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その31 アヴァロン

─前回のあらすじ─


ドラヤンマとの死闘も束の間、突如ヨミエル一行の前に現れた巨大な『ある魔法使いの根』それがドラヤンマの亡骸を貫き、半透明の蝶の群れを解き放つ。

蝶の奔流に呑まれたヨミエル一行は、気がつけばフゥジ山岳とは違う、別の場所へと飛ばされていた。

 地獄という、この世には存在しない異界の牢獄が存在する。


 もし、その地獄がこの世に存在したならば、自分はその地獄に足を踏み入れたことがある。


 その地獄の名は『アヴァロン』魔物大戦と呼ばれる、人と異形の屍山血河(しざんけつが)を築いた、(おぞ)ましき戦いの地。


 暗く、赤い暗雲が空を遮り、自分たちの見上げる空は、恐ろしく、悍ましい血の海の様に赤黒く、暗闇に喰われた太陽の影が辛うじて辺りを照らす、宵闇の空に包まれていた。


 踏み締める大地には瓦礫と血潮、或いは凄惨な最後を遂げた亡骸達が辺りに散らばり、地獄の大地に堕ちた死の花が芽吹く。


 正にそこは自分が足を踏み入れ、異形狩りと呼ばれるまでに殺しの業を築いた悪夢の地だった。


「なに……これ……!?」


 後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、振り返るとそこには、ラナ達の姿が見えた。


「この光景……アヴァロンか」

「アヴァロン!?嘘だろう!?だって僕たちはさっきまでフゥジ山岳に居たはずだよ!?」

「ギブル殿!どうなってるの!?」

「チッ……知るか、そんな事」


 不幸中の幸いか、どうやら全員この地獄に連れ去られた様だ……言い換えれば、全員が絶体絶命の状況下に置かれた訳だが。


「ヨミエル……これって!」

「そうだ……恐らく『神隠し』だろう」



 自分とラナがこの状況に納得していると、オタニアが切迫詰まった声をあげる。


「神隠しって、君達が生き残ったっていう……あの!?」

「そうだ」

「なら、もう一度脱出できる筈……ヨミエルさん、神隠しに遭った時、どうやって脱出したの!?」


 オタニアの言葉に、自分はあの時の記憶を巡らせる……。


 そう、あの時は確かノフィン統一戦争の地で、魔族から魔物へと堕ちた者と戦った……ならば、これから起こる事は……。


 思考の先に得た予測から、自分は皆に向かって指示を出した。


「ラナ、ギブル、戦闘の準備を」

「オタニアはナグツメと共に安全な場所に」


「オッケー……!」

「わかった……ナグツメちゃん、僕の側に」

「ひぃ……」


「オタニア、伏せろ」


 ラナとオタニアがそれぞれ準備を進める中、突如ギブルが魔法によりドラヤンマの槍を創り出し、オタニアに向かって斬りかかる。


「えっ!?わっ!?」


 オタニアがギブルの刃に貫かれる寸前、それを屈んで避けると、ギブルの槍は、オタニアの背後に迫っていた何かを貫き、鮮血を撒き散らす。


「オッ……ガッ」

「……餓鬼(ゴブリン)か」


 槍に貫かれ、苦痛に顔を歪ませる魔物を、ギブルは槍を振り払い、遠くに投げ飛ばす。


 ドチャリと血の混じった土に倒れ伏したそれは、大きくビクリと痙攣し、その命を絶った。


 人の子程度の大きさに、鼠の様な顔立ちと毛皮、巨大な口。

 そして不揃いの人の歯を見せるそれは、飢餓の欲に操られ、同族すらも食い殺す魔物、ゴブリンだった。


「ひっ!ひぃ!びえぇええ!!」

「あ、あぁっ!よしよし!大丈夫!大丈夫だからね!」

「オタニア、私の背後に隠れろ……それと、早くそのガキを黙らせろ」


 返り血をそのままに、ギブルはオタニアを背に立ちはだかり、槍を構える。


 それと同時に自分とラナもオタニアの周りを囲み、二人を守る。


「ナグツメちゃん、何があっても私たちが守るから!」

「ひっ!ひっへ!うぅんっ!」


 ラナは眼鏡を外し、スマホを構えながらナグツメを励ます。


 そしてラナの言葉に、ナグツメは必死に涙を堪えながら、オタニアの体に頭を押し付ける。


「……っ!ヤバい、ヤバいよ!囲まれてる……!20匹!いや!?30匹以上はいる!」


 オタニアが眼鏡を外し、辺りを見回す……。


 それと同時に瓦礫の裏側から、遺体の骨を削り得物としたゴブリン達が、ゾロゾロとその姿を表す……。


「ハラ……ミタす、クウ!食ヴッ!!」


 姿を現した数体のゴブリンが、大口を開けて自分に向かって飛び掛かる。


 自分は銃を発砲し、放たれた銃弾が一体のゴブリンの脳天を貫く。


「薙ぎ払え」


 その意思と共に剣が斧へと変形し、複数のゴブリンを一纏めに斬り捨てる。


 ドカンという音と共に、ゴブリンの肉、骨、そして内臓を纏めて斬り裂き、ボトボトとその肉を地面へと堕とす。


「ニク!食いもノ!!」


 落ちた同族の肉に、辺りのゴブリンが我先にと群がり、奪い合う。


 同族だった肉の塊に手を伸ばし、引きちぎり、それを口の中へと流し込む。


「肉が食いたいのなら、食わせてやる」


 自分は肉に群がるゴブリンに斧を振り下ろし、その内の一体の首を落とすと、血に塗れた斧を向け、ゴブリンに挑みかかる。


「最後の晩餐だ、好きなだけ食え」


 その言葉を皮切りに、周囲のゴブリンが襲い掛かる。



 ──その時だった。


 突如ゴブリンの群れに、鋭く、巨大で、悍ましき刃が一閃し、辺りに血潮を撒き散らす。


「──あッ!?ギャァ!?逃げロ!シぬ!」


 ()()を目撃したゴブリンは、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出し、辺りから消え失せた。


 自分もそれを確認すると、全身の血の気が引き、ここは悪夢の地なのだという事を、改めて実感した。

 ──せめて、皆だけでも。


「──!クソッ……ラナ!ギブル!オタニア!ナグツメを連れて逃げろ!!」


 皆に向かって逃げる様指示を出したその瞬間、自分の首筋向かって鋭い刃が襲い掛かる。


「止まれ!!」


 刃が自分に到達する寸前、ラナが自分の前に立ちはだかり、魔法「止まれ」を発動する。

 巨大な三角形の盾が刃を遮り、ラナは言葉を続けながらもう一度魔法を発動させる。


「パイルハンマー!」

「私!前にも言ったよね!守って貰ってばかりなんて性に合わないって!」

「私だって、ヨミエルを守るんだから!」


 その言葉と同時に、腕に装着したパイルハンマーを盾に向かって突きつけ、炸裂させる。


 ドカン、という爆発音と共に巨大な槍が盾を貫き、目の前の対象に向かって槍が伸びる。


 そして、槍の衝撃に盾が真っ二つに割れ、目の前に現れた化け物に、ラナは困惑と驚愕……そして後悔の念が入り混じった顔を見せた。



「イタイわ……」

「……えっ?」


 ドラヤンマの様な四本の(ふし)に、巨大で鋭利な鎌、そして胴体は人の女性の様に細長く、破れたドレスを身に纏っている。


 スカートから伸びる腹は、妊娠しているのだろうか、大きく膨れていた。


 その姿は、人とカマキリの化け物……そうとしか言いようがなかった。


「アぁ……イタイ、イタイわ」

「フふふ」


 人の顔を、無理やりカマキリの形にした顔を歪ませながら、化け物はラナに向かってその鎌を振り下ろす。


「ラナ!」


 自分は呆けているラナに飛びつき、振り下ろされた鎌を躱わす。

 ザクリと、鎌は地面を貫き、カマキリはこちらへと視線を向ける。


「あ……」


 カマキリの風貌を見たラナは、それを指差し、恐怖の眼差しを向ける。


 気づいたのだろう……あの化け物が、自分と同じ境遇の『人間』だという事に。


「フふ!ふふふフフ!!」


 複数の瞳孔を持つ瞳がこちらを見据え、もう一度、魔物が巨大な鎌を振り上げる……!


 ──その瞬間だった。



「貫け」



 魔物の胴体を三つの矢が貫き、そこから黒い血の様な体液が飛び散る。


 魔物を貫いたその矢は、地に落ちることなく、その軌道を変え、一人の男の元へと向かって行った。


 瓦礫の上に立ち、鋭利な刃を持つ弓を構えるその者は、山羊の角を持ち、フゥジ山岳出身なのだろうか、ナグツメと同じような格好をしていた。


 矢を手に取ると、男は素早い動きで自分の隣に立ち、ラナを守る様に立ちはだかる。


「その子を連れて逃げろ……()()は、私が引き受けよう」

「──っ!いや!私だって戦う!」


 ラナは男の言葉にハッとし、恐怖を振り払い、スマホを構える。


 その目には、宿っていた。

 どんなに強大で恐ろしい相手だろうと、我々と共に戦うという決意が。


 ──言っても無駄だろう。

 ラナの様子から、自分と男はそう察し、目の前の魔物に向かって武器を構えた。

─ゴブリン─


ゴブリン、餓鬼とも呼ばれるその魔物は、アヴァロンにのみ生息する特殊な魔物である。

常に飢餓状態の彼らは、群れで狩りをし、人間を襲う。

しかし、彼らが群れで行動するのは、共生関係にあるからではない、同族の命が事切れ、肉の塊になるのを今か今かと待っているからである。

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