第二幕第二場:愛のために、死ぬことができるの?(前編)
サブタイトルの主語は、『私は』になります。つまり、『私は、愛のために死ぬことができるのか?』が正式なサブタイトルですね。
ドシンッ、という音と共にあたしは草むらに尻もちをついた。いったぁ~。
流石に今の音はマズイと思い、四つん這いの態勢になって直ぐ宿の壁際に近づき、そこに耳を当てて様子をうかがう──。
中では相変わらず酔っ払い達が騒いでいるらしく、どうやら大丈夫のようだ。
そしてあたしは上を向いて、二階の小窓から心配そうに見下ろしている彼女に、大丈夫だから降りてと手を振って伝える。
すると彼女は、そのまま苦もなくスルリと頭から窓枠を通り抜け、空中で前方へクルっと回転しながら音も無く飛び降りる。それも綺麗な四足での着地。
Oh,brava!! 流石は猫ちゃんだわ。
スッと立ち上がった今の彼女は、メイド服などを全て部屋で脱ぎ捨てたので、肌着だけの身軽な姿になっている。これはこれで良いけれども、無事に王都に辿り着いたら彼女には、フリフリの可愛い服をたくさん着せてあげたいと思っているのだ。その暁にはあたしもお揃いの服を着て、彼女と一緒に散歩デートをしたい!!
「ドウシタにゃ?」
首を傾げながら彼女は小声でたずねてきた。ごめん、ちょっと妄想世界に旅立っていたわ。
「大丈夫よ、少し考え事をしてただけだから。そこの茂みを抜けて行きましょう、ちょっと遠回りになるけれど──」
それからあたしたちは、体のあらゆるところに枝葉をまといながらも、茂みの中をできるだけ静かに這うように通り抜けた。そして月明かりに照らされて水面が輝く溜め池を横目にしつつ、その横を続く小道をしばらく歩き、村の中央付近にある小さい石造りの教会のあたりまでやってきた。
そしてその教会の前には、うずくまるように座り込んでいる男が見えた。やはり彼だ、ガルガーノだ。過去のジルダさんの手紙に書いてあった通り、ここで合流できたようね。でも彼は──。
「──ほんと! 何をしたら、こんな怪我をするのかしらね!?」
そう嫌味を言いながらも、あたしは手を忙しなく動かす。なにせ愚痴も吐きたくなる状況にあるのだから。
あたしたち三人は今、お父様と婆やが泊っている老夫婦の宿で新たにとった別部屋にいる。
そして怪我をしたこの騎士様の手当てをしているのだ。
彼の傷は思ったよりも深い気がする。左わき腹の肉が何かでえぐられており、内臓まで達していないか心配だ。
とりあえずあたしは、遠慮なく蒸留酒をそこにぶっかけて、痛みで悶える彼を無視して、宿の主人から借りた針と絹糸で傷を縫い合わせていく。
自分の両手を血塗れにしながらも、最後まで縫い合わせてから、そこに血止めの軟膏を塗りたくった。ぐりぐりと塗り込まれるのがそんなに痛むのか、彼は歯を食いしばって耐えている。
ここはもう少しやっちゃうか?
あたしのSっ気がムクムクと頭をもたげてくる。
それから清潔な布を当ててから、包帯で腹をグルグルに巻き、最後はミハクちゃんに手伝ってもらいキツく縛っておいた。これで応急手当ては終わりっと、あとは王都でちゃんと措置してもらおう。
それにしても彼女は本当に頼りになる。あたしがこうして傷の手当てをしている間も、桶に水を入れて持ってきてくれたり、額に汗をかくあたしの顔を拭ってくれたり、布や包帯を取り出して用意してくれたりと、めっちゃくちゃ大助かりなのだ。
そして今はこの迷惑な怪我人に、甲斐甲斐しく水を飲ませている。ホント、良い子だわ。ひと段落したら、彼女をいっぱい愛でてあげよう。
これから家族同然に暮らすのであれば、スキンシップは大事よね。うん、うん。
「──で、怪我の事情が話したくないのは別にいいけど、公園通りで見かけた追っ手の二人を、村外れの酒場でみたわよ? それにもう一人、大柄の禿げた男もいたけど、昨晩の人さらいって……」
「その生き残りの三人だ。あの後も再び取り逃してしまったが、ここにいるのか」
「何か頼んだ品を受け取り来たとか、朝までには引き渡すとか、そこの女主人と話をしていたけど?」
「そうか、ならば朝までに片付けて、助けねば──」
彼はそう言いながら、よろよろと立ちがる。
「助ける? 誰を? まさか、さらわれた人がいると言うの?」
「その三人の役回りは、さらわれた子供を回収することだ。おそらくその酒場で、子供を引き渡しているのだろう」
「えぇ!? あれは、そう意味だったの!? ねぇ、ミハクちゃん、何か心当たりはある?」
「ウン、センシュウ、チカシツニハコビコンダ、オオキナキバコガアルにゃ。ソレ、ニオウ、ヒトノニオイシタにゃ」
「よし! 助けに行きましょうか!」
握った右拳を頭上に掲げて、あたしは勢いよく立ち上がる。
「待て、なぜ君自らが危険なところに飛び込むのだ? 君は無関係だろうに」
「無関係? 何を言っているの? あの三人はあたしの婆やを酷い目に合わせたし、あの店の女主人はあたしのミハクちゃんを虐待していたのよ! 無関係でもなければ、許せるほどあたしは慈悲深くないわよ!? それに子供をさらうだなんて……」
握った拳を震わせながら、あたしは自分の中にあるものを全て吐露した。
「ふっ、君の心は変わらずだな──」
「──ん? 何が?」
「いや、何でもない。しかし、逃げる手はずも準備しておかねば……」
「え? 子供を助けたら、街の役所に駆け込んで、あたしたちの大勝利じゃないの?」
「残念ながら、君が思っている以上に彼ら犯罪組織は巨大で、その影響力は下級役人から、果ては教会の関係者にまで及んでいるのだ。だから、迂闊に訴えでるのもままならない。もしそうするのであれば、王都で司法長官に訴えるか、王国軍を束ねる大将軍の協力を取り付けるしかない。それも急いでだ」
彼の話では、組織の勢力範囲は国内に留まらず、各国の高官にも関わりを持つ者が多数。また教会上層部にも協力者がおり、彼らは孤児救済や子供支援を名目に、国内外で未成年者を大量に集めているとか。そして子供たちを商品として売り買いしているというのだ。
箱入り娘には知る由もなかった、なんておぞましい世界の闇なのだろうか。だからこそあたしには、今目の前にある不幸を見過ごせない。
「でも、ここから王都までは結構時間がかかるでしょう? しかも子供を連れてよ?」
「船を使って目の前のチェレステ川を下れば、半日足らずで王都に辿り着ける。子連れであればこれが最善だろう。子供たちを救出したら、たとえ夜明け前でも、直ぐにここを出るべきだ」
「ちょっと待ってよ、流石に暗闇での川下りは危険じゃないの?」
「確かに、そう……「デキマスにゃ! うちハ、ヨルメガキクシ、ソウセンモトクイデスにゃ!」」
意外にも気弱そうな彼女が、こうまでも会話に割って入て自己主張をしてくるとは思わなかった。
「むぅ。こちらの小さなお嬢さんは猫族か、ならば夜目は利くだろうな。それに東方諸国の民は、すべからく泳ぎや操船ができると聞いている」
あたしたちは改めて、彼女をしげしげと見つめなおした。こんな小さな体に、そんな力があるなんて思いもよらなかったからだ。
「それなら船については、ミハクちゃんに任せましょうか。あと船はこの宿の前に係留してあるやつを、今からあたしが宿のご主人にお願いして借りるわ」
「分かった。そちらは任せる。」
「じゃあ、ミハクちゃんには船の準備も含めて、全部任せて良いかしら?」
彼女は力強く、「ワカッタにゃ」とうなづいてくれた。
「それにしても、騎士様は何故そうまでこだわるの?」
「『義を見てせざるは勇無きなり』と我がグリュー家の家訓にある。これは守らねばならぬ先人の教えだ。それに、少なからずは……」
「ふぅん、あなたにも色々とあるのね」
さて準備をしましょうかね──。
次回は、「第二幕第二場:愛のために死ぬことができるのか?(中編)」になります。




