忍び足で進むには足場が悪い草むらを避け。身を隠しやすい茂み沿いに少し迂回しながら、小走りで目的地へと向かった。
例の川辺の宿の裏手には、地下室へと続く大きな両開きの出入用の扉があると、そこの元給仕のミハクちゃんは言っていた。
なるほど、彼女が言っていたように大人二人が並べるくらいの幅の傾斜した扉がそこにあった。だけどそこには、既に先客が来ていたのだ。
今、その地下へと続く扉は外側に開かれ、中から痩せノッポと大柄の禿げた男が二人がかりで大きな木箱を運び出している。そして離れた場所にある荷馬車の上では、ランタンを掲げてあたりを灯りで照らす髭ずらの小男。さきの二人の男に続くように、女主人もランタンを片手に地下から上がってきたみたいだ。
「どうするの?」
と茂みに隠れたまま、あたしは隣のいる相方に小声で尋ねる。
「今度は逃げられぬように、まず先に荷台の上の男を仕留める。その後は、木箱の二人だ。私が二人を引き付ける間に、子供を連れだして直ぐに逃げてくれ。四人全てを片付けて後から追いかける。私の事は待たずに、そのまま船を出してくれ」
「出来るだけあなたを待つから、無茶をせずに引き際を考えなさいよ──」
「……そうだな。マリーとの約束もある以上、私も善処しよう。だが……もしもの時は、例の書状と水晶を頼む」
こう言ういかにもフラグっぽい言い草は好きじゃないけれど、彼の意は理解したとこの場はうなづいておいた。
すると彼は、おもむろに腰に差した細身の剣を右手で抜き放つと、自らの両手に向かって小声で囁くように歌を詠い始める。
『 こんごうのちからよ わがせめのてに そのくさびをはなち
おうごんのちからよ わがまもりてに そのかせをあたえよ 』
『 わがともに てんくうをせいす そのかせをときはなち
わがともに ちのそこをうがつ そのくさびをあたえよ 』
その歌を二度繰り返して詠うと、暗い紫のようなぼやっと輝く薄い皮一枚ていどの光に彼の全身を包まれ、それ続いて剣の刀身もまた同じように暗い紫のような光に包まれた──。
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「兄貴! そこにも、大きな石ころがあるぜ」
彼らの足元の草むらも足場は悪いらしく、視線を下に落としながら注意深く木箱を運んでいるようだった。
それに対し、ガルガーノは腰の後ろに差していた短剣を左手で抜くと、荷台の上にいる髭面の小男に向かってそれを投擲する。ヒュッという空を切る音に続いて、短剣は小男に命中した。頭上に掲げていたランタンを持つ左手首にだ。不意打ちを受けた小男は、ギャッという悲鳴と共に手に持つランタンを目の前の草むらに落とし、うめき声をあげながらその場にへたり込む。
ただ彼が思っていた狙いから逸れたのか、舌打ちをしながら茂みを飛び出し、足場の悪い草むらを物ともせずに、今度は全速力で木箱を持つ二人の男の元へと駆け寄る。今なら二人の両手が塞がっているので、一方的に攻撃ができると狙っての事だろう。
そして右手の獲物で、目にも止まらぬ素早き突きを繰り出す。月明かりに照らされ、一瞬にして二度の煌めきがあたしには見えた気がする。
すると、キィンと言う金属音が響くと同時に、いつの間にか抜いた二本の小剣を自らの前面で交差させまがら、禿げのオッサンが後ろに飛びずさっていた。
その一方で、もう一人の痩せノッポの男は小さなうめき声をあげ、左の太ももを切り裂かれたのか真っ赤な液体を垂れ流している。そして持ち手が不在の木箱は、グワシャッという重い音をたてて地面に落ち、その中からは子供の小さな悲鳴が二つ聞こえてきた。
「オイオイ、……なんでオメーが、こんな所にいるんだよ? もう嗅ぎつけたってのか? いくら何でも、早すぎる……だろ」
禿げのオッサンは彼の姿に気づくと、驚き戸惑っているようだった。
しかし彼、ガルガーノは、無言で次の一手を放つために身をひるがえし、背後に向かって大きく一歩を踏み込む。
「チックショー! 一体、どうなってん……だぁ──」
そして荷台の上で喚いている髭面の小男の口内に、白刃の一閃をハヤテのごとく送り込む。
あたしが瞬きする間に、彼の剣の切っ先は小男の後頭部から飛び出していた。
その無慈悲な一撃を放つ彼からは、感情というものが見当たらず。ただ殺戮すると言う漆黒の意志だけを感じ取る事ができた。あぁ、なんてうすら寒く、冷酷で恐ろしい顔つきなのだろうか。普段の凛々しい彼はそこになく、今の彼はまるで能面のような死神にしか見えない。
でもその彼だけが、この抜き差しならぬ場面では唯一の頼りなのだ。あたしはただたその様子を見守りながら、子供たちを連れ去るタイミングを伺うしかなかった。
その一連の様子を後ろで見ていた女主人は、「兄さん! こっちに来てちょうだい!!」と声を張り上げる。
「アンチョビ、動けるなら馬車を出せ! ガキはもういい、逃げるぞ」
片手に手斧を持ちながら、地面にうずくまっている子供の首根っこを掴んでいる痩せノッポに声を掛ける禿げのオッサン。
そして荷馬車と禿げのオッサンの間に立ちふさがる、月夜の勇ましい死神ことガルガーノとの間合いを、小剣を構え睨み合いながらじりじりと詰めていく。
すると痩せノッポは、彼の右手側を大きく迂回するように荷馬車へ駆け寄ろうとする。でもそれを見逃さず、躊躇なく食らいつこうとする彼の白刃。だけど、彼の左手から邪魔をするのは、禿げのオッサンが操る二本の素早く鋭い蛇のような小剣の二連撃だ。
しかし彼はその動きに見事な反応を示し、目の前の獲物から目標を替え、迫る二本の蛇を素早く切り払う。
その隙に痩せノッポは御者台に飛び乗り、休んでいた二頭の馬に立て続けの鞭を入れて発車させる。そして互いに武器を構えて睨み二人は、荷馬車を追うように並走し始める。
すると、そこへ──。
(あれは……)
「危ないわ!」
あたしの頭ほどもある石が、彼に向かって勢いよく飛んできたので、思わず立ち上がって叫んでしまった。
そしてあたしの方を睨む女主人。あ、バレちゃった……。
――でも彼はすぐ足を止め、飛んでくるそれを苦もなく、まるでバターのように剣で突き刺したのである。この時は流石にあたしも、自分の目を疑ったわ。
「ワアッハッハッ! その剣、その技。貴様は、剛剣の騎士ガルガーノだな!? どうりで今宵は、この右目が疼くわけだ。今こそあの時の借りを返すぞ!!」
そう言いながら、草むらをノシノシと向こう側から歩いてくるのは、幅広い長剣を肩に担いだ赤毛で隻眼の大男だった。
女主人が隻眼の大男に向かって、「兄さん、この男はただ者じゃないよ!」と叫ぶと、「マッダレーナ、少し下がっていろ」とだけ返し、その全身から闘志をみなぎらせて彼の前に立ちふさがった。
そして興奮したのか鼻息を荒くしながら、手に持った獲物をブンブンと振り回し始める。さながら戦い前の軽い準備運動のように。
一方、ガルガーノが前方に剣の切っ先を下ろすと、スッと音もなく突き刺さっていた大きな石が剣の刀身を滑り、ストンと抜け落ちる。
石が地面に落ちた瞬間、それぞれの剣を手に持つ二人の間でガキイィンという金属音が響き渡ると共に火花が散った。これが二人の戦いの合図らしい。
気が付けば荷馬車は、あたしたち四人と子供たちを置き去りにして、闇夜の森の中へと姿を消していた──。
次回は、「第二幕第二場:愛のために、死ぬことができるの?(後編)」の予定です。長くなりそうなら後編の上下で分割するかもしれません。




