その29 甲殻虫竜ドラヤンマ
─前回のあらすじ─
フゥジ山岳へと到着したヨミエル一行は、道中、アルマの子供を捕獲した魔物『ドラヤンマ』に戦闘を仕掛けるのだった。
トンボとトカゲが融合して生まれた、巨大な竜の魔物『ドラヤンマ』が自分に威嚇をしている。
昆虫の様に角ばった外殻と、四対の翅、細く鋭い六本の節に、竜の様な逆関節の後ろ脚。
そして節の一つがギブルの手によって切り落とされている。
その怒り故か、トンボの様に巨大な双眸からは獣とは違う、感情が読み取れない、異様な殺意が感じられる。
人の体躯を優に超えるその大きさと、昆虫の外殻を纏った姿は正に『竜』
細長い節で突かれたら、巨大な顎で噛みつかれれば、どれも唯では済まないだろう。
──自分は、威嚇するドラヤンマを前に、気を引き締めた。
『ギチギチ!!』
ドラヤンマが姿勢を低くし、顎を鳴らすと、ブゥンと無数の蜂が飛んでいる様な羽音を立てながら、ドラヤンマは空へと跳躍した。
「ッ!?逃げた!?」
「違う!空から襲う気だ!!」
ギブルが子供を岩陰に避難させながら自分に叫ぶ。
それと同時にドラヤンマがバサバサと翅を羽ばたかせ、峡谷の隙間を縫うように飛び回り、姿を消す。
峡谷中にブゥンと翅を羽ばたかせる音だけが鳴り響き、しかしドラヤンマの姿は見当たらない、不利な状況へと立たされる。
自分は急いで壁を背にし、ドラヤンマが襲いかかる方向を制限する。
「どこから来る……ッ!」
羽音に混じり、自分の鼓動が聞こえる程の緊張感の中、段々と鼓動の音よりも、羽音が大きくなる、しかしドラヤンマの姿が一向に見えない。
その羽音が続くにつれ、自分の喉元に迫る捕食者の牙を実感させていく。
何処だ……!?
焦る自分の迷いに、今までの戦いで培ってきた勘が、自分の思考に回答を突きつける。
「そこだッ!!」
自分は真上に向かって銃を突きつけ、眼前に迫り来るドラヤンマ目掛け引き金を引く。
乾いた破裂音と一筋の閃光がドラヤンマ目掛け飛び出す。
しかし、弾丸が当たる寸前、ドラヤンマは急旋回し、弾丸を外殻で防ぐ。
ギィンと外殻に弾丸が弾かれる音と同時に、ドラヤンマが地面に着地し、またこちらへと顎を鳴らし威嚇し始める。
「今度はこちらから仕掛けさせて貰おうか」
自分は銃に弾を込め、ドラヤンマに向かって突撃する。
ドラヤンマはそれに気付き、もう一度姿勢を低くして翅をばたつかせ始める。
「遅い」
そう言って自分はドラヤンマの翅に向かって銃を構え、弾丸を放つ。
閃光と共に放たれた弾丸はドラヤンマの翅の一つを砕き、ドラヤンマの飛行を阻害する。
『──!?──!!』
ドラヤンマが空へと跳躍し羽ばたいた瞬間、体勢を保てず、近場の岩壁へドカリと衝突し、地面へと墜落する。
自分はその隙を見逃さず、ドラヤンマの節へと斬りかかる。
──ドラヤンマがキメラと同じく継ぎ血の儀により造られた魔物なら、狙う箇所は一つだけだ。
「叩き切れッ!」
自分は剣を斧へと変形させ、ドラヤンマの節、人の手が掛かった節の付け根へと、巻き込む様に刃を振り払う。
ドラヤンマの体表を刃が伝い、複数の節をまとめて切り落とす。
それと同時にドラヤンマの傷口から青い血が流れ出し、ドラヤンマの腹部があらわになる。
そこに外殻は無く、刃を通せばそれが致命の一撃となり、ドラヤンマの命を断つだろう。
「トドメだッ!!」
自分は斧を剣へと変形させ、ドラヤンマの腹部へと剣を構える──
「──退け!ヨミエル!」
突如ギブルが自分に叫ぶ。
その瞬間、ドラヤンマの体がブルリと震えたかと思うと、突如傷口から節が飛び出し、自分に向かって伸びてくる。
自分は素早く身を引き、節の攻撃から逃れると、ドラヤンマが素早く立ち上がり、崖に向かって身を投げた。
そしてドラヤンマの姿が見えなくなると、先ほどと同じ様に、峡谷中にブゥンと翅の音が響き渡る。
「──トカゲの生命力か?」
「だろうな、それも何倍もの力だ……」
「どうするギブル?振り出しに戻ったぞ」
「チッ……なら一撃で仕留めるまでだろうが、マヌケが」
そう言って自分とギブルは背中合わせに構え、ギブルは手にした外殻の破片を握りしめる。
「──貫く刃となれ」
ギブルが外殻を供物に、魔法を唱えると、ギブルの握りしめたドラヤンマの外殻が、鋭い槍へと姿を変えていた。
「強度が同じなら、勢いをつけて放てば有効打となる」
「貴様は奴を探すことだけ考えろ、後は私がやる」
「……あぁ」
そうしてドラヤンマの攻撃を待ち構えていると、先ほどと同じ様に、上から狙いを定めるドラヤンマを見つける。
自分はギブルの背中を軽く叩き、合図を送る。
「上だ……まだ狙いを定めている」
「芸のない奴だ……貴様、奴が来たら踏み台になれ」
「は?」
言うが早いか、ドラヤンマが上空から突撃して来ると同時に、ギブルは自分の脛を蹴り付け、強制的に屈ませる。
「うぐっ!?」
そしてギブルは自分の肩に足を掛け「立て」と一言、指示を出す。
このガキ……!憤りを感じながらも、自分は跳躍する勢いで立ち上がり、上空へとギブルを投げ飛ばす。
上空へと飛んだギブルが一瞬にしてドラヤンマの眼前に迫り、手にした槍を、ドラヤンマの口目掛け突き刺す。
ドラヤンマのの開いた口に槍が突き刺さり、内側からドラヤンマのうなじを一直線に突き破り、そこから血潮が流れ出る。
『──!?──!??』
一瞬、そして強烈な反撃にドラヤンマはその翅をピタリと止め、重力に捕らえられ地面へと墜落する。
『ブ!ブブブ!ギチギチ!』
ドサリと地面に倒れ伏したドラヤンマは、突き刺さった槍をそのままに、翅を羽ばたかせ、後ろ脚で踏ん張り飛び立とうとする。
「ぬっ……ぐぬぅ……ッ!!」
ギブルはそれを槍で抑え、ドラヤンマの飛行を阻害する。
だが、長くは持たないだろう。
自分は素早くギブルの元へ走り、突き刺さった槍を踏み台に、ドラヤンマの眼前へと跳躍する、そして──
──手にした剣をドラヤンマの眉間に突き刺し、それと同時に剣に向かって意思を送り込む。
「引き裂けッ!」
その言葉と共に突き刺さった剣が、ドラヤンマの中でバキバキと内部を破壊する音を立てながら、斧へと変形させていく。
そして変形した斧を、無理やりドラヤンマの眉間から引き抜き、ドラヤンマの頭がバカリと真っ二つに割れる。
その一撃が致命傷となり、ドラヤンマが大きくビクリと痙攣した後、節をピクピクと動かし、その命を落とした。
「……やったか」
──人を殺す為に造られた生物は、人の手に……自分たちの手によってその命を奪われた。
殺し殺されの戦いとはいえ、人の命を奪うよう造った存在を、今度は人の命を脅かしたからと殺す。
我ながら、人の、自分たちの身勝手さには辟易する。
「……せめて、命を繋いでいる事を祈る」
自分はドラヤンマの絶命を確認すると、武器をしまい、ギブルへと向き直り、苦言を呈する。
「……クソガキが、協力というものを、知らんのか」
「三流が、それなら一言、教えてやる」
「これは協力ではない、共闘だ」
──コイツとは一生仲良くなれない……自分はそう確信した。
─ドラヤンマ─
ドラヤンマとは、継ぎ血の儀により、トカゲとトンボの血を混ぜ合わせた魔物である。
生物兵器としては調教が難しいという理由で、野生に返され、主にフゥジ山岳に生息している。
なんとも、迷惑な話である。




