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その23 育ての親

─前回のあらすじ─


三途の対岸に辿り着き、スリを働く少年にスラれ、それを追いかけるのだった。

 火の光が当たらない、薄暗い路地裏に少年を追い詰めると、少年は足を止め、怯えた顔で自分を見つめる。

「……ごめんなさい」


 自分は、怯えた少年を尻目に、振り返って口を開いた。

「随分と古臭い手口だな、『袋の(ねずみ)』というシノギだったか?」


 すると来た道から、下衆(げす)な笑みを浮かべた二人の男が、姿を現した。

「よぉ〜、よく知ってんなぁアンタ?」

「ついでにこっからアンタがどうなんのかも、分かってるよなぁ?」


 擦り切れていない外套(がいとう)に、こけていない顔つき……成る程、コイツらはこうして生計を立てているのか。


「……今は喧嘩する気分じゃない、財布を返して、さっさと退いて貰おうか」

「……あ?おめぇ状況分かってんのかコラ?今なら土下座すりゃ許してやんぞ?」

 そう言いながら二人が自分に近づいてくる。


 どうやら、少し怖い目に遭わせないと分からないらしい。

 自分はため息を吐き、廃屋のガラスに触れる。


 どうせ誰も住んでいないんだ、窓の一つや二つ、割れても問題ないだろう。

 そう思いながら、自分は手のひらをガラスに叩きつけ割れたガラスの破片を握りしめる。


 ガラスの破片に自分の血が伝い、透明な刃は赤く染まった。

「──来い、一人は確実に殺す」


 殺意……街の中に住んでいれば、向けられることのない感情に、近づいてきた二人は動きを止める。

「あっ……お、おい、なにやってんだよアンタ……なぁ、ここで光モンとか、赤猿組が黙ってねぇぞ?おい?」

「な……何やってんだよ、早くそれ取り上げろよ」

「るせぇ!オメェがやれよ!」


 やはりな……コイツらは中途半端に恵まれている、命を賭して(かて)を掴む覚悟もない。

 犬以下のチンピラか。


「そこの子を好きにしていいなら、見逃すが?」

「──!あ、あぁ、そうだよな!別にソイツ、連れでもなんでもねぇし、スリしたソイツが悪いよな!?」

「あぁ!そうそう!赤猿組に売れるほどでもねぇし!好きにしてくれよ!」

「えっ……?」


「……着いてこい」

 自分は隻腕の少年の手を引き、路地裏から連れ出す。

「やだっ、死にたく──「自分にそんな趣味はない」


 少年にだけ聞こえるようにそう呟くと、少年は怯えながらも、大人しくなった。


 人通りの多い道を、少年の手を引きながら歩き、記憶を頼りに()()()()へと向かう。

 道中、少年は諦めたのか、抵抗する素振りさえ見せず、ただ自分の手に引かれ、静かに着いてきた。


 ここだ……記憶がそう言っている。

 三途の対岸の一角、見知った場所に少年を連れて行った。


 自分は、廃屋に囲まれた小綺麗で大きな家屋の扉をたたき、家主を呼び寄せる。

 そして扉が開くと、家屋の中から初老の女性が姿を現す。

「……誰、アンタ?」

「ここで育ったんだがな、忘れたのか?」


「知らないよ、面倒見てたガキの顔なんてよ」

「で?何?ソイツ幾ら?」

「300でどうだ?」

「……片腕だから、400」


「上等な馬車が一台買える値段だな、()()()にしては、金に意地汚いな」

「えっ……?」

 少年は、孤児院という言葉に驚いたのか、自分を見上げる。


「綺麗事で飯が食えんのかよ」

「仕方がない、自分の全財産だ……持ってけ」

 そう言って自分は、持っている財布を渡す。

 家主は財布から紙幣を抜き取り、一枚ずつ確認すると、呆れた様子で一言、口を開いた。

「10エン足らねぇ」

「……そうか」


 自分は少年の前に屈み、目線を合わせる。

「悪いが、残りは自分で稼いでくれ」

「……犬、一緒にいたい」

 少年は俯きながら、申し訳なさそうに答える。


「犬は10エン、アンタと違って役に立つからね」

「残り20エン、アンタに稼げんのか?」

 無理だろう……10エンも怪しいのに、20エンなど、子供に稼げる値段ではない、ましてや三途の対岸(ここ)では特に。


「残りの10エンは、自分が払おう」

 聞き覚えのある声が、背後から聞こえた。


 見ると、異邦人風の装いに、円柱の大きな帽子を被った老年の男性が、杖を着いて立っていた。

「悪いが、犬の方は諦めろ」


「……稼いで、きます」

 言うが早いか、少年は走り出し、大通りの方へと消えて行った……。


「金は預かっとく、あのガキが来なかったら、返しとくよ」

 そう言って、家の家主は扉をしめ、自分と老年の男の、二人きりとなった。


「……久しぶりだな、ヨミエル、三年ぶりだな」

「……エイディ、この銃の詳細を知ろうと、アンタの腕を借りにきたんだが、生憎さっきのでエン無しになってしまってな」


 そう言って自分はエイディに短銃を見せると、エイディは顎に手を当て、短銃をマジマジと見つめる。

「そうか、まぁ、()()()()を持て成せない程、金には困っていない、着いてこい」


 ──自分は、()()()()に着いて行き、見覚えのある道を歩いて行った。

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