その26 もう一度、世界を救う。
─前回のあらすじ─
ギブルの計らいにより、評議会でラナと再会したヨミエル。
その再会は、新たな旅立ちの幕開けであった。
評議会での顔合わせの後、カチカ執政官は他の会議に出席する為、自分達と別れ、自分達は派閥の指導者達に会いに、執政官の執務室へと向かっていた。
ラナ、ギブル、オタニア……そして自分を含めた四人が、部屋へと続く廊下を歩く。
上等な絨毯の感触が靴越しに伝い、天井から均一に釣り下がる照明が辺りを照らすこの空間は、やはり貴族の為に作られたものであり、庶民の自分には重苦しく感じる。
「……ギブル、自分は顔合わせはまだしも、派閥の指導者に宣誓をするなど聞いていないのだが」
「言ってなかったからな」
自分はギブルに苦言を呈するが、ギブルは素知らぬ顔で自分達を先導する。
「ねぇ、ギブルちゃん、私マナーとか全然わかんないけど、大丈夫?」
「まなー?……あぁ、作法のことか、別に良い、宣誓と言ってもそんなに畏まったものでもない、好きにやれ」
「……現に、私は別に気にしない、ギブルちゃん、などとふざけた呼び方さえしなければな」
「まるで宣誓される側の様な言い分だな」
「実際そうだが?」
ギブルの口から、予想外の言葉が飛び出た……。
ちょっと待て、下手をすればラナよりも若く見える少女が一派の指導者だと……?冗談ならば質が悪すぎる。
「貴様、無礼な事を考えているだろう」
ギブルが鋭い目つきで自分を睨む……顔に出ていたらしい。
「ギブルちゃんってそんなすごい人なの!?」
「もしかして見た目は子供、頭脳は千歳は生きてるエルフみたいな感じ!?」
「そんなに生きていたらしわくちゃのババァどころではないだろう、貴様エルフを一体なんだと思っているんだ」
「フッ……」
「……オタニア、貴様いま笑ったな」
「いえ……フヒヒッ……いえ?」
そうしてくだらない話しをしながら廊下を進むと、一つの木製のドアの前に辿り着いた。
「ここがカチカ執政官殿の執務室です、中には二人の代表者が待っています」
「私が先に入ろう、貴様らは後に続け」
ギブルが扉を開け、中に入る。
執政官の執務室……その中には一派の代表者、言うなれば国の代表者とも言える人物が自分達を待っている。
自分達は今からそこで宣誓をする……兵団の団長、執政官にまで斬りかかろうとした自分からすれば今更だが、とんでもない状況になったものだと実感する。
「ヨミエルさん?」
「入らないの?」
後ろから、痺れを切らしたようにラナとオタニアが声をかける。
……自分は、意を決して扉の向こう側へと足を踏み入れた。
中に入ると、木造の床が自分の足を出迎える。
しかし、貴族というものは得てして絨毯というものが好きなのか、執政官の執務をこなす机の下には、上等な絨毯が敷かれている。
そして、その机の前にはギブルと、懐中時計で時間を確認する中年の男性、白い外套を身に纏った老年の男性の三人が、自分達を見つめていた。
自分達が三人の前に向かうと、懐中時計を見つめる男が先に口を開いた。
「──3分50秒……予定より早いご到着……実に『ウェクセレント』ですよ」
「は?」
男の、異邦の言葉を交えた奇妙な口ぶりに、思わず声が出た。
「ふふ、ウェクセレント……異邦の言葉で『素晴らしい』という意味です」
「何分、異邦の方との商談も多くなってきましたので、今のうちに慣れておこうかと……」
「これも所謂──『ンレッソォン』……というものです」
「──あぁ、これはノフィン語で『練習』という意味です」
「他にも「少し黙れ」
呆れたようにギブルが男に声を掛ける、すると男は咳払いをして、姿勢を正した。
……何故だろうか、先程まで緊張していた自分が馬鹿らしく思えてきた。
「しかし不思議なものですね……『魔導書スマホ』を操る者が、まさかこんな『グァール』だったとは」
「びっくりでしょー」
魔導書スマホ……?シロクから出た、聞き慣れない単語に自分は首を傾げた。
すると、オタニアがさりげなく、自分に耳打ちをしてきた。
『スマホはね、ラナちゃんが持ってる魔導書の事だよ』
『スマートフォン……だと馴染みがないから、おとぎ話に出てくる、神を殺した魔法使いが持っていた魔導書にあやかって名付けたんだ』
『成る程、確かにスマホの方が幾分か馴染みがある』
「……先ずは我々の自己紹介が先決では?」
白い外套を身につけた老年の男が、口を開いた。
「チッ……お前たち二人でやれ、私は不要だ」
「承知した」
ギブルが男にトゲトゲした言葉を投げかけると、男は姿勢を正し、自己紹介を始める。
「俺はアヴァロンの監視と、魔族の救済を目的とした救済教会『アトメント』の教祖、ルクバク・オルフェスだ」
口数が少なく、どこか厳しいその声と立ち姿は、熟練の冒険者の様に落ち着いていて、少しの威圧感が垣間見える。
「次は私のタァンです「そのふざけた異邦かぶれを止めろ」
男の口調に耐えきれなくなったのか、ギブルが口を挟む。
「…………失礼、ではノォマ……普段通りに」
「私は白狗商会会長のモトボー・シロクです……何卒、白狗商会をご贔屓に」
「ちなみに、白狗商会は冒険者ギルド……所謂、冒険者組合を立ち上げた組織でもあります」
整えられた髪型に、身に付けている衣服、佇まいはまさに貴族のそれだが……その顔には、貴族には似合わない大きな傷跡があり、さらには右手の小指が短い。
その姿から察するに……どう見てもそのスジのモン。という奴なのだろう。
「自己紹介は終わったか、ならサッサと宣誓を始めるぞ」
ギブルが口を開き、合図すると、皆が姿勢を正し、それぞれが宣誓を始めた。
まず最初に口を開いたのはギブルだった。
「断罪機関ギルダン四代目ギブル、ギルダンの長として、貴殿らの旅を支えよう……」
「シロク、次はお前だ」
「ええ、まずは「言っておくが、手短にな」
「……コホン、白狗商会は勇者御一行に支援をする事を表明致します」
ギブルから始まった宣誓は淡々と進み、もはや重苦しさも、堅苦しさのカケラも感じられなかった。
次に、オルフェスに宣誓の番がくると、オルフェスはしばらく考え込み、驚きの言葉を口にした。
「──我々アトメントは、勇者一行の支援を破棄する」
オルフェスの言葉に、自分を含めた全員がざわめく。
「どういうつもりだ、言い分によってはこの場から即刻追い出すぞ」
ギブルがオルフェスを睨みつけると、オルフェスは飽くまでも、淡々と言葉を続けた。
「アトメントの一員、勇者様を救助していた二人がフローシフに殺害されたのは知っているな」
その言葉に、自分は事の発端となった事件を思い出した……そして、自分を崖から突き落としたあの男の事も。
奴は、目の前のオルフェスと格好が同じだという事に気付き、思わず口にした。
「アトメントの中に、フローシフの密偵が紛れている……?」
「……そうだ」
「このまま我々アトメントの教団員に密偵が紛れたままだと、フローシフの魔の手が迫り来るのは明確だ」
「だが俺は、勇者一行の旅に力を貸したい」
「何が言いたい」
ギブルの言葉に、オルフェスは答える。
「俺個人として、勇者一行の支援しよう」
「本当に信頼できる部下と共に、このルクバク・オルフェスが勇者一行の旅を支える事を、ここに表明する」
「……さぁ、次は君達の宣誓を聞かせて貰おう」
淡々と、とんでもない事を言うオルフェスに呆気に取られていると、オルフェスが自分達に宣誓をする様、促してくる。
「…….あっ、では僕から」
最初に口を開いたのはオタニアだった。
「白狗商会所属の行商人、オタニアは、勇者一行と旅を共にし、尽力致します」
「……さ、ヨミエルさん、どうぞ」
とうとう自分の番が来たか……砕けた宣誓とはいえ、緊張するものだ。
そう思いながら、自分は思いの丈を宣誓する。
「冒険者のヨミエル、勇者ラナの使命を支え……」
「…………とにかく、この旅に尽力しよう」
言いたい事がもっとあった筈だが……気恥ずかしさから、一言だけ、無難な言葉を並べるだけにした。
「あれあれー?ヨミエル顔赤いよー?」
「うるさい、次はラナの番だろう」
「はいはーい」
ラナが一呼吸置き、決意に満ちた目と共に宣誓を始めた。
「私は、ヨミエルにこの命を救われました」
「……!」
「世界を救う使命の為、この命を捨てる事は惜しくない、そう思ってたけど……」
「この世界でただ生を全うする、その事を教えてくれたヨミエルの言葉に、私は……もっとこの世界で沢山の時間を過ごしたい、そう思った」
「その気持ちを、この世界に生きるみんなにも知ってほしい、だから私は、みんなが生きているこの世界を守りたい」
「だからさ、ヨミエル、世界を救う旅に、もう一度付き合って」
いつの間にかラナは、自分に手のひらを向け、自分の事を待っている。
自分は迷う事なく、その手のひらにパチっとする。
手のひらから清々しい音が鳴り響き、自分は微笑み、ラナの気持ちに応える。
「当然だ、これからも宜しく頼む、ラナ」
「うん!じゃ!記念撮影しようよ!」
記念撮影?ラナが不思議な言葉を口にすると、自分の腕を組み、スマホを掲げる。
「はい、チーズ!」
「ちーず?」
パシャリ、とスマホから光と音が鳴り響き、自分とラナが腕を組む絵が、スマホに映し出された。
──そうして、自分達の物語が始まった。
─魔族─
魔族とは、アヴァロンの地でのみ降る『呪われた赤い雨』を浴び、しかし魔物にならず、人の形を保った人間の事である。
魔族は魔法とは違う、特別な力を扱える者が存在する。
それだけなら「魔族」など、忌み嫌われる様な名は付けられない。
しかしそれには『大虐殺』と言われる、帝都オーディエで起きた事件が関係している。




