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その22 三途の対岸

─前回のあらすじ─


ラナはカチカ執政官から、勇者となり、世界を救ってほしいと、衝撃の依頼を聞かされるのだった。

「申し訳ありませんが、馬車の要請情報をお伝えする事は出来ません」

 自分に向かって無機質な言葉を投げかけるのは、帝都オーディエに本部を構える『馬車商会』の受付だ。


 自分は事の発端となった、数日前に乗っていた馬車の詳細を知ろうと、商会まで足を運んだが、見ての通りの結果だ。


「……これ以上は他のお客様に迷惑になりますので、どうかお引き取りを」

 自分以外に他の客は居ない、受付は遠回しに「出ていけ」と言っているのだろう……自分は仕方なく、店から出ていく事にした。


 商会の扉を開き、帝都オーディエの大通りに出る。

 灰色の石造の道、人程の小さな街灯……ノフィンにも、異邦の風というものが吹き、繁栄したはずの、しかし何処か味気ない、独特な街並みが辺りに広がる。


 そして、夜だと言うのに、点在する窓の光と、街灯の小さな光が混ざり合い……月並みな言葉ではあるが、まるで夜空の星が街に落ちてきた様な、都会独特の光景が帝都を包んでいた。


 ……ラナと旅をしていた、夜の暖かさとは、違う熱を感じる。


 そう思いながら、自分は道行く人々に紛れ、()()、夜の街を歩き出す──



 ──ラナは、カチカの提案を受け入れ、勇者として、世界を救う事を選んだ。

 ミライとシェリーも、冒険者としての活動を再開した。


 ラナを犠牲にせず、世界を救う……自分にとっては眉唾な話であったが、自分たちは実際、その方法で世界を救っていた、いや、()()()()()()()()()()()()……それが正しいだろう。


 遺跡の中で常夜(とこよ)の樹木に触れ、すまーとふぉんを手にしたあの瞬間、アヴァロンの『ある魔法使いの樹木』の一つが枯れた。


 つまりは……そういう事だ。

 各地に点在する、同じ様な常夜の樹木に、ラナが触れれば、アヴァロンの侵食は止まる。


 ──ラナを犠牲にする必要は、どこにもない。



『大丈夫か?』

『うん!全然!』

『……そうか』

『……あ〜、ヨミエル、もしかして寂しいの?大丈夫だよー、全部終わったら、ヨミエルのとこに遊びに行くからさ!』

『あ!そうだ!私のこの活躍が伝記になったらさ、ヨミエルの事も書いてあげる!』

『ラナの友、ヨミエル。この人はラナを救ったもう一人の英雄だっ!って感じで!』

『フッ……何だそれは──』



 ──ラナは帝都オーディエの協力の元、世界を救う旅に出る。

 世界を救った勇者として歴史に名を残すなど、ただの少女にしては、これ以上ない程に恵まれている。

 しかし……そう思える反面、少しの寂しさが、自分の胸に残る。


『自分の役目は終わった』


 心の中でそう呟き、進行方向に用水路を(また)ぐ橋が見えると、自分は人混みから外れ、路地裏へと進む。


 大通りの明るく、喧騒に包まれた街並みとは打って変わり、人の気配は勿論、窓や街灯の光も無く、薄暗さと寂しさを感じさせる。


 そんな路地裏を通り抜け、用水路の側面、橋の下へと続く階段を降りると、橋の下で()()をする人物が目に映る。


 商人はボロボロの布切れの上に座り、その側に多種多様な武器を雑多に並べ、水路には一つの小舟が浮かんでいる。


 そして、ひたひたと水の流れる音が聞こえる橋の下、一つのランタンが灯す(だいだい)色の光が、妙に明るく見えた。


 その商人は自分に気づくと、訛りのある声と共に口を開いた。

「お客人……ここぁ持ち手の居のぉなった奴の武器売っとる」

「商いでっしたら10エン、それで好きなもんを」


 商人は商いと称して、()()()()()()を渡った人物の武器を売りつけている……。


 まったく……三年前からずっと、アコギな商売をしているものだ。

 自分は、三途の渡し舟に乗るため、商人に伝えた。


「自分は赤猿(せきえ)叔父貴(おじき)に挨拶をしに来ました」


 商人はその言葉を聞くと、ゆっくりと立ち上がり、小舟に乗り込む。

「……お客人、赤猿(せきえ)組のシマじゃ光モンは御法度(ごはっと)……どうかウチの店に置いといてくだせぇ」

「自分が居ないうちに売るつもりじゃないだろうな」


 そう言うと、商人は手を差し伸べ、一言「15エン、それで預かりやす」とだけ呟いた。

 ……本当に、アコギな商売をしているものだ。


 自分は商人に金を払うと、武器を商人に預ける。

 ……懐に、短銃を隠し持ちながら。

「……出発する前に、ひとつ」


 商人は自分の武器を小舟に置きながら、口を開く。

「此度は三途の対岸へと続く舟旅……一度入った後ぁそこは赤猿組のシマ」

「赤猿の親父に、失礼な態度がねぇように」


 そう言うと、商人は舟を漕ぎ出し、水路を渡って行く。

 壁と水底にへばり付いた苔の匂いと、人の匂いが染み付いて、思わずむせる。


 そんな狭く、むせかえる匂いの用水路を渡って行くと、目の前に砕け、(さび)が目立つ鉄格子が迫り来る。

「身を屈めてくだせぇ、その棘で傷作って死んだ奴が何人か居ます」


 自分は商人の言う通り、舟の中に寝転がり、鉄格子を通り抜ける。

「……そろそろ着きやす、三途の対岸へ」


 商人の言葉と共に、自分は顔を上げると、目の前には周りを囲う高い壁と、崩壊した家屋、幾つもの火の光が目に映る。


 隔絶された、ゴミと廃墟の街。

 一言で言えばそれまでだし、そこに住む人々も一言で表せる。


 戦争で手足を失った傭兵。犯罪に手を染め、この場所に流れ着いたクズ。誰から生まれたかもわからない、痩せた捨て子。


 そんな、表の世界で生きて行くには難しい者たちが集まり出来た、もう一つの帝都『三途の対岸』

 自分は、そこに降り立った。


 ボロボロの木材とゴミで作られた、粗末な船着場に足を踏み入れると、商人は舟を漕ぎ出し、来た道を戻る。

「……スリと病気には、気をつけて……ま、気をつけた所でどうにかなりゃ、しやせんが……」


 自分は遠ざかる舟を一瞥(いちべつ)すると、街の中へと歩き出す。

 不快な水路の臭いとは違い、下品だが、腹に直接語りかける食事の匂いが、鼻腔(びこう)をくすぐる。


 生きる為には、食べねばならぬ。食べる為には、金がなければならぬ。

 そんな売り文句を掲げた屋台の看板が、目に入る。


 ……金の匂いとは、得てして人の欲を刺激するものなのだろう。

 そう思いながら、街を歩いていると、背後から、それも臀部(でんぶ)の部分から、小さな衝撃が走る。


「──あっ!」

 振り返ると、隻腕の少年が、自分の財布をスリとっていた。

 少年は一目散に路地裏へと走り出し、自分から逃げ出す。


 ……しょうがない、追いかけよう。


 ──自分は少年を見失わない程度に走り、人気の居ない路地裏へと歩を進めた。

─三途の対岸─


三途の対岸とは、帝都オーディエの一角にある、表の世界で生きることの出来ない人間が住まう、もう一つの都市、平たく言えば、掃き溜めである。

元々、三途の対岸は『サンクチュアリ』という、ノフィンの古い言葉で、聖域を意味する場所だった。

そのサンクチュアリには、元々多くの魔族が匿われていたと、街中では噂されている。

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