その21 提案
─前回のあらすじ─
遺跡の中、行方不明の兵士を捜索したヨミエル一行だったが、生存者は一人も見当たらず、捜索を終える。
その直後、誤解からギブルというエルフの少女に襲撃されるも、オーディエの執政官、カチカにより双方の誤解が解ける。
カチカ執政官が説明するに、ラナを保護していた二人の救助隊との連絡が途絶え、ギブルを捜索に向かわせた……。
救助隊…………恐らくそれは、自分がラナと出会った際、馬車の下敷きになって死んだ二人の事だろう。
話の辻褄は合う、疑問はあるが。
何故、一人の少女の為に執政官が動く?自分の疑問はそれだ。
「執政官殿……この魔族は──」
カメトルが何か言いかけると、カチカ執政官は手を翳す……「待て」と言っているのだろう。
「撤収の準備を、この場だけでなく、駐屯地の方も」
「……ハッ!」
カメトルはカチカ執政官に敬礼すると、撤収の為に動いた。
「この場ではゆっくり説明もできないでしょう…………着いてきてください」
カチカ執政官はそう言うと、踵を返して歩き出す。
この女、口調は丁寧そのものだが「自分に従え」という態度が透けている。
執政官という立場の、賜物だろうか……何にしてもあまり好きな態度ではない。
そう思いながら、自分はラナの手を借り、カチカに着いていく。
しばらくカチカに着いていくと、シェリーとミライの二人が、こちらに近づいてきた。
「……君、執政官とどういう関係だい?」
「そっちのウサギのオバ──げふぅっ!?」
「……イタイ」
シェリーがミライの脇腹に強烈な蹴りをお見舞いする。
「…………着きました、この場で今後の説明を致しましょう」
シェリーとミライを無視し、カチカはその場で止まると、自分たちは、すまーとふぉんにも引けを取らない、奇妙な物体を目撃する。
家屋に、車輪がついている……そう思えるほどに、巨大な鉄の箱。
煙突のついた黒鉄の車体……恐らく血炭製の巨大な馬車。
その後ろには、巨大な幌馬車が……しかも、貴族が乗るような箱状の幌だ。
圧巻…………その一言がこれ以上ないほど似合う物体が、目の前に鎮座していた。
「すごーい!!機関車じゃーん!!」
ラナが馬車を、機関車と呼称する……これも知っているのか?
「よくご存知で……さ、中へどうぞ、宜しければそこのお二人も」
カチカがそう言うと、箱から飛び出た階段を登り、戸を開け、機関車の中に入った。
自分たちもそれに続き、機関車の中へと入る。
機関車の中は、馬車の様な内装ではなく、もはや人の住む家屋……そう言っても差し支えないほどに、落ち着いた構造になっていた。
「すっごーい!!きれーい!!」
「血炭蒸気機関車か……初めて乗ったよ」
「……小綺麗すぎんな、俺にはあわねぇ」
「皆さんこちらへ」
内装を見回していると、カチカが部屋の一角にある、机を囲んだ椅子の一つに座る様促す。
自分たちはカチカに従い、椅子に座る。
見ると、机にはオーディエ近辺の情報を載せた地図が敷かれている。
「ギブル、あなたも座りなさい」
「…………できませぬ、魔族もそうですが、この者は危険です……魔族にここまで執着するなど、異常です」
ギブルは自分への警戒を解く様子はない……しかし、異常か……確かに、忌み嫌われている魔族に執着するなど、側から見れば異常だろう。
「ギブル、彼らには協力して貰いたい事情があるのです……わかりますね?」
「………………御意」
カチカの説得に、ギブルはカチカのそばに座る。
その手にはまだ、銃が握られている。
「銃を机に」
「…………」
ギブルは何も言わずに銃を机に置く。
しかし、銃口は依然として自分に向かっている。
「…………では、改めまして、私は執政官のカチカ・ロドブネ、どうかこのまま苗字でお呼びください」
「…………」
「ギブル」
「必要ありません、先ほど名乗り上げを──「話し合いは、戦と同じ、自己紹介から始まります」
「…………ギブル、我が名だ」
「ヨミエルとラナ、貴様らの事はわかっている。
全壊した馬車から、野営の後を追い、駐屯地まで追ってきたのだからな」
カチカとギブルの自己紹介が終わり、自分たちも、それぞれ自己紹介を終えた。
「それでは、まずはこちらの要望をお伝えします」
「ラナ様、ヨミエル様、単刀直入に申し上げます」
カチカが咳払いをし、真剣な眼差しでこちらを見据えると、その口からは、衝撃の一言から始まった。
「──ノフィン国は……世界は今、滅亡の危機に瀕しています……それを止めるには、ラナ様のお力が必要不可欠なのです」
「えっ……!」
「…………驚いた、まさかイかれた集団とノフィンの政治屋が同じ結論に至るとはな」
「……お二人がこの提案を良く思わないのは、重々承知しております」
「ですが我々は、フローシフ教団の様にラナ様を犠牲にする様な事は決して致しません」
「できもしない事を言うな、フローシフ教団と同じ結論に至った時点で、やり方が違うなどと言われてどう納得できる」
「ギブル、報告を」
自分の言葉に、カチカはギブルに何かの報告を促す。
するとギブルは懐から一枚の羽を取り出す。
『伝書梟の羽』怠惰の魔法に必要な供物の一つだ。
ギブルはその羽に魔力を送ると、羽から男性の声が聞こえてくる。
『──現時刻十三時、こちら観測隊のモーブ、魔物大戦の地、アヴァロンより報告します』
『現在、アヴァロンの「ある魔法使いの大樹」の一つが枯れ、大地の侵食が止まりました』
『原因不明の大樹の枯死、大地の侵食の停止、この二つの原因究明をしつつ、観測に当たります……報告は以上です』
アヴァロン……魔物大戦の地となったその都市の名に、自分は眉間に皺を寄せる…………。
しかし、大地の侵食の停止と大樹の枯死……この二つの報告に、自分は興味をそそられた。
「……アヴァロンの異変と同時刻に、ヨミエル様とラナ様は遺跡の中で、常夜の樹木に触れた……そうですね?」
「えっ、はい!なんでわかったんですか!?」
「やはり……実は、ある魔法使いの大樹には、アヴァロンの外へと続く根が地中深くに伸びている。という仮説があるのです」
「この仮説が正しければ、恐らくラナ様の勇者の力……それが遺跡に生えた根と反応し、アヴァロンの大地の侵食、これを止めることができたという事です」
「しかも、この方法にはフローシフ教団の「勇者を犠牲にして侵食を止める」という方法をとは違い、侵食を止めたという前例もあります」
「つまり、我々はラナ様に──「ちょっ!ちょっと待って!」
カチカの回りくどく、説明不足でわかりにくい説明に、ラナが待ったをかける。
「あの……アヴァロンとか、魔法使いの大樹とか、大地の侵食とか言われても、わかんないです……もうちょっとそこについて詳しく……」
「──失礼しました、それでは道すがら、ラナ様には詳しい事情を説明致しましょう」
カチカがそう言うと、机に敷かれている地図に、自身の指を這わせる。
何をしている?そう思った瞬間、部屋が急に音を立て、横に向かって進む感覚が、全身に伝わった。
自分は急いで窓から外の様子を探ると、驚愕した…………機関車が、動いている。
それも、馬車の何倍もの速度でだ。
「帝都オーディエまで参ります、ご安心を、ラナ様を捕える様な真似は決して致しません」
このアマ……!やってくれたな……!
「では、まず魔物大戦の説明から──」
カチカはラナに対して説明を始める。
自分は、その様子を見守るしかない……最終的に決めるのはラナだ。
しかし、もしたぶらかす様子が見られれば、執政官だろうと容赦しない。
そう思い、様子を見ていると、ある事に気づく。
──シェリーとミライ、ギブルがいない。
どこへ──
──「きゃあああああ!?!?」
突如、部屋の外から甲高い女の悲鳴が聞こえた!
「っ!?」
「え!?なに!?」
ラナとカチカもそれに気付き、カチカが声をあげる!
「展望デッキへ!後ろの扉です!」
自分はギブルが置いた銃を手に取り、展望デッキの扉を開く!するとそこには…………!!
腰を抜かすギブルと、背中越しに仁王立ちをし、外に向かって用を足すミライと、その…………腰に口を持っていくシェリー、混沌とした情報が、視界に流れた。
「き、き、キサマ〜!!白昼堂々と何をそんなハレンチなことを!!」
ギブルが少年にしては高い声で叫び、耳の先まで顔を真っ赤にしている。
するとシェリーが顔を上げ、ギブルに視線を合わせると、シェリーの口には火のついたタバコが咥えられていた。
「あぁ、ごめんよ、ライター使おうと思ったらミライが小便してたから仕方なくね」
「熱っつゥ!!?毛に火ぃついた!!」
「バカだねぇ」
「バカはテメェらだろ」
思わずそうツッコミを入れ、ギブルに手を差し伸べる…………恐らく自分の顔は、少し下衆な表情をしていただろう。
「ギブル君……いや、ギブルちゃんか、立てるか?」
「貴様ッ!我を愚弄する気か!!」
「え〜!?ギブルって──!?」
──ギブルは少年ではなく、少女だった。




