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その34 変わらぬ表情

─前回のあらすじ─


ヨミエル一行はサトゥルヌスを撃退するが、そのヨミエルはサトゥルヌスの記憶を追体験し、魔物に堕ちた彼女が何を護っているのかを知る。


その後、ヨミエルはサトゥルヌスの胎に宿った「人の赤子」を守り抜くのだった。

 アヴァロンから生還した自分たちは、フゥジ山岳独特の高低差の激しい道を歩き、ある場所へと向かっていた。


 段差を超え、時には高い崖下へと下る、迷いなくそんな道を行けるのには、理由がある。

 小さな案内人が、自分達を先導しているからだ。


「ここ、とおったらフマンツ村」


 先程まで気絶していたナグツメが、軽い足取りで前へ前へと進んでいく。

 ナグツメにとっては道案内のつもりなのだろうが、その足取りは油断すれば見失いそうになる程早く、着いていくだけでも一苦労だった。


 現に、自分達は大きく引き剥がされてしまっている。


「……アルマとはいえ、こんなにも早いとはな」

「ゼェ……ハァ……待って……死ぬ」

「おいガキ、貴様また捕まりたいのか、そんなに離れるな」


 ギブルとオタニアの声が聞こえたのか、ナグツメは急いで自分達の方へと駆けつけ、頭を下げる。


「……ごめんなさい、()()()()()

「チッ!!」

「ひっ……!」

「過去一デカい舌打ちだな」


 そうしてナグツメの案内の元、凹凸激しいフゥジ山岳を歩いている最中だった。


「……」

「ラナ?」

「へ……?」


 先程から似合わない眼鏡を掛け、考え事にふけりながら歩いているラナに向かって、自分は声を掛ける。

 アヴァロンから戻り、フゥジ山岳の険しい道を歩いている最中から、ずっとこの調子だ。


 アヴァロンでのあの一幕。

 あの結末に、ラナは後ろ髪を引かれる思いなのだろう。


 サトゥルヌスは生き絶え、赤い雨に打たれた異形狩りとあの赤子の行方は、もはや分からない……。

 あの異形狩りは、あの赤子をどうしたのだろうか?

 あの赤子は、果たしてどちら側なのだろうか?


 あの一幕の結末は、悲劇か、それとも、僅かな喜劇で終幕したのか……その答えを得る前に、自分たちはアヴァロンから立ち去った。

 ラナはそれが気掛かりなのだろう。


 ラナのその疑念も、全て終わったことだと言えば、それで終わる話だ。

 だが、その答えを突きつけ、ぐるぐると回る疑念を止めたとしても、納得という答えは得られない。


 今ラナに必要な物は、答えではない。

 少なくともそう結論づけた自分は、不慣れながらもラナに必要な言葉を贈ることにした。


「……ラナ、知っているか?」

「え?なに?」

「自分は親指を自在に外す事ができる」


 そう言って自分は、両手を巧みに操り、親指を取り外した様に見せかける。

「どうだ?」

「…………ふっ」


 数秒の沈黙、その後ラナから出たのは、鼻から出た笑みだった。


「ヨミエル、もしかして慰めてくれてる?」

「えっと……そうだが?」

「ふふ、おっかしー」


 暫くそうしてラナが微妙な笑みを浮かべていると、ラナは久しく感じる様子の、戯けた笑みを浮かべてこちらへと歩み寄ってきた。


「ヨミエルってさ、なんか変わったよね」

「変わった……とは、なんだ?そんなに変わってないと思うが」

「変わったよー、お互いの名前も知らないあの夜とは大違いだもん、なんか丸くなった?て感じかな」

「あの夜……」


 ……自分はラナの言葉に、彼女の光に触れた、()()()の事を思い出した。


「あの夜か……何故だろうな、もう随分と昔の事の様に感じる」

「ふふ、そうだねー」

 そうして二人で思い出に耽っていると、オタニアが咳払いをして、こちらに近づいてきた。


「もうすぐ着くよ、それと……」

 言うべきかどうか?そんな葛藤がオタニアの表情から見える中、オタニアは内緒話でもするかの様に、こちらへと囁く。


「……その、ヨミエルさんとラナちゃんの関係にとやかく言うつもりは無いけどさ、ほら、耳年増なギブル殿と幼いナグツメちゃんがいるからさ」

「聞こえているぞ!」


 見ると、前にいるギブルが、赤くなった耳を擦りながら振り返り、呆れ返った様子で口を開く。


「貴様、なんの為にこの旅に同行したかと思えば、まさかそんな下心があったとはな、ハッキリ言って貴様には軽蔑した」

「誤解だ、自分とラナは少なくともギブルが思っている様な事はしていない」


「ならなんだ?夜にただ星を見上げてはい終わりだとでも言うのか?そんな訳──」

「ヘェ〜?ギブルちゃん、私とヨミエルがどんな夜を過ごしたか知りたいの〜?」

「なっ、何を言う!別に興味などない!!断じて!!」


 いつの間にか、ラナはいつもの調子を取り戻し、歳の割には生々しい想像力を発揮させているギブルを面白そうに揶揄いだす。


 その様子を見ていると、ナグツメが自分の服を引っ張り、声をかけてきた。


「おじさん」

「どうした?」

 ナグツメの呼びかけに答えると、ナグツメは目の前の岩壁、そこに空いた洞窟を指差した。


「こん中、フマンツ村」

「この洞窟の中が村……なのか」

「えっと、うん」


 ナグツメが岩壁に空いた洞窟の中に入り、自分たちもそれに続き、洞窟の中へと足を運ぶ。




 陽の光が遮られ、外よりも幾分か暗い一本道の洞窟を抜けていくと、自分は不思議な物を発見した。


「……吊り下げられた、岩塩か?」

 洞窟の天井には、所々に吊り下げられている、薄桃色の岩塩が見えた。


 いったい何の意味が?そんな疑問が頭をよぎったが、どんどん前へと進むナグツメが口を開いた。


「塩……嫌な物やっつけるから」


 ナグツメの口振りから察するに、どうやらこの岩塩はフマンツ村特有の、魔除けの道具という事なのだろう。


 そうして洞窟内を進み、やがて、陽の光が差し込む出口に足を踏み入れると、そこにはノフィンとは思えない、フゥジ山岳で独自の発展を遂げた村が辺りに広がっていた。


「凄いな……まるで自然の作り出した城砦だ」


 村の周りは橙色の岩肌が自然の城壁となり、高低差のある村の向こう側には、断崖絶壁の青空と煌きらめく海原、それを太陽が彩っていた。

 その彩のおかげか、狭いはずのその村には不思議と閉塞感がなかった。


「……村ん中、根っこだらけ」

 ナグツメが村の様子を見ながら、今にも泣き出しそうな声で呟く。

 見ると、村の中には巨大な黒い根が建造物を倒壊させながら生え、村のあちこちにはドラヤンマを始めとした魔物の亡骸が散乱している。


 その様子を一言で表すなら、地獄の門前。


 つい先程までアヴァロンに居た自分から見ると、そう表すことができた。


「──断罪機関ギルダン四代目ギブル殿」


 何処かで聞いた事のある声が聞こえ、そちらを向く。

 すると、白い外套を身に纏った、どこか厳しい立ち姿の老年の男が、こちらへと向かってきていた。


「オルフェスか……何があった、報告しろ」

「そうだな、労いの言葉を送りたいところだが、先ずはこの村の惨状を説明させてくれ」


「先ずは──」

 オルフェスが口を開いた瞬間、ナグツメが自分の服を引っ張る。


「どうした?」

「おじさん……パパのとこ、行きたい……一人じゃ怖い」

「パパ……そうか」


 オルフェスの話も重要だが、先ずはナグツメを親の所に送るのが先決だろう。

 ……少なくとも、この子は今日1日だけで何度も死に掛けている。

 しかも、普段住んでいる場所がこんな惨状の中、知らない大人達に囲まれるのも酷な話だ。


「ギブル、すまないが自分はこの子を保護者の元に連れて行く」

「好きにしろ」

「わかった、なら後で合流しよう」


 ギブルの承諾を得て、自分はすぐにナグツメに手を引かれ、村の中を歩く。



 フマンツ村の情景に目を凝らすと、ノフィンから少し海に隔てられた辺境の地、それだけだと言うのに、フマンツ村はノフィン国内とは思えない程、独自の様相を(てい)していた。


 村内に点在し、雨風を凌ぐ家屋は、木や煉瓦(レンガ)で作られた物ではなく、茶色い粘土で固められた丸い竈門(かまど)の様な家屋が立ち並ぶ。


 そしてその様相故か、やはり人の身につける服装も異なる。

 ノフィンの一般的な布製の衣服とは違い、フマンツの人々は色褪せた赤いなめし革の服を着ている。


 そして何より不思議なのは、村の至る所に薄桃色の大きな岩塩が飾られている事である。


 その様子はさながら、夜の間に海へと流れ落ちた星をそのまま飾っている様に見え、どこか神秘的な光景にも見えた。


「……」

「……」


 先程からナグツメに手を引かれ、村の中を歩いているが、自分とナグツメの間には微妙な沈黙が流れている。

 ……こんな時、どうすればいいのだろうか。


 ラナやギブルのような、まぁ子供ではあるが言葉は交わせる二人とは違い、ナグツメ程の幼い子供と話をできるほど、自分は器用ではない。


「ナグツ「ね、ナグツメちゃんって何歳?」

「えっと……5さい」


 ……心臓が飛び出るかと思った。

 見ると、いつの間にかラナが自分の後ろから顔を覗かせ、ナグツメに語りかけていた。


「そっか!私は18才、大人のおねぇさんでしょ!」

「あ、こっちのおじさんは何才に見える?」

「30さい?」

「えー!?あっはは!!30だって〜!!」

「…………あのな、自分だって傷つくんだぞ」


 ──自分を揶揄う、魔族の少女の戯けた表情かおは、あの夜とは余り変わっていなかった。

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