その43 殺意の刃
─前回のあらすじ─
フマンツ村へと到着し、元人間の魔物を討ち払ったヨミエル。
しかし、ヨミエルは魔物となった人間を救う為、殺しはしないという、決意を抱くのだった。
元人間の魔物を殺すには、人の身を表した時に、その命を断つしかない。
異形狩りの自分は、そうやって幾人もの命を絶ってきた……だが。
「殺しはしない」
今は違う。彼らが人の身を表した時にのみ、魔物から人へと戻すことができる『勇者』がいる。
勇者が来るその時までに、彼らを止めることができれば、きっと救うことができる。
だがまぁ……止める方法が殺し続けるなど、なんとも皮肉めいたやり方だが、自分はもう一度戦い始めた。
剣を払い、一人の魔物を討ち払い、人の姿を表した魔物が、また魔物へと戻る。
繰り返す一対一のその状況は、しかし長くは続かず、戦いの音に引き寄せられ、一人、また一人と、いつしか魔物の群れが自分を取り囲んでいた。
──丁度いい、探す手間が省けた。
一体の魔物を斬り伏せた刹那、次の魔物へと素早く斬りかかる。
一体、また一体と、たった一太刀で斬り伏せる。もはやそれは、戦いですらなかった。
剣の一振りに魔物が倒れ、斧の一振りに魔物が裂けた。
黒き閃光が次から次へと魔物に迫り、流れる様に魔物を斬り伏せていく。やがて自分の体が黒き血に染まった頃だった。
「ヨミエル伏せて!」
突如聞こえたラナの声、聞こえた場所は村の中ではない、空からだった。
ラナを探し上を見上げると、天高くラナが空に浮かび、右手には巨大な槍を手にしていた。
『スマホ魔法』目の前の現象に気づいた自分は、ラナの言う通りすぐさま身を屈めた。
あの魔法は確かパイルハンマー……いや違う、手にするそれはパイルハンマーよりも大きく、鋭く、ビリビリと鋭い雷を帯びている。
「せーの!避雷針!」
その掛け声と同時に雷が響き、閃光と共にラナが大地へと突き刺さった。
轟音、閃光、嵐の雷の様なそれらが周囲の魔物を貫き、全てを蹂躙する。
バチバチと電光が弾け、黒く焼け焦げた雷の中心には、巨大な槍を突き刺したラナが立ち、周囲を見渡している。
「……ヨミエル!やっぱこれって!」
「悪いが説明している暇はない!また魔物化する前に治療を頼む!」
「オ、オッケー!任せて!」
黒い無数の蝶が散る中、ラナは急いで治療を始める。
これで全員助かるはずだ……だが、もしこの惨状がアヴァロンと同じならば、いずれ赤い雨が降り始める。
人を魔物へと変える赤い雨、それが降ればラナの力があっても、もうどうにもならない。
元凶を断ち切らなければ……!
「ヨミエル!手を貸せッ!」
思考を張り巡らせ、次にどう動くか考えていると、何処かから、ギブルの声が聞こえてきた。
焦った様子のその声に視線を向けると、そこには魔物の群れと戦闘を繰り広げている二人の姿が見えた。
「従え!」
ギブルの魔法が黒き根を操り、ドラヤンマを貫く。
「──どけ」
コーショの弓矢が魔物の額を貫き、次々と魔物を討ち払う。
側から見ればそれは、蹂躙と呼ぶに相応しい程に圧倒的な戦いであったが、何処かギブルの表情が険しい。
自分はすぐさまギブルの元へと駆け出し、加勢する。
二人と共に魔物を討ち払っていた間、一瞬だが……コーショの瞳が見えた。
「邪魔を……するな」
コーショはそう呟き、魔物を討ち払いながら何処かへと走り去っていった。
走り去る際に見えたコーショの瞳は、全てが虚だった。
ラナの力でも、癒す事の出来ない魔物化の呪いと、罪の傷。それらはもう、彼を致命的なまでに蝕んでいるのだろう。
──端的に言えばコーショは、魔物になる寸前だった。
「ラナが来るまでここは私が食い止める!貴様はコーショを追って村の中央まで向かえ!」
そう言ってギブルは根を操り、元人間の魔物達を拘束する。
「わかった……ッ!」
コーショは何故、村の中央に向かっているのか、わからない事はあるが、今は考える余裕がない。
自分はコーショを追って走り出し、崩壊した村の中を駆け抜けた。
瓦礫の山に、張り巡らされた黒き根の数々。
それらを超え、コーショの影を追って村を駆ける。
村の中央に向かうにつれ、村の中央からは、心臓の鼓動の様に何かが脈動する音が聞こえ、やがて自分とコーショはその音の正体へと辿り着いた。
「……」
「これは……!」
村の中央に聳え立つ、巨大な一本の樹木。
赤黒い血管の様に張り巡らされた枝木の数々、その下には、まるで巨大な心臓にも見える、脈動する幹。
忘れもしない……5年前、魔物大戦の地が顕現した、呪いの樹木。
「終焉の樹木……!」
『──御名答ぉ、流石、異形狩りと言われる程はあるねぇ』
自分がその名を口にした瞬間、樹木の中から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
その声と共に、湿った樹木の幹にみしりと亀裂が入る。
みしりみしりと、ひび割れた幹の亀裂が広がり、声の主……もとい、この惨状の主が姿を現した。
貴族が身につける豪華絢爛な服装に、赤黒いトーガを巻き付けたエルフ。
フローシフ教団の教祖、ダアムがほくそ笑みながら、亀裂の中から現れた。
「また会ったねぇ……ヨミエル」
「ダアム……!この惨状はお前の仕業か!」
自分は銃を構え、ダアムを問い詰める。するとダアムの表情から笑みが消え、呆れた様子で口を開いた。
「はっ……この惨状のことかい?心外だなぁ、こんな半端な惨状、ワタシの所為ではない」
そう言いながら、ダアムは右手を掲げ、血を垂らす。
ドロリと右手に滴る血は、地面に落ちることなく、何かの輪郭を作り出していく。
「来い」
その言葉と同時に血の輪郭がパンと弾け、そこには力無く項垂れたナグツメが、ダアムの右手に吊り下げられていた。
「貴様……その手を離せッ!!」
ナグツメを目にしたコーショは血炭の弓を構え、ダアムに向かって三本の矢を引き絞る。
それを見たダアムは、顔色一つ変えずに淡々と口を開いた。
「動けばこの子の首をへし折る」
「ッ!!」
ダアムの脅しにコーショは一瞬怯むが、番えた矢を降ろす気配はなかった。
「ワタシは今、不機嫌でねぇ。なんでかって言うとぉ……まぁ、この子の所為で計画が狂ったんだよぉ」
「ナグツメを離せ……ッ!!」
「……コーショ、ダメだ、落ち着けッ」
自分はコーショに向かって声をかけるが、コーショは弓を引き絞り続け、ダアムに向かって確かな殺意を見せる。ダアムはそんなコーショを見ながら、言葉を続ける。
「この子は勇者の素質があったぁ……いや、正確にはこの子の魂に素質があった……実際、この樹木を芽吹かせる程度にはぁ……ね……だが、それだけしか能が無かった」
ダアムは訳の分からない事をほざきながら、今度は怒り狂った様に叫び出し、ナグツメを吊り下げている手に力を込めた。
「こんな半端な苗木しか生やせない、古びた魂じゃあなければ今、とっくにッ!君らは魔物となり!ワタシの手には原初の魂が手に入っていたと言うのにッ!!」
「うっ……あっ……!」
「──貫けッ!!」
ナグツメが苦しみだし、呻き声をあげた瞬間だった。
コーショはとうとう番えた矢を放ち、ダアムに向かって走り出した。
そして放たれた矢は、ダアムに向かって真っ直ぐ向かい、瞬時にダアムの眼前へと迫る。
「護れ」
ダアムが呟いたその刹那、白い外套を身に纏い、仮面を付けた男が一瞬にして現れ、ダアムを護るように立ちはだかった。
「──ッ」
男は携えた剣を抜刀し、迫る矢を一太刀で全て弾いた。
「刈り取れッ!!」
弾かれた矢が宙を舞う中、コーショは弓を刃とし、叫んだ。
血炭の刃に向かい、宙を舞う矢が瞬時に連なり、弓矢が一瞬にして巨大な鎌となった瞬間、コーショは仮面の男目掛けそれを振り下ろした。
「ふッ!ああァッ!!」
「……ッ!」
男はコーショの刃を剣で受け止め、二人は鍔迫り合いの態勢となる。
「ッ!クソッ!!」
一瞬の出来事、自分はそれに一歩遅れ、コーショに加勢する為、走り出した。
「……クククッ、そぉかい、君ぃ、そんなにこの子が大事かぁ」
ダアムはニヤリと笑みを浮かべると、その姿を赤い風とし、空高く飛び立った。
「飛んだ!?まさか……!!」
自分はその赤い風を目で追い、空を見上げる。
そこには、片手でナグツメを吊り下げるダアムの姿が見えた。
「なら、しっかり受け止めてあげなよぉ」
「やめろ!!」
あの高さから落ちれば、確実に死ぬ……!自分は叫び、ダアムの下へと走り出した……だが。
──ダアムは、ナグツメから手を離し、空から地面へと突き落とした。
「ッ!はぁああッ!!!」
雄叫びと共にコーショが刃を弾き、落ちるナグツメの下へと走り出す。
千切れるほどに力強く、地面を蹴り、走る。だが、このままではどちらも間に合わない。落ちるナグツメが地面へと衝突する寸前だった。
一つの影がナグツメの下に滑り込み、衝突する間際のナグツメを抱き止めた。
「うっ!げふぅ!」
「ソルゥト!」
「ギリギリセーフ!?大丈夫!?ソルゥトさん!」
見ると、ソルゥトの他にもラナとギブルが駆けつけていた。
ソルゥトは咳き込みながら立ち上がり、ナグツメを抱えて叫んだ。
「無事だ!ナグツメに怪我は──」
ソルゥトがナグツメの無事を確認し、声をあげた瞬間だった。
──後ろから振り払われた大剣に、ソルゥトの身体が二つに切り裂かれた。
「フッ……」
「──ァッ!?」
「な……」
何が……起きた!?ソルゥトが……馬鹿な!?
驚愕し、頭の中が掻き乱された次の瞬間、ダアムは姿を消していた。
「──ソルゥ……ト……!!」
コーショは、ナグツメを抱えたままのソルゥト……その半身の前に倒れ込み、表情を歪ませる。
『ラナ!ソルゥトを!』
『──今やってる……なんで!なんで治らないの!?』
目の前の惨劇を見て、聞こえる全てが、くぐもった。
そして、怒りと殺意が五感の全てに流れ、自分はダアムに向かい、殺意の刃を向けた。
「ダアムッ!!」
姿が見えなくとも、殺意が奴を見つけ出し、そこに向かって刃を振るった。
「護れ」
「──!」
振り下ろされた刃を、仮面の男が受け止め、鍔迫り合いとなる。
「殺す……お前達はッ!必ずッ!」
「──ッ!」
「ククク……これは良い、いー余興になりそうだ」
──奴の笑い声が聞こえるたび、自分の殺意が研ぎ澄まされていった。




