その44 弔う者
幼子を抱きしめ、赤い血溜まりを広げる男が……私の視界に映る。
彼は……幼子は……ここは……何故、何故、何故──
「──ソ……ゥト……ッ」
──何故、私の目の前に、ソルゥトの死体が転がっている?何故、私は立っている?
逡巡する思考の最中、渇いた喉の奥に血の気が広がり、肺に溜まった空気はドロリと鉛の様に溶け、四肢の力を奪う。
くぐもった耳を通し、心臓に突き刺さる叫び声が聞こえる中、私は手にした鎌を力無くその場に落とし、糸が切れた様に倒れ伏した。
……暗い、暗い暗い暗い暗い暗い。
何も感じない、何も考えられないい。
なのに何故私は生きている、何故私は、何故私が、何故彼が──
──ふふ。
笑い声が、聞こえた。
覚えのあるその笑い声に、私は顔を見上げた。薄暗い視界の先には、赤黒い血の空が、仄かに目の前の《《彼女》》を照らしていた。
「ふふふ……」
「……サトゥルヌス」
サトゥルヌス……アヴァロンで出会った彼女が、膨らんだ胎を撫で摩り、笑みを浮かべていた。
魔物大戦の最中、部隊の《《慰み》》として、自らその身を捧げた奇怪な傭兵。そんな彼女を知ったのは……逃亡した、彼女の部隊を追っていた時だった。
「……ッ!あ……」
彼女は、私を見下ろし、口を開いた。
「あ……ああッ!!」
済まなかった。私は、あの場から逃げたお前たちを、追うべきではなかった。部隊の秩序を護るなどと……正義感などという、狂気の毒に侵され、連れ戻すべきではなかった。
「……どうして、放っておいてくれなかったの?」
「済まないッ……!」
謝る事しか、できなかった。
「どうして、私を護ってくれなかったの?」
「あッ……ああ……!!」
泣く事しか、できなかった。
「どうして……私からこの子を取り上げたの」
「ッ!ナ、ナグ、ツメッ!」
彼女の手には、鎌には、産まれた赤子が抱き抱えられていた。羊水と血に塗れたその赤子は、彼女の手によって、ジリジリと刃が食い込み、血を流していく。
「やめろッ!!」
必死だった、私は全身が無数の針に貫かれた感覚の中、もつれた足を前へ動かし、彼女の鎌に掴み掛かった。
「ッ!やめろ、やめてくれ!」
「ふフ……アは!」
私から流れる血を見て、彼女は笑っていた。
私の血が流れ、肉が裂けるたびに、彼女は赤子を抱きしめた。
「──たすけて」
「……ッ!!」
ナグツメの声が、聞こえた。そして私の手には……弔いの刃が握られていた。
「やめろおおおおッ!!!」
無我夢中だった。目の前のナグツメを救う為、私は手にした刃を振り下ろした。振り下ろされた刃は、真っ直ぐに彼女へと向かう。
やがて、血潮と共に振り切られた刃の先には……《《弟の身体》》が分たれていた。
「ぇ……ぁ……あ」
「何故俺を殺した、コーショ」
跪き、彼を見た。何故、弟が死んだ。何故、殺した。
「……ッ!す、済まない、済まなかった……!私は、私は何故、お前をッ!!?」
苦しい。彼に対して、贖罪の言葉を述べる度に、胸に裂く様な痛みが走った。何故、私はソルゥトを殺した──
答えなき、終わらぬ自問を繰り返す中、目の前の弟が、私の目の前に這ってくる。
「ソ……ル「たすけて」
目の前を這うソルゥトから、ナグツメの声が聞こえた。
見れば、ソルゥトの手には、眠っているナグツメが抱き抱えられている。
「コー……ショ……むす……め」
ナグツメ……私の、娘。コーショ……私の、弟。ああ、そうだ。
──弔わなくては。




