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その38 潔白の寺院

─前回のあらすじ─


忘れられない悪夢から逃れる為、海を眺めることにしたヨミエル。

その際、アトメントの指導者オルフェスから過去の惨劇『大虐殺』の事を聞き、彼の過去を知る。


そして早朝、ラナの正体と宣言をソルゥトに打ち明け、ヨミエル一行はある魔法使いの根の根幹を目指し、フマンツ村を出立するのだった。

 自分のラナ、ソルゥトの三人は今、フマンツ村を出立し『潔白の寺院』へと続く道を歩いていた。


 岩壁の間から滑り込む潮風を肌で感じながら、殆ど道とも言えぬ断崖の荒地を渡り、時には真下に海が広がる峡谷を飛び超える。


 そんな、一歩間違えば命を落とすフゥジ山岳の道のりを進んで、はや数時間。


 水平線に顔を出していた太陽は、いつの間にか空へと場所を移し、すっかり昼時となっていた事を知らせていた。


「ぷはーっ!ねぇ!だいぶ歩いたけどまだ着かないの!?」


 自分の後ろを歩くラナが、弱音にしては威勢のいい声で弱音を吐く。

 すると、自分たちを案内をしているソルゥトが答える。


「もう着く」

「ほんと!?」

「寺院に続く道へな」

「いじわる!!」


 彼の言葉通り、まだ寺院に続く道にすら辿り着いていないというのなら、体を休めた方がいい気もしてくる……が。

 村の様子を鑑みるに、のんびり進んでいる場合ではない。


「……」

「あっ!アレ村にもあった岩塩の飾りじゃない!?」

「あぁ、アレが参道の始まり。その場所だ」

「うへぇ」


「…………」


 ラナとソルゥトの会話が終わると、自分たちの間には何とも言えない沈黙が流れる……。

 どうにもラナ以外、自発的に口を開かない。


 それぞれ、近いとは言えない歳の離れた者同士の沈黙。

 活力に満ちたラナも、その得体の知れない重苦しさに当てられたのか、次第に口数も減ってきている。


「いよいよ清めの参道だ……ここからは、なだらかな道のりが続く」


 ソルゥトが口を開くのと同時に、自分の耳に入り込んでいた波の音が消え、ふと辺りを見回す。


「アレは……」


 消えた波の音を探し、向けた視線の先には、()()()()()()()()()()()()()()()を目の当たりにし、自分は静かに息を呑んだ。


「アレが『潔白の寺院』もう一つの名で言えば、『反響の石帆いしはん』だ」


 寺院とは名ばかりの、割れた卵のようにえぐれた巨大な山。


 その周りには海はあれど、波の音も、肌を撫でる潮風も無く、鏡の様な水面が広がり、そこを泳ぐシオカゼトカゲの姿が映る。


 そしてその水面には太陽が映し出され、それに照らされたシオカゼトカゲが、無数の星の様に輝く。


 さながらそれは、昼間の浮かぶ地上の夜空。

 自然が創り出す美しき不自然が、そこにはあった。


「すっごーい!」

『──すっごーい』

「うわっ!?何これ!?やまびこ!?」

『──にこれ!?やまびこ!?』


 驚愕するラナを見て、ソルゥトはクスリと笑みを浮かべ、口を開く。


「ふっ、反響の石帆の影響だ。あの山はその名の通り、風も、波も、音も反響させる」


 何もかも反響させる巨大な帆……成る程、おそらく反響した波同士がぶつかり合い、結果として波の無い水面が広がっているのだろう。


 歩きながら推測を広げ、一人納得しながら、自分達は歩き出した。


 ちゃぷちゃぷと、とても小さく緩やかな波の音と、サクサクと、白い結晶の混じった砂浜の様な一本道を踏み締める音。


 辺りに広がる昼間の星空の上を歩き、寺院を目指す。

 自分もラナも、そうだったのだろう。

 水面の星空に見惚れ、この静寂に耳を傾けながら、何も言わずにじっと歩いていた。


「──ここだ。この中が『潔白の寺院』だ」


 ソルゥトの言葉にハッとし、ソルゥトへと視線を向ける。

 見ると、遠くに見えた反響の石帆が、目の前にそびえ立っていた。


「この中に『ある魔法使いの根』その根幹が生えている」


 そう言うとソルゥトは匍匐ほふくし、人一人入れるかどうかという、小さな穴の中に入り込み、どんどん奥へと入っていく。


「えっ!?え〜?ここ通るの!?」

「大丈夫だ。挟まる事は滅多に無い」

「滅多にって事は何回かはあるってことじゃん!!」

 ソルゥトはラナを無視し、奥へ奥へと進んでいった。


「ヨミエル〜!!怖いから先行って!お願い!!」

「……わかった」


 正直言って、ソルゥトの発言を聞いてからこの穴に入るのはかなり気が引けるが……ここを通らなければ始まらない。


 自分は、意を決して穴の中へと這って行った。


 ざらざらと土が身体を擦り、穴の中へと身体を入れた瞬間、視界から光が消え失せ、目の前を這うソルゥトの音のみが聞こえる。


「真っ直ぐ這うんだ。それで抜けられる」


 自由に身動きできない恐怖と閉塞感で、返事すらできなかったが、自分はソルゥトの言う通り、前へ前へと、ひたすら腕を伸ばして這い、穴の奥へと進んでいった。


 やがて目の前に微かな光が見え始め、そこに向かって這っていくと、微かな風が自分の頬を撫で、そこに腕を伸ばした瞬間、自分の体が穴の外へと引きずり出された。


 突然の出来事に驚いたが、見るとソルゥトが自分の手を引き、「怪我はないな」と言い、直ぐに穴の前に屈み、覗き込む。


 そうして自分と同じ要領で、ラナも穴の中から引きずり出し、寺院の中へと入る。


「びっくりした……」

「そうか、まぁ来てくれ、根の元まで案内する」


 ソルゥトは気にする事なく寺院の奥へと足を進める。

 村の中での荘厳そうごんな口調も、段々と崩れているところを見るに、これが彼の素なのだろう……。


 ソルゥトを追って足を一歩踏み出すと、ぴちゃりと、足が水に浸る。


 そして見ると、寺院の内側、その足元には水が張っており、その中心には──




──巨大なシオカゼトカゲが、黒い樹木に絡み付いていた。


「あれ……シオカゼトカゲ?めっちゃデカいけど」

「アレはシオカゼトカゲの雌。我々フマンツの民の守り神だ」


 シオカゼトカゲの雌……その体表に生えている岩塩の鱗は、よく見ると小さなシオカゼトカゲが無数に張り付き、鱗の役割を果たしている。


「守り神が絡み付いているアレは……ある魔法使いの根、その根幹か」


 守り神の絡み付いている黒い裸木には、以前見た物と同様のミイラの手が、何かを握っていた。


「ラナ、頼めるか」

「オッケー!」


 ラナが樹木へと近づき、歩を進めると、突如樹木に絡み付いていた守り神が、するりと木から降り立ち、ラナの前に立ちはだかる。


「わっ!?なに!?」

「っ!下がれラナ!」


 ずんぐりとした体型に、人の二倍ほどの体躯の守り神は「クルル」と低く喉を鳴らし、威嚇をしている。


 自分がラナの前に割って入り、刺激しない様に手をかざすと、ソルゥトが自分に声を掛ける。


「鼻先を思いっ切り握ってみせろ、それで大人しくなる」

「は!?」

「守り神とは言え人と獣だ、害が及べば手を出す事もやぶさかではない」


 ……なんとも冷たい関係性だ。

 そう思いながら自分は、翳した手をゆっくりと守り神の鼻先に添え、意を決して思いっ切り力を込める。


 爬虫類特有のヌメりと、皮膚のそばにあるであろう骨格の固い感触が掌に伝い、思わず顔をしかめる。


 すると守り神は「クルル」と小さく唸り、ゆっくりと自分に近づき、鼻先を擦り付ける……『もっとやれ』そう言われている気がした。


「……ラナ、今のうちだ。自分はこの子の鼻をつまんでおく」

「うん……なんかこう見ると、可愛いかも、後でやらせてね」


 そうして暫く守り神の鼻をつまんでいると、ラナが声を掛ける。


「終わったよー」

「……なんと言うか、随分と呆気ないな」


 見ると、ラナの手には、とても小さな……石板だろうか?形容し難い物が握られていた。

 しかしスマホと言い、聞いたところで自分には理解できない代物だ……その異物の事は後で聞くことにしよう。


「……これで、根の侵食は止まるのか?」

「恐らくな……この木自体は、どうにも枯れないらしいが」


──それよりも今は、ソルゥトに聞きたいことがある。


「ソルゥト、聞かせてくれ」

「……いいだろう」


「──コーショの破った『掟』とは、人殺しの咎なのだろう」


「……」

「え……?」


自分の言葉に、ラナが驚愕し、ソルゥトは黙り込む。


コーショの穢れを否定するには、その罪を見つめなければならない。


──自分は、コーショの穢れを否定する為、彼の罪へと、踏み込んだ。

─フマンツ村の守り神─


フマンツ村の守り神シオカゼトカゲの雌は、雄の身体を外殻に纏わせ防衛手段を得る。

一説によれば、この行動は交配の為であり、外殻となった雄の全てがその命を落としているという。


まぁ、愛の形はそれぞれである。

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