表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/48

その42 脈動する想い

─前回のあらすじ─


フマンツ村で待機していたギブルとオタニアは、フローシフ教団の教祖『ダアム』とアトメントの裏切り者から襲撃を受け、ナグツメを攫われる。

そしてダアムの放った魔法により、フマンツ村は阿鼻叫喚の地獄と化すのだった。

 ギブルの報告を受け、自分たちは潔白の寺院を抜け出していた。


 入り口とは名ばかりの暗い穴を通り抜け、寺院から出た瞬間、自分は辺りの光景を目にして息を呑んだ。


「あれは……いや、まさか……あり得ない」


 空を写す水面は僅かに赤く染まり、フマンツ村の方面には赤黒い霧が立ち上っていた。


 その光景は、5年前に見た光景と同じだった。

神隠しで見た、繰り返しの景色などではない。

 あの日見た地獄は今、現実となって目の前に顕現している。


 その事実は、自分の思考を掻き乱すのに充分過ぎるものだった。


 ──行かなければ。


「ヨミエル!?」


 聞こえた声を背に、自分は走り出した。

 凍りついた様に冷たい背筋と、吸い込む息が頭を切り裂く感覚の中、自分は走った。

 ドクドクと鼓動する心臓の音が聞こえる。視界の隅が霞む。しかし自分は走った。


 道順など覚えてはいなかったが、まるで吸い寄せられるかのように、自分の足はフマンツ村へと向かっていた。


 ──やがて見覚えのある洞窟内に着き、自分は……もう目の前の光景を疑うことなど出来なかった。


「……ッ!」


 赤黒い空に覆われた、宵闇の空。

 かつて人だった魔物が跋扈ばっこする大地。


 目の前には魔物大戦の地が顕現けんげんしていた。


「ヨミエルさん!」


 突如、後ろからオタニアの声が聞こえ、振り向く。

 目の前には凍りついた腹を押さえるオタニアの姿があった。


「ラナちゃんとソルゥトさんはどうし──「オタニア、これは……これは一体どういうことだ!?」


 自分は問い詰める様にオタニアに掴み掛かった。


「ッグ!?ちょっ!痛いって!」


 視界に流れる情景を目にしても、自分はまだ認める事ができない。


 5年の歳月が流れ、そして記憶として内側に宿ったアヴァロンでの出来事。それと同じ光景が今になって現実に現れるなど、あり得るはずがない。


「落ち着け」

 低く、落ち着いた声と共に、白い外套を身に纏った男が、自分の手をオタニアから引き剥がした。


 見ると、オルフェスが自分の手を掴み上げていた。

「……取り乱す前に、周りをよく見ろ」


 オルフェスの言葉通り、自分は辺りを見渡す。そして視界には、数えられる程度の人々が怯え、それよりも少ないアトメントの団員が、それを守る様に警戒姿勢を取っていた。


 彼らはきっと、あの場所から生きて離れることができた、僅かな生き残り。

 絶望的な状況だが……それを見た自分は、少しばかりだが、冷静さを取り戻す事ができた。


「……オタニア、何があった」


 自分はオタニアに向き直り、今度は確かめる様に問いかけた。


「実を言うと、あまり分からない。ただ『ある魔法使いの根』が村の中に生えた……あとはギブル殿の報告通りだよ」


 ある魔法使いの根が村の中に……それを聞いた自分は、アヴァロンの記憶を掘り起こし、自分はどう動くべきかを思考した。


「オタニア、ギブルは今どこにいる」

「村の中……元凶の根が生えている村の中心に向かってる」


 オタニアの言葉を聞き、自分は血炭の剣と短銃を構え、村の中へと視線を向ける。


「なら援護に向かう。オルフェス、ここは任せた」

「……あぁ」

「気をつけて、ヨミエルさん……マジでね」


 ──自分は二人を背にして、顕現した魔物大戦の地に足を踏み入れた。


 少しばかり人の手が入った洞窟内を抜け出し、村だった場所、その景色が視界に広がる。


 薄暗い血の深海の空に覆われた村は、暗闇に喰われた太陽の影が辛うじて辺りを照らす。

 その光を頼りに村を歩き、中心を目指す。


 所々に崩壊した建物に、空を舞うドラヤンマの数々。

 そして……飛び散った血潮を見て、自分は息を潜めながら進んだ。


 ……呼吸をするたびに、キンと耳鳴りが自分の頭に響き、くぐもる。全力で走った後の様に、喉からは血の味がしだす。


「……恐れるな」

 崩落した瓦礫を背にし、自身を鼓舞する様に呟いた。

 

 このまま恐怖に呑まれれば、次に呼吸する間もなく魔物に襲われ、殺される。

 そう最期を迎えた者たちを、幾度も見てきた……。


『クルルル』

「──!!」


 呟いた直後だった。頭上から、何かの鳴き声が聞こえた。

 微かなその鳴き声に、確かな殺意が込められている事に気づいた自分は、すぐさま上に視線を向けた。


 刹那、細長く、トカゲの様な手指を持った二つの腕が、自分に向かって伸びていた。


「ッ!」

 数歩離れた距離を優に詰め、喉元に迫る鉤爪をすんでのところ、剣でいなした。


 血炭の刃と鋭い鉤爪がぶつかり、火花を散らす。

 いなされた鉤爪はすぐさま引っ込み、目の前にドスンと鉤爪の主人が着地し、その全貌が明らかになる。


 細長い体躯に、白い結晶を身に纏ったトカゲの魔物。

 そして……何処か人を思わせるその体躯を目にして、自分は察した。


 ──コイツは、()()()だ。


 自分がそれに気づいた瞬間、魔物は腹這いの体勢となり、トカゲの様な動きでこちらに迫る。


 自分は左手の短銃を構え、魔物に対して発砲した。

 破裂音と共に一つの閃光が放たれ、魔物に直撃する……しかし。

 放たれた弾丸は背中に生えた白い結晶に当たり、結晶と共に弾ける。


 弾丸を弾いた魔物は腹這いのまま自分の目の前まで迫り、勢いよく自分の脚に向かって鉤爪を伸ばした。


「狙い通りだ」


 自分は左手の短銃を捨て、迫り来る鉤爪に向かい、剣を突き刺した。

 突き立てた刃は、魔物の片腕を貫きながら地面へと突き刺さり、魔物をその場に拘束した。


『──ッ!──ッ!』

 魔物は断末魔を上げながら、苦し紛れにもう一方の鉤爪を自分に伸ばした。


「──切り裂け」


 その言葉と共に、突き刺した剣がバキリと魔物の腕をへし折り、斧へと変形する。

 自分はそれを渾身の力で引き、地面を抉りながら魔物の半身を切り裂いた。


 魔物の黒い血を撒き散らし、やがてピクリとも動かなくなった末、その体は黒い無数の蝶へと散り、魔物のいた場所からは、倒れ伏した一人の男が現れた。


「あぁ……がッ!」


アヴァロンで幾度となく見たその光景に自分は、諦めた様に呟く。


「……何も、変わってないじゃないか」


 このまま放っておけば、男はまたすぐに魔物化する。人の身を晒している、今しか命を断つ好機は無い。


「ゔッうああ……!!」

「……すまない」


 また魔物と化した男を見据えたまま、自分は銃を拾い上げ、黒い血に染まった刃をもう一度構えた。


「もう暫く、魔物のままでいてくれ」


 命を断つ好機は今……だが、命を救う()()がこの後に訪れる。


 ──死なせはしない。


 姿を変えた人間を前に、いままでとは違う想いが、自分の中で熱く脈動していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ