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第二幕第一場:Come ti chiamano?(前編)

Come ti chiamano?(コメ・ティ・キャーマノ?) 意味は、『あなたは皆に何と呼ばれているの?』です。


先日、読専の友人から一話当たりの文字数が多すぎ!とご指摘を頂き、以後はそのアドバイス通りに3000文字前後を目途に一話を区切るようにします。

場合によっては、前後中編でも収まらない場合は別途考えるようにします。

 

「……い、……むいよ。ねむくて、あたしの命の灯も……ここまでよ」


 目をショボショボさせながらも、しっかりと手に持つちぎったコルネットを口元に運ぶあたし。これは本能なので、手が勝手に動いてしまうのだ。


「さぁさぁ、お嬢様も早くお食べになって。ご自分で洗い物をするには、もう水が冷たい季節になっていますよ」



 暗に水洗いをさせますよ、と婆やに急かされたっぽいので、致し方なく毎朝恒例のアンニュイ感を引っ込め、朝食をサッさとすませた。


 ちなみに今朝の食事内容は、昨日と同じ焼きたてのコルネット(クロワッサン)とアミアータ産の山羊乳チーズに温めた牛乳、デザートはザクロと干し葡萄を和えたヨーグルトである。


 他にも王都エトルリア産の生ハムがあったけど、こちらは塩辛いので遠慮しておいた。あぁ、前回の教皇都で食べた生ハムは、甘みがあって美味しかったなぁ。


「も、もちろん、婆やの作る食事は、いつでも美味しいわよ!」


 半ば寝ぼけ気味だったあたしは、唐突に心中の独り言を口に出してしまったらしい。


「あらあら、どうしたのですか、藪から棒に? でも嬉しいですわねぇ。できれば生ハムも食べてもらえると……」


 あっちゃ~、塩辛いのは苦手なのよね……と内心思いながらも、仕方なく食べ残そうとした生ハムを全て平らげた。皿を空にするために。あぁ、辛い、塩辛い。


 でもそのお陰で、その後に食べたザクロの甘みがいつもより一層増したので、今回だけは『良し(ベーネ)』としておきましょうか。



 それにしても、昨夜のお父様は様子がおかしかった。


 昨夜は夜遅くに帰宅したお父様と今後について話し合った。故郷のアミアータ渓谷にある教皇都が良いと主張するお父様と、どうしてもそこは外してほしいというあたし。当然のように話は平行線となる。


 一先ずは街を出るという点では合意できたので、今日中には荷造りを終えて、明日には屋敷を引き払う事となった。


 でも、お休みなさいのキスの後に、従妹のマリーについて尋ねてみると、お父様は激しく動揺し、青ざめた顔で『何故そんな事を言うんだ? 誰かに吹き込まれたのか?』と鬼気迫る表情で問い詰めてきたのだ。


 正直、あんなに狼狽するお父様の姿は初めて見た。それはもう流石のあたしもベッドの中でドン引きよ。

 (でもお父さんの心中が穏やかでは無くなる、何かがあったのかも……)


 その後、我に返ったのか、足早にあたしの部屋を出て行ったけど、あれほど取り乱した姿を見たのは──そう、前回のループで拾った書状を見せた時と同じだった。


 彼女はヴェローナ公爵か、モンテローネ伯爵の関係者なのかしら?これは調べておかないと。


 そのためかは分からないけれど、今朝は珍しく早起きをしてお父様を見送ろうとしたのに、婆やの話では朝食も摂らず、化粧もせずに平服で朝早く出掛けたらしい。


 それにしても眠い。

 頭がまだボーッとしている。


 しかし今のあたしの頭の中には、前世の母の顔を思い浮かべる事ができる。念のために昨日は朝起きた直後に、大事な記憶をメモに書き出したけど、そこに書いてある内容とあたしの記憶は完全に合致する。つまり今のあたしの記憶は鮮明で確かなのだ。


 でも何故だろう? 思い当たる節があるとすれば、昨日のバラ風呂に入ってからは霧がかかっていた頭の中が今はスッキリ晴れているのだ。バラの香りで記憶が戻ってきたのかしら?



「ハイハイ。では、お嬢様もご一緒に洗い物をしましょうかねぇ」


 何てことでしょう! ぼやっと考えに耽っていたら、冷たい水で洗い物を手伝う羽目になってしまったわ!


 ・

 ・


 でもそこは婆やである。ちゃんと魔法で水を暖かいお湯に変えてくれたので、冷たい水で手を冷やすこともなく二人並んで一緒に洗い物をする事ができた。

 あたしも楽しかったです、まる!



 その後、昼間のうちに婆やと協力して、二人でお父様とあたしの荷造りを行った。それも急ぎで。できれば今日の夕方には屋敷を離れたかったけど、何とか明朝には街を出られるようにしておきたかったからだ。


 そして作業の合間に、マリーについて婆やに尋ねるとアッサリと判明した。


 彼女はあたしの従妹で、姓はモンテローネと言うらしい。


 あたしの前回の記憶によると、その姓は王国の司法長官であるモンテローネ伯爵家のはずだ。つまり良いところのお嬢様ね。


 彼女は伯爵の一人娘で、あたしよりも六つ(も)年下。あたしたちの母親が姉妹だったらしく、かつてはよくこの屋敷を親子で訪れていたらしい。そして現在は王都に住んでいるとか。


 つまりお父様と伯爵様は義理の兄弟ということ。でもあの反応を見る限り、二人の間で何かがあったのかもしれない。そして王都在住のはずの彼女が何故昨日、この街に居たのだろうか?


 のほほんと箱入り娘を堪能してきたあたしだけど、意外に複雑な家庭環境だったのかもしれない。その複雑に絡み合った人間関係と言う糸が、この貴重で大事な限られた三日間に少なからず影響を与えているようだ。あぁ、色々と調べておきたいことがあるけど、今はただ時間が惜しい……。


 ・


 あとティータイム中に気づいたけど、今日のミランダのエプロンはいつもの首からひざ下まである色気の無いロングエプロンではなく。彼女の豊かな胸を胸下から吊り上げるタイプだった。


 そして彼女の艶めかしいウェーブがかった黒髪をまとめる高価そうな金の髪飾り。きっとあれは昨日の男から貰ったものよね。二人は一体どういう関係なのか、何んだか気にになったので、エプロンと髪飾りを話のタネに聞き出そうとしてみたが、巧みにかわされて何も教えてくれなかった。


 ・

 ・


 それから夕食の準備を始める婆やとミランダ。あたしは一人で佳境に入った荷造りに集中していた。そのお陰か、夕食の準備を終えたミランダがあたしを呼びに来る頃には荷造りを終える事ができた。


 そして今日だけは最後の晩餐という名目で、ミランダには夕食を伴にしてもらったのだ。


 実を言うと、あたしは前回のループであった押し込み強盗ならぬ、押し込み人さらいを警戒していた。だから今日は(スタン)魔法を使える彼女がいれば心強いと夕食後まで残って貰ったのだけど……、その時は何も起こらなかった。


 結局、夕食後のお茶の時間まで彼女を引き留めたが、何事もなく時がただただ過ぎ去るだけだった。


 その後、これ以上は遅くなる訳にはいなかいと、彼女は息子さんの分の夕食を籠にいれて、急ぎ足で愛息の待つ家に帰っていった。


 もちろんお詫びに、あたしの秘蔵の砂糖菓子の残り全てと婆やのお手製である栗の砂糖漬けも、一人でお留守番をさせてしまった息子さんにと渡しておいたけどね。



「今回こそは、何事もなく……街を出られるのかな?」


次回は、『第三部・第二幕第一場:Come ti chiamano?(中編)』です。この週末で第二幕第一場を終えられるように順次投稿する予定です。

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