第二幕第一場:眠れぬ夜に、君を思う(前編)
翌朝、いつものように朝食後に通って来たミランダには、一通りの事情をちゃんと説明し、本日をもって屋敷を引き払う事を告げた。ちなみに屋敷と家財については、お父様が昨日の内に話をつけていたようなので、その引き渡しを全て彼女に一任する事になった。その分、お給金には上乗せしておくということで。
それからあたしからも、彼女のお子さんへ退職金代わりの贈り物として、このジルダ様が秘蔵していたとっておきの砂糖菓子を、全て彼女に渡しておいた。ホント、美味しいんだから。最後にひとつまみしておくべきだったかしら……残念だわ。
そして出発は皆で一所に、最後の昼食をとってからとなった。その出発先については、昨晩遅くに戻ったお父様と揉めに揉めたけど、最後には折れてくれたので王都行きと決まったのである。
そのお父様は珍しく体調が悪いのか、昼まで横になって休むとの事。何やら喉の調子がおかしいのか、声の感じがいつもと違っており、なによりも顔が白蝋のように青ざめ、血の気を失っているように見えた。熱でもあるのかしら? 流石にちょっと心配だわ。
その一方、あたしはこうして最後の荷造りをしていたのだ。例の書状と紙包みは、木綿の布に包んだ上で、革のポーチに入れておく。そしてそれを自分の旅行用トランクの中の一番上に置いた──。
「ジルダ様、軟膏はこれでよろしいですか?」
そうそう、ミランダには血止め用の軟膏を頼んでおいたのだった。
「……………………、デカッ!!」
彼女が差し出してきたのは、手のひら大の素焼きの壺にタップリと満たされた軟膏だった。えぇ~!?
ちなみにあたしが想像していた『手のひらサイズ』というのは、手のひらの上に載せて収まるはずだったんだけど……。まぁ、多めでも困るものではないし、これでいいかしら。
「それにしても屋敷を引き払うなんて、急な話でしたね」
「昨晩は賊に入られたからしょうがないのよ。お父様も帰宅して知った時は青ざめていたわ……」
昨晩の帰宅したお父様の顔を思い出す。今まで見たこともないほど青ざめた顔で、『呪いか、これが呪いか』などと呟き、酷く狼狽しているありさまだった。
(でも、お父さんの気持ちも理解できる。いつも愛娘を思ってくれているのだから……)
「──でさ、今回はたまたま運が良かったけど、もしミランダも居合わせていたら危なかったかもしれないわよ? ホラ、これもあるし……」
あたしの目の前にある彼女のお胸様を、ツンツンと突いてみた。
「いやん……。もう、ジルダ様ったら……」
おふぅ。そのなまめかしい反応が、いつもながらホントたまらないわ。
「あたしは寝ていたから危ない目にあってないけど、婆やも襲われそうになったらしいから。あなたならきっと、こう……やって」
あたしは二人の間にある旅行用トランク越しに彼女に抱き着き、その豊満なお胸様を自らの羨望と欲望のままにひたすら揉みしだいた。これが人生最後のチャンスとばかりに。
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「こ~ら、いい加減になさい!」
そう言う彼女に、軽く頭をポカっと叩かれ、無理やり引き離されてしまった。(/ω\)
「ところで、昨日からすご~く、気になっていたのだけど……。そのお高そうな髪飾りは、一体どうしたの?」
そう、今日も彼女の艶やかなウェーブがかかった黒髪をまとめ上げるように、精巧な装飾を施された金の髪飾りが高い位置で留められていたのだ。
「うふふ、素敵でしょ? 先日、プレゼントで頂きましたの」
「えー、羨ましい! 誰に貰ったの? 新しい彼氏とか?」
「そんなんじゃありませんよ。 ちょっと特別な関係というだけです」
「そう言われると逆に、ものすご~く気になるんだけど? どんな人なの?」
「う~~~ん、それはまた今度で」と、笑顔ではぐらかされた。
くぅ~、この黒髪爆乳美人め。また今度って、いつ会えると言うのよ!
「きっと会えますよ……、お互い生きている限りは……きっと」
!?
えぇ!?
ついつい心の声が、私の口から駄々洩れしていたみたいな?
最後の最後で……、/(^o^)\
「もうちょっと、もうちょっとだけ……こうしていたいな」
そう言いながら、あたしはそっと彼女に抱き着く。もちろんお胸様に顔を埋めるためにだ。
「ほんと、しょうがないお嬢様だこと」
ミランダはそう言いながらも、あたしの頭をそっと撫でてくれた。何度も何度も。
その後も、あたしは粘りに粘って、彼女とキャッキャウフフと触れ合い、出発時間ギリギリまで堪能したのである。
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その後、あたしたちは三人で(お父様は調子が悪いと言って、出発ギリギリまで休んでいた)最後の昼食をとってから、この慣れ親しんだ屋敷を後にする事となった。そして今日はひとまず、川下にある村を目指すことにした。実は昨晩、ガルガーノからその村の宿で落ち合うと約束していたのだ。
村までは結構な距離があったけど、三頭のロバのお陰でスムーズにその道程をこなすことができた。昼過ぎに街を出て、夕陽が沈みかける頃には村へとたどり着いた。
その村の名はボルゲット。宿場町の手前にある丘陵地帯と森に囲まれ、夕陽に照らされたとても美しい水辺の村だった……。
「ほんと綺麗ね──」
この旅は一種の逃避行であるはずだけど。でもあたしには、こうして初めて見るもの全てが美しく、そして何もかもが興味深かった。
あぁ、世界はなんと素晴らしく、美しいのだろうか。
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それから村に入ったあたしたち三人は、村の中央にある教会近くの宿屋に泊まる事とした。この宿は老夫婦が経営する食堂兼旅宿らしく、到着早々にとても美味しい夕食を頂くことができた。
そして夕食後には、三人揃ってさっさと部屋に戻って休むことにしたのだ。ちなみにあたしは部屋を二つ希望したのだけれども、お父様の強い要望で一つとなってしまった……。
うん、でも今日はしょうがないか、お父様の体調も悪そうだしね。そう言う訳で、グッスリとお眠り頂けるように、目茶眠くなる例のチョコを、『あ~ん』してあげた。これで暫くの間はゆっくり休んでくれるだろう。
何せあたしには、まだこれからやるべき事があるのだから──。
ごめんね、お父様。
次回は、『第二幕第一場: 眠れぬ夜に、君を思う(中編)』となります。




