第二幕第一場:眠れぬ夜に、君を思う(中編)
それからあたしは、村の外れにある酒場兼宿にやってきた。どうやらここには、過去のジルダさんの推しがいるとの事。さてどんな子かしらね?
外から見た宿は、外装があちこち痛んでいる上に、土台部分が古臭い石造りであったので、内心は入るの嫌だなぁと思っていたけれども、意外にも内側は木造りで綺麗に改装されており、モクモク煙たいのとタバコの臭い以外は平気だった。なるほどね。宿は一階部分が酒場のため、今の時間が一番賑わっているみたい。そして二階部分は宿として利用されているようだ。
そして出迎えてくれたのは、ちょっと大きめな白いメイドキャップ? を深く被った上に、木綿の手袋をした小柄の女の子だった。
「コンバンハ、ヨウコソ、オジョウサマ。ショクジにゃ? シュクハクモシマスカにゃ?」
そのくすんだような灰色のお給仕の服スカートの裾から見え隠れする白い尻尾、それに猫耳を隠すかのような大きめなメイドキャップ。確かに彼女は猫族の娘さんだった。なんて……可愛い……、これには今のジルダさんも推しますわ。有力情報を頂けたことに、深く深く感謝したいと思う。
それからあたしは思わず、彼女の上から下までをついつい三往復くらい愛でる視線を這わせてしまった。それもしつこく、ねっとりとだ。
この時のあたしの顔を想像するに、おそらくにっちゃり笑顔で見るからにキモかっただろう。でもそれは彼女が可愛い過ぎたせいなので仕方がない。これは貰い事故だと思って諦めて欲しいと思う。
しかし、そんな不審者を目の前にしても、この子の反応は素晴らしかった。
「…………。オジョウサマ、ドウシタにゃ? うちノコトバ、ヘンナノカにゃ?」
彼女はまだこちらの言葉に慣れていないのか片言ではあったけど、それが逆にあたしの母性をくすぐるのだ。おふぅ……、これはちょっと萌えるかも? お持ち帰りをしてもいいよね? うん、そのためにあたしはココにいるのだから。
きっとこの子が例の『ルチアと呼ばれる可愛そうな猫娘』なのだろう。
他に酒場で働いているのは、カウンターの中にいる赤毛の色白で肉感的なスタイルの若い女主人くらいしか見当たらないしね。
「可愛い子ね、あなたのお名前は何ていうの? あたしはジルって呼ばれているわ」
あたしはキモくならないよう細心の注意を払った笑顔でそう応えた──。
……だ、大丈夫、よね?
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それからカウンター席に座ったあたしは、とりあえずブラックオリーブの実のオイル漬けと、トマトにバジルとチーズを乗せたブルスケッタを注文した。そして飲み物は悩みに悩んで、ホットミルクをチョイスしておいた。『提供されるお酒に注意』と自分宛ての手紙にもあったし、やはり警戒心は大事よね。
そして先に出されたオリーブの実とブルスケッタを摘まみながら、忙しく酒場の中を行ったり来たりする可愛い子猫ちゃんをあたしはひたすら目で追いかけまわしていた。ちなみにあたし以外の客は、テーブル席に村の若者らしき騒がしい男二人組、その横の席には賑やかなお爺ちゃんが五人いる。あとカウンター席には、年季の入った商人っぽい身なりでしかめっ面をした男が一人と、二人組の苔のような濃い黄緑色の騎士服の男が何やらコソコソと話をしていた。
「………………………………」
手間のかかるホットミルクは後回しにされているのか、あたしのお口は既に手持ち無沙汰になっていた。しょうがないので追加で何かを頼もうかと、壁際の黒板に書かれているメニューをしばし眺める。
それからおもむろに、カウンター内の女主人に向き直り──。
「──あの~「久し振りだな、女将! いつものステーキ三人前と、エールを大ジョッキで三つ頼む!!」」
横から割り込むように、いつの間にかあたしの隣に立っていた大柄の禿げたオッサンが片肘をカウンターに乗せて大口注文をした。
思わずムッとして、ジト目で禿げたオッサンを睨んでいたけれども、先方はあたしを無視して女主人と会話を続ける。
「はいよ、特製の馬肉ステーキ三人前だね。ルチア! 大ジョッキでエールを三つ用意しな!」「ハイにゃー!」
「確か銀貨六枚だったな。ココに置いておくぞ」
そう言うと、懐から取り出した銀貨六枚をカウンターにばらまく。
すると女主人は、パッと素早くその銀貨を回収し、前掛けエプロンのポケットに仕舞う。そして釜戸の前に立つと、赤身の肉を三枚焼き始めた。
「ところで、頼んでおいた荷物はどうなんだ?」
「そっちは問題ないよ。朝までには引き渡すから、ココでしばらく飲んでいってちょうだいな」
禿げたオッサンはその答えに頷くと、テーブル席の方を振り返って合図をする。
あたしがそちらに目を向けると、いつの間にか酒場の隅にあるテーブル席に、痩せノッポと髭ずらの小男の二人組がいた。
ん? 確か……あの二人は、あの時の見た、馬に乗った追手の二人では?
小男はこちらの視線に気づくと、あからさまに目を反らし、お給仕をしてテーブル席を回っている猫娘に酒を催促している。やはり怪しい……。
そっか、仲間と思しきこっちの禿げたオッサンも含めると丁度三人組だから……。つまりガルガーノが言っていた、屋敷に押し入った人さらいの残り三人と言うのは、こいつらなのかもしれない。いや、きっと間違いなくそうだ。ここはどうしたものか……、でもあたしの目的はハッキリしている。今、目の前を忙しく動き回りながら、給仕をしている可愛らしい子猫ちゃんをここから連れ出す事だけだ。
だから彼らは無視して、サッサとあたしの本懐を遂げるとしましょうか――。
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暫く待っていると、「ルチア! ミルクできたよ!」とカウンターの中から声があがった。
すると彼女は小走りで湯気をあげる小鍋に近づき、木製のコップに注ぐために熱そうにちょんちょんと鍋を掴もうとしている。
そこへ「ルチア! 早くしな!」と鋭い声がかかる。
その声に焦ったのか、彼女は鍋を掴みそこない、そのまま熱い液体をこぼしてしまった。それが手に掛かったのか彼女は、みゃあぁぁっ!?と悲鳴をあげる。
「何やってんだい!? ほんとに、あんたはドジな子だね。困らせてばっかりだよ!」
火傷した手が痛むのか、しゃがみ込んでしまった彼女にかけられる言葉は、いかにもご無体で優しさの欠片もない罵声だった。
それを見たあたしは無言で彼女に近づくと、傍にあった水瓶から汲んだ水を手にかけて冷やした。こういう時はまず火傷した箇所を冷やすべきなのである。もし直ぐに手袋を脱がせでもしたら、火傷した皮膚が剥がれてしまうので要注意だ。
そんなあたしを見た女主人は、
「お嬢ちゃん、そんな事は不要だよ。ほっといても、そんなものは治るものさね。それにこの子は、薪を割る事と男に花を売る事くらいしかでき──」
「じゃあ、あたしが買うわ! この子は幾らなの?」と店内に響き渡るほどあたしは声を張り上げた。
すると女主人は、思わぬ金づるを見つけたというような笑みをすると、
「おやまぁ、お嬢ちゃんはソッチの趣味があるのかい? ルチアはここいらじゃ珍しい猫娘だからねえ。少しばかり、お高いよ?」
「だから幾らなの!? 一晩のお値段よ!!」と、あたしはもう完全にスイッチが入ってしまっていた。
そして女主人は金貨三枚という値段を提示してきたので、あたしは腰に付けたポーチからその代金分と取り出し、キッチリ金貨三枚を手渡した。
流石に代金を受け取ると、女主人もニンマリ笑顔になる。
あたしの背後で、「そいつはボリ過ぎだろ!」、「お嬢ちゃんも好きモノだねー。ワシも混ぜとくれ!!」、「ウヒヒヒ、俺にも拝ませて欲しいもんだぜ!」などと囃し立てていた周りの客も、これには目を丸くして驚いていた──。
次回は、(後編)です。




