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その46 弔いの刃

 赤黒い血の空の下、かつて人のいた地で(おぞ)ましき獣が暴れていた。

 人の身を優に超える体躯に、人の様に身体を持ち上げる筋骨隆々な四肢。黒く渇いた毛皮を纏うその魔物には、槍のような無数の棘が突き刺さり、そこからとめどなく黒い血が流れ続けている。


 コーショ。かつて異形狩りであった彼は魔族となり、そして皮肉にも第二のアヴァロンとして顕現した故郷の地で、魔物へと堕ちた。


「ヴウウうぅ……アアあアアッッ!!!」


 涙の代わりに、血を流し続ける彼を見て、自分は理解した。

 彼は、自らの意思で魔物に堕ちた。潔白の証明でいくらその身の穢れを否定しようとも、ましてやラナの力でさえも……もう救う事などできない。


「……黙れ」


 喉につっかえた重苦しさを吐き出す様に呟き、自分は目の前の魔物を見据えた。

 ……目の前で暴れ回るそれは、人でも、異形狩りでも、コーショなどでもない。


 ──自らの意思で魔物に堕ちた、ただの化け物だ。


 人に戻る事など、もうできやしない。だから……殺すしかない。自分は剣と銃を構え、目の前の化け物に対峙する。


「アアッッ!!」

「ッ!」


 それに呼応するかの様に、魔物が血炭チタンの鎌を手に、飛びかかってきた。

 力任せに振り払う刃が風を薙ぎ、自分の首へと迫り来る。

 自分は剣を斧に変形させながら低く踏み込み、刃を躱わす。


 斧を構え、歯を食いしばりながら地を蹴り、屈めた身体を引き延ばす力と共に斧を大きく斬りあげる。

 全身の力と共に振り上げられた刃が魔物の右腕に到達し、尚も止まる事なく魔物の右腕を弾き飛ばす。


 硬い鋼鉄同士がぶつかるかの様にドカンと重い音がし、魔物の腕が天高く弾かれ、黒い鮮血を散らしながら大きく体勢を崩す。


 ──殺す。


 その意思と共に、がら空きとなった魔物の眼前に銃口を突きつけ、引き金を弾く。破裂音と共に一筋の閃光が魔物の眉間を貫く。


「ッ!ガアアあ!!」


 眉間を貫いても尚、魔物はその巨躯から力を奪うことはできず、千切れかけた腕でこちらに鎌を振り下ろす。


 自分は咄嗟に斧を盾にし、刃を防ぐ。

 力任せに振り下ろされた切先が斧に到達し、放たれた刃から伝う衝撃は、いとも簡単に自分を跳ね飛ばした。


「ぐッ!!」

「グぅ……アアッ!!」


 跳ね飛ばされた自分は、衝撃を殺しながら地面を転がり魔物との距離を取る。そして立ち上がり、もう一度互いに武器を構え合った刹那だった。


「矢よ貫け!」


 ギブルの声と共に、複数の氷の矢が魔物の背を貫く。見ると、ギブルが魔法を放ちながら魔物の背後へと迫っている。

 魔物がそれに気付き、ギブルの方へ視線を向けた瞬間、自分は魔物に向かって走り出した。


 挟撃きょうげきの一手。例えどちらか片方が迎え撃たれたとしても、魔物に致命の一撃を放つには十分な隙ができる。


 決めるは今──確信を持って魔物に向かって走り出し、ギブルの手にする刃が一撃を放つその時だった。


「──ハァデ!!」

「なにっ!?」


 魔物が鎌を振り払い、ギブルの一撃を弾く。そして魔物は振り払った血炭の鎌を弓へと変形させ、自分に向かって三本の矢を放つ。


「今さら人のふりかッ!!」


 血炭の刃を振るう魔物の姿を見て、自分は動揺しながら迫る矢を迎え撃つ。

 一つの矢を弾丸で撃ち落とし、一つの矢を剣で逸らす。そして最後の一つを躱そうとした瞬間だった。


矢の軌道上に羽音を立てるドローンが割って入った。

 ドローンはそのまま矢に貫かれ、突き刺さった矢と共に地へと落ちた。


「ヨミエル!いま!矢を取って!!」


 背後からラナの声が聞こえると、自分はすぐさまラナの意図を理解した。

 自分は瞬時にドローンに突き刺さった矢を引き抜くと、左手にしっかりとそれを握り込んだ。


「ごォドレっ!!」


 魔物が血炭の刃を操り、放たれた三本の矢をその手に引き寄せる。そしてラナの狙い通り、自分の手にした矢の一つも操られ、魔物の手中へと向かう。


「ぐッぬううッ!!」


 強力な力で魔物の元へと向かう矢に対し、自分は地面に剣を突き刺し、それを支柱に血炭の変形を妨害する。


「──はナテ」


 それに気づいた魔物がこちらに矢を番え、ギリギリと軋むほどに弓を引く。


「今だ!やれ!」


 ──仕留める為の一撃、それが魔物の晒した致命的な隙となった。


「──従え!」


 ギブルの操る黒い根が、魔物の右手へと向かう。巨大な槍の様に地面から突き出たそれは、いとも簡単に魔物の右手を貫き、構えた弓と矢を宙に弾き飛ばす。


『グッ……がリドレ!!』


 魔物が弾かれた弓を操り、その手に鎌を作り出そうとする。それと共に、自分の手にした矢も更に強い力で魔物の元へと向かう。


「──斬り裂け」


 自分は突き刺した剣を引き抜き、斧へと変形させる。支柱を失った自分の身体は、引き寄せられる矢と共に魔物の元へと向かう。


 手にした矢に引かれる自分の身体は、駆ける馬の様に速く、手繰り寄せられる糸のように魔物の元へと向かう。

 そして刹那の時もたたぬうちに、自分が魔物の懐にたどり着いたその時。


「ハアアッ!!」

「グオオおッ!!」


 自分が矢を離し、手にした斧を両手で振り上げる。同時だった、魔物も変形した鎌をこちらの首目掛け、刃を滑らせる。

 互いの刃が迫る一瞬の剣戟、その最後の刹那、黒き鮮血が飛び散った。


「──ッ!」

「ッガ……!」


 先に届いた刃は、自分の方だった。千切れかけた魔物の右手に入った刃は、鋼鉄を斬り裂くかのような轟音を轟かせ、魔物の右手を弾き飛ばす。


「──終わりだッ!」


 振り上げた斧を剣に変形させ、ガラ空きになった魔物の心臓へと真っ直ぐに突き刺した。

 硬い毛皮、分厚い筋肉、堅牢な骨。それら全てを貫く程に、自分は渾身の力を込めて剣を押し込む。


『何人も、何人も弔ってきた──そしてついには──我が弟、ソルゥト──』




『──殺してくれ』


 黒い血から聞こえた、彼の本音。死を望むそれが……皮肉にも自分の刃に潜む迷いを晴らした。

 自分は、突き刺した刃を握りしめ、魔物の胸から引き抜いた。


「……ッ」


 引き抜いた刃と共に、黒い血がそこから溢れ出ると、魔物はとうとうその巨躯を鎮め、力無くその場に倒れ伏した。


『──ソルゥト、ナグツメ……すまない。罪深かき私には……もう、耐えられない』


 黒き蝶となり、霧散むさんしていく魔物の身体と共に聞こえる、彼の心の声。

 その言葉を聞くたびに、自分は、彼に向かって吐いた言葉を思い出す。


 ……一生その罪を背負っていけ。


 コーショの背負う罪の重さ、守るべき物を持ち、その罪に屈する事ができなかった彼の苦しみ。

 それらを知らない自分が彼に向かって吐いたその言葉に、辟易へきえきとする。


「何が……一生背負って歩けだ」


 その言葉を自分に向かって吐き捨て、魔物のいた場所を見る。

 そこには、倒れ伏したコーショが居た。


「……うっ……あぁ」


 コーショは身体を起こし、刃を握りしめた自分を見つめる。


「……そうか、ふふ……」

「……」


 自分とコーショは……互いの考えを、理解したのだろう。


「……この罪を、どうか裁いてくれ」


 コーショはそう言って、天仰ぐ様に、その身を差し出し、裁きの刃を待つ。

 そんな彼を見て、自分にできる事は、ただ一つだった。


「あぁ、目を閉じろ、コーショ」




「──今、弔ってやる」

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