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幕外:運命と観測するもの

この話は幕外で世界観を少し説明するエピソードなので、読み飛ばしても本編の物語に影響はありません。

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 ────ハッ


 目を覚ますと、頭上には放射状に広がる木々の枝が見えた。そしてその隙間からは、微かに星空が見える。


 屋外? しかも夜? あたしは……、ループしたはずじゃないの?


「気がついたかい? 夜は冷える。動けるようなら、こちらに来ると暖かいよ」


 あたしの左肩の方へ顎を向けると、焚火の前にその声の主と思しき男が座り込んでいた。その腰まである綺麗な銀髪と整った顔立ちの横顔は、声を聞いてなければ美女と見誤っていたかもしれない。


「ここは……どこ? あたしはどうした……キャッ」


 左肘を支えに起き上がろうとした時、あたしは自分が全裸の状態で毛布に包まれている事の気づいたのだ。


「あぁ、そうだった。お嬢さんを川の岸辺で見つけた時には、ほとんど衣服を身にまとっていないような状態だったからね。すまないが風邪をひかないように、濡れた布切れは全て捨てたよ」


 つまり溺れたあたしはこの男に助けられたって事なのね。


「そうだったのね。……ありがとう、助けてくれて」


 あたしは毛布を身にまとい、それをもってこの清き乙女の裸体を隠す。


「気にしなくていいよ。君はまだまだこれからも大変な身だからね。僕がした事は……、ちょっとした休憩みたいなものかな?しばらく休んでいくと良いよ」


「それってどういう意味? あと助けてくれた時は、あたし以外は他に誰もいなかったの?」


「そのままの意味だよ、他意なんてないさ。僕が見つける事ができたのは君だけだね。おそらく君以外を見つけるのは不可能だったと思う」


「本当に? あたしが岸辺に流れ着いたのなら、何か痕跡でもなかった? 壊れた船の破片とか、荷物とか……」


「他には何もなかったよ。多分、君以外のモノがこの場所に辿り着くことは無いだろう。僕の経験則からくる感がそう言っている。なにせ……、ここは舞台の上じゃないからね」


 舞台の上? 彼は一体何を言っているのだろう? このままでは寒いので、彼の真正面で焚火にあたろうと座った。助けてくれた人とは言え、人さらいとも限らないしね……。


「誰しもが皆。人生という舞台の上で、運命(シナリオ)通りの役を演じる俳優みたいなものさ」


 そう言いながら、彼はその手元で木を彫っているようだ。あたしに目をくれる事もなく、先ほどからずっと熱心に掘り続けている。


「じゃあ、あなたはここで何をしているの?」


「僕は舞台側には立っていないからね。役なんてないさ、ただ観客席から眺めているだけだよ」


「ふーん、それって住所不定の無職って事なの? あたしも箱入り(ニート)娘だから似たようなものだけど」


「フフ、君は実に唯人(ヒューマン)らしい表現をするね。僕が言いたいのは、生きとし生けるモノ全てに、与えられた役割があるって事だよ。

 まぁ、舞台の上に居場所のない役無しの僕でも、与えられた役割があるのさ」


「あなたの言い方こそ、何だか偉そうよ。何様なの? あなたの名前は何と? あたしの名前はジルダよ」


「そう聞こえたのであれば申し訳ない。滅多に人と話す事が無くてね。そう、僕はオブザーブ(observe)と呼ばれている。それが僕の生まれ持った役割らしい」


「オブザーブ? 観察するって事? それがあなたの役割なの?」


「うん、そういう事だね。ずっとこの世界を観察しているんだよ……ずっと、ずっとだ」


 なんだろう? 彼はちょっと変な世捨て人なのかしら?


 フッ、フーっと息を吹きかけ、彼は木彫りで生じた木片を吹き飛ばしている。


「ところで、それは何を彫っているの?」


「……知り合いかな。昔会った唯人(ヒューマン)でね。とても興味深くて、楽しい人なんだ。あの印象深いキャラクターは、もう二度と見る事が出来ないと思ってね。だから、こうして忘れないように彫っているのさ」


「ふーん、あなたの彼女なの?」


「そんなのじゃないよ。強いて言えば、尊敬する人かな」


 顔色一つ変えずに応えてくれた。彼が彫っているそれは、おかっぱ頭の女性像のようだった。



「……………………」


 あ、今気づいたけど、彼はあたしと同じ人間ではなかった。その綺麗な銀髪から覗く耳が長く尖っていたからだ。彼が噂に聞く森人(エルフ)なのかしら? 前に書物で読んだけど、猫族や犬族、岩小人は大都市に行けば、王国内でも出会える事がままあるけど、南方の巨人族以上にレアな存在が森人(エルフ)なのだ。


 また大陸の西方にある共和国では、僅かながら森人(エルフ)を見かける事もあるらしい。そして彼らは、神代の時代から長命を保つ種族で、精霊を友とし自然と共に生きる存在だとか。


 しかし極まれに彼らが住む隠れ里を出て、世俗まみれの人界に身を置く変わり者が居ると聞く。それが彼なのだろうか? つまり今のあたしはラッキーガールって事? いやいやいやいや、こんな目に遭ってそれは無いでしょ、と自分で自分にツッコミを入れる。



「もしこの舞台を去りたければ、僕と一緒に来るといいよ。そうすれば君は晴れてこの舞台から降り、今後は観客席で落ち着いて物事を見られるようになる」


「それってどう言う意味なの?」


「君を助けたいって事さ。舞台の上で必死に演じている君をね」


「あたしなんかを、なぜ助けようとするの?」


「同情しているのさ」


 彼は手を止めて、あたしの目を見ながら言葉を続ける。


「これ以上、つまらない舞台を見せられると、観客側もヤジをあげたくもなるよ。舞台の演出がヒドイぞってね。この舞台を取り仕切るモノが存在する限り、皆それぞれが与えられた役を演じ、物語を紡ぎ続けなければならない。これは本当に酷い話だ。それに僕の知己も君と同じように、この舞台の上に招待され、まだこの世界での役割を演じているからね。だから似た境遇の君にも同情したくなったのさ」


「私は運命(シナリオ)の……奴隷なんかじゃないわ」


「皆そう言うし、皆そう思っているよ。でも、果たしてたどり着けるのかな? 何度も何度も、やり直しを求められる舞台の上で、自らが望む結末まで」


「必ずやってみせるわ。あたしは可能性と伸び代しかない箱入り娘だからね。納得できる結末に辿り着くまでは、決してあきらめないから!」


「分かった、その意思を尊重しよう。ならば最後に一つだけ、君に助言をしておこう。この舞台には舞台の袖から見て、この世界を仕切るモノがいるのだよ。彼女は脚本家であり、演出家であり、舞台監督であり、音響や照明に舞台道具など色々な役目を一手に引き受けている。あぁ、たまにスカウトもしているみたいだね。君のような逸材を連れてくるために。」


「その彼女って、誰のことなの?」


「歌でこの世界を作った女神だよ。この国でも崇められているだろう? その女神だよ」


つまり、世界を歌で創造したというタントゥム教が崇拝する女神ソーナのこと? 


「ただ彼女は、恋とか愛にとても飢えているらしく、おそらくお嬢さんの紡ぐ物語が、彼女にとって納得のいく出来にならない限りは、この舞台は決して終わらないだろうね。だから、君が私も含めた観るもの全ての心を動かす、素敵な物語を完成させる事を心から願っている」


「そっか、よく話が理解できないけど、とにかく色々とありがとう。少なくともあなたのお陰で、あたしの覚悟は決まったわ」


 彼はあたしの答えに満足したのか、笑みを浮かべて頷く。


「……おっと、どうやらお喋りが長すぎたらしい。お嬢さんのお迎えが来たようだね。

 これ以後は私と出会う事はもうないだろう。 さようなら、歌姫のお嬢さん。君に良い旅を」



 徐々にあたしの視界が光り輝き、次第にぼやけていく。そして彼の姿も見えなくなった……。


 ・

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 ・


「これでよかったのかよ?」


 木陰からもう一人の男が姿を現した。こちらは赤毛のおかっぱ頭の森人(エルフ)だった。


「これはあの子の選択だからね。歩み続ける意思を持ち続ける限りは、いつの日かたどり着けるだろうさ。だから僕たちは、陰ながらそれを見守るとしよう」


「ま、元々それしかできねぇからな。お前さんも、オレも」


「気になるのかい? あの方と似ているからね」


「騒々しいアノ娘っことは似てねぇよ。ただ……、雰囲気つーか、心の底にあるモノがな」


「あの子はアドリブ過多な舞台俳優っぽいからね。そこが破天荒だったあの方と似ているのかもしれないね」


「アドリブ過多だって?」


「決して、運命(シナリオ)通りには動いてくれない強い意志の持ち主ってことさ」


「なるほどな、違いない。それなら納得できらぁ。まぁ、あの娘もいけるだろうよ」


 心底納得したのか黒髪の森人(エルフ)は、何度も深く頷いている。



「そうだね。最後まで上手くいくことを願っているよ。ところで、コレはどうだろう?」


そう言うと、先ほどまで彫っていた木彫りの女性像を懐から取り出し、おかっぱ頭の男に見せる。


「ふーん、アノ娘っこか。似ていなくも無いが……」


「無いが? 何か足りないと?」


「あの独特の動きがな」


「あぁ、確かにそうだね。あの方の変わった仕草と立ち振る舞いが無いと物足りないないな。ありがとう、参考になったよ


そう言うと、ナイフを取り出して、また新たに木を掘り始めだした。


「んじゃまぁ、こっちはもう行くとするわ。お前さんはまだ残るのか?」


「あぁ、もう少しだけこの舞台を観ていくよ。少し野次を飛ばしたり無いからね。君もたまにはどうだい?」


「そんな暇はねぇよ。こちとら舞台に上ったり、降りたりと大変なんだよ。お前さんのように、観客席に根を下ろして動かない常連客とは、違げぇんだよ」


「フフフ、つまり僕は質の悪い常連客か。舞台に向かって野次を飛ばしてばかりの」


「ま、野次一つ飛んでこねぇようなつまらん舞台よりはマシだろうよ。そのおかげでこっちも楽しんでるぜ。舞台のそでからイライラしながら覗いている奴の顔を想像しながらな」


 そして、「またな、オブザーブ」という言葉を最後に、黒髪の森人(エルフ)はその場を立ち去った。



「あぁ、また会おう。ファートゥム(運命/fatum)。そう遠くない日に」



次回は、『第四部・第一幕第一場:ドルチェ(優しく)』を予定しています。

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