表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/90

第一幕第一場:運命の力(前編)

 運命というモノは時に残酷で情け容赦なく、また時には甘く切ない出会いを演出してくれます。その運命論も信じる、信じないは人それぞれです。それについての考察は他に譲るとして、芸術的に表現すると『運命の女神』となります。そしてこの作品においては、それを『歌の女神』が担っております。


 ちなみに本作品の題材となっているオペラ『リゴレット』はジュゼッペ・ヴェルディの作であり、同オペラ作家がリゴレット以後に世に送り出したオペラが本話タイトルと同じく、『運命の力』(原題:La Forza del Destino)です。そちらはドロドロとした長く悲しい愛憎劇が描かれるオペラ作品です。



 ・

 ・

 ・


 もう朝?   


 この薄暗い部屋に、カーテンの隙間から自己主張してくる光があった。その光の強さからきっと朝陽の輝きだろう。


 目線を上げると、頭上には紺のベルペットの夜空が見える。その星々を模した微小な魔石は、それぞれが微かに光を放っている。


 これはあたしが好きな、いつもの目覚めの景色だ。


 それから部屋の床に視線を落とすと、昨夜遅くまで書きなぐった紙があちこちに散らばっている。

 不思議と、今なら母の顔が描けそうな気がする。

 まるでつい先ほどまで、母を見ていたような感覚があったからだ。そしてピアノの先生も。


 ・

 ・


 これは……三度目かしら?


 そう、そうだ。

 三日目の朝に逃げるように街を出て、教皇都に辿り着いたあたしとお父様。でも

 愚かな箱入り娘のせいで、結果的に二人とも命を落としてしまったのだ。

 二度と同じ轍を踏んではならぬとあたしは心に誓い、それからお気に入りの住処より、明確な意思を持って抜け出した。


 何よりも先ずは、この刻一刻と薄れゆく、膨大な前世の記憶をまとめなければ。

 そう、大事な要点だけでも、今のうちに紙に書きださなければならないと思ったのだ。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「──っと。こんなものかな」


 一通り書き上げたあたしは、羽根ペンを置いて、その内容を再確認をする。


 うん、悪くはないかも? 

 これで日々、あたしの記憶がおぼろげになろうとも、最低限やるべきことは分かるだろう。


 そして今、窓から入ってくる光は、少し和らいできたように思える。

 少し時間をかけ過ぎたかしら?


 婆やがあたしを起こしに来るのは、確かお昼前頃だったはず。

 今ならまだ朝食の時間に間に合うだろう。場合によっては、お父様を見送る事ができるかもしれない。


 だから髪もとかさず、水差しの水で顔も洗わずに、急いで階下へとあたしは向かったのである。


 ・

 ・


「久々に食べる婆やが作った朝食は、やっぱり美味しいわね~」

「あらあら、お授様が珍しくちゃんと起きてこられた上に、褒めて下さるなんて嬉しいですわねぇ」

「ほんと美味しいわ。明日も明後日も、その先もずっとずっと、婆やが作る朝食を食べ続けたいって、心から思うのよ」


 これはループしても変わらぬあたしの本心である。そしてループを抜け出しても、それは変わらぬという気持ちの表れだ。

 ちなみに今朝の食事内容は、焼きたてのコルネット(クロワッサン)、アミアータ産の山羊乳チーズに温めた牛乳だ。そしてデザートに、ザクロと干し葡萄を和えたヨーグルトがある。


 ・


 ん?あれ? 

 何やらこれには既視感が、ある……気がした。

 ひょっとして二日目にあたる明日の朝食も、これと同じメニューになるのかしら?

 まぁ、何度同じものを食べても、婆やの作る食事は満面笑顔で全て食べきる自信はあるけどね!


 そして残念な事に、今朝はお父様のお見送りは出来なかった。

 でも記憶の書き出しは必要だったので、これも止む無しと自分を納得させたのだ。


 さて昼からは毎週恒例の礼拝があるのだけれども、行くべきか行かざるべきかをあたしは悩んでいた。

 礼拝に行けば、ほぼ確実に公爵閣下に出会う羽目になるだろう。それが果たして益になるのか、それとも貴重な時間を他の事に有効活用すべきなのか、考えがまとまらない。


 こういう時は、どうする事が最善なのだろうか?


 すると『思い立ったが吉日』という言葉が、あたし(わたし)の頭の中にふと思い浮かんできた。


 前世でお世話になったピアノの先生がよく言っていた言葉だ。

 その先生の場合は、それが良いのか悪いのか、何をするにも即断速攻で毎回トラブルだらけだった気がする。


 あぁ、先生の弾くピアノに合わせてアリアを歌うの本当に楽しかったなと、あの頃のわたしの初舞台直前は、レッスン漬けの日々を送っていたことを思い出す。


(また先生のピアノで、『乾杯の歌』を歌いたいな……)


 ・

 ・


 結局、世情調査(ルーチンワーク)のために礼拝には行ってみる事にした。ただし一人で婆やとは別行動でだ。


 女好きの公爵閣下が何故か深窓の令嬢(ニートのあたし)にご執心の模様なので、ここはひとつ物陰に潜んで彼の行動を観察してみるのも手かな、と考えた末の行動なのだ。

 でもこれは決して、個人的な趣味のためではなく、あくまでも重要情報(ゴシップ)の収集のためであるとココに明言しておく。


「さてさて……、もうすぐ公園通りを通り過ぎるけど、川沿いの小道は身を隠す物が何も無いのよね」


 あたしは公園通りの道沿いにある藪に紛れながらる、教会へと向かって歩いていた。

 右拳を強く握りしめながら、帰りに買い食いでもと考え、銀貨を四枚だけ持っているのだ。


 おそらく公爵閣下はあたしと同じく庶民のように徒歩で川辺の教会まで行くはずがない。

 まず間違いなく、足代わりに馬を使っているのだろう。などと歩きながら考え込んでいると、公園通りを後方から駆けてくる馬の足音が聞こえてきた。


 あぁ、これは不本意な遭遇(ランデブー)になったかもと一瞬そう思った。それ故にあたしは、通りの終端にある曲がり角の植木に、姿を隠すようにしゃがみ込んだまま身体をめり込ませたのである。


 教会を目指すのであれば、そのまま真っすぐに駆けていくはずだ。つまり馬上の主が後ろを振り返らない限りは、きっと大丈夫だろうと考えての行動だった。

 しかしながら、その馬上の騎手の考えはそうでは無かったらしい。/(^o^)\(ナンテコッタイ)



 つまり馬は、公園通りの終端にある交差路を左折したのだ。


 そのまま馬を走らせれば、曲がり角の内側でしゃがみ込むあたしを、その恐るべき蹄鉄で巻き込むだろう。\(^o^)/(オワッタ)



 その結果が、運が良くて全治半生、最悪の場合は即死というブルット(伊語:brutto/醜い、ひどい、わるい)なルートをあたしは自ら選択してしまったようだった。


 だったと言うのは、馬上の騎手の目と判断力、そして馬を扱う技量が卓越していたからだ。そのお陰で、何とか不幸な出会い(じこ)は避けられたようである。ありがとう、見知らぬお方。


 ヒヒーン、といういななき声と共に、土埃を舞いあげながら馬は両前足をあたしの頭上よりもはるか高くに掲げる。そして次の瞬間には、哀れで可憐な小娘を上手く避けるように、勢いよく大地を何度か叩きながら急停止をした。


 ・

 ・

 ・


「驚かせてすまなかった。無事か? そこのお嬢さん」


 馬上から騎手が心配そうに声をかけてきた。


 そちらを見ると、フード付きの外套を深く被ったシルバーグレイの短髪と整った顔立ちの男だった。彼の顔をよく見ると、左目尻の下付近からこめかみへ走るように古い刀傷がある。

 その優し気な目元、どこかで見た……ような?


「どこか怪我をしたのか? それとも……」


 馬上のイケメン様が怪訝そうに再び声をかけてきた。


 あ、黙ってまじまじと見つめてくるあたしに、ひょっとしてドン引きしちゃったのかな?


「い、いえ。立派な顔立ちに思わず見とれておりました。巧みな手綱捌きのお陰で、あたくしも怪我は無く無事ですわ」


 と余所行きの声と笑顔であたしは対応した。なおこれは好みの殿方(れんあいモード)限定のレアな立ち振る舞いである。


「──そうか、────ならば良しとしよう」


 ん?今の微妙な間は、何かな? 

 やっぱりさっきので、ドン引きしちゃってる?


「ありがとうございました。あ、あの……。失礼ですが、あなたのお名前はなんと?」


 ここはさりげなく、彼の情報収集をしておこうかしら。


「む、名前か。私の名は……」


 そこに、彼の名前を知る機会を潰すモノが割って入ってきた。

 折角の(お近づきの)チャンスなのに!?


「そのお声は、()()()()()()ですか?」と。


 あれ? 

 よくよく見ると、馬上に居るのは一人ではなかったらしい。


 イケメン騎手の後ろに、彼の腰にしがみつくようにして鞍に横座りしている人物がいた。その声からは若い女の子と分かる。しかし彼女がが身に着けているローブが大きく、ぶかぶかなので見た目が全く分からない。何者だろう?何処かのお嬢様がお忍びとか?


「ジルお姉さま? あたしは確かにジルダと言う名前だけど、あなたこそ誰よ?」


 思わず本来の言葉遣いが出てしまい、一瞬マズったと思ったけど、ここは大人しく普段の自分に戻すとしよう。


「マリーです。ジルお姉さま、わたくしをお忘れですか?」


 彼女はフードを脱いで、その顔を見せてくれた。


 あらヤダ、綺麗なお顔じゃないかしら──。

 うん、あたしが毎朝鏡の前でよく見ている、────金髪碧眼の美少女だわ。


 ・

 ・


 ええええぇぇぇぇぇぇっ!? 

 なになに? これはどう言うことなの? 


 なんであたしによく似たそっくりさんがいるのよ!? 


 しかもあたし()()()()()!!



 あたしは激しく混乱してしまい。思わず頭を抱えたまま、その場にしゃがみ込んでしまった……。


「ジルお姉さま! どうなされました!? 

 どこかお怪我でもされたのですか!?」


「駄目だ、マリー! 追手が直ぐそこまで来たようだ。つかまってろ!」


 彼はそう言うと、マリーと言う女の子を離すまいと右手を後ろに回し、自分に密着させるように押さえつけた。そして左手で手綱を操り馬を駆けさせる。


 すると、あっという間に馬と二人はあたしの目の前から土埃を残して去って行った。



 それから少し後、二人の後を追うように追手らしきモノが二騎現れ、走り去っていった。

 あたしはただ茫然と、それらを見送るだけだった。



「本当に何なのよ。……さっきのは」


長くなりそうなので一旦ここで切ります。

次回の『第三部・第一幕第一場:運命の力(後編)』は、1/13を目途に書き上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ