その19 スマートフォン
─前回のあらすじ─
ヨミエルとダアムの戦いは熾烈を極め、ダアムのその喉元にヨミエルの刃が迫るが、最後に立っていたのはダアムの方だった。
『──エル』
『──ミエル』
『──る、私の……』
──以前感じた気がする様な……暗く、深い、水底に沈んでいく様な感覚の中、誰かの声が聞こえてくる。
『ヨミエル……目を……』
「ヨミエル!!お願いっ!!目を覚まして!!」
その声を聞いた瞬間、意識が覚醒する。
そして視界には……以前見た顔の少女が、今にも泣き出しそうな必死な顔で、必死に自分を抱きしめていた。
「……ラナ」
「──!ヨミエル!!良かった!!生きてた!!」
……また、命を救われたな……。
刹那、自分は状況を思い出し、急いで立ち上がる。
「おいコラァ!!武器持ってんならテメェが戦えよッ!!」
「君こそ、戦うんなら武器くらい持ったらどうだい?道具を使えぬ猿ではあるまい?」
見ると、ダアムの操る大剣とミライが激闘を繰り広げ、シェリーがダアムに狙いを定めていた。
「……そこの君、ヨミエルという名なのか」
ダアムは自分に対して問いかける。
「いや……まさかな……」
するとダアムは顎に手を当て、思考を巡らせ始めた。
その隙を逃さず、シェリーがダアムに向けて発砲する!
するとダアムは風となって高速で移動し、大樹の枝木へと移動した。
「おいおいおい、どういう反射神経してんだい?」
シェリーが取っ手を動かして薬莢を排出し、もう一度ダアムに狙いを定める。
「……ここまでだ」
ダアムがそう言って手を叩くと、大剣が消え失せた。
「あ……?消えた?」
「諸君、俺はもう君たちに危害を加えるつもりはない……今のところ、だがねぇ」
……?どういうことだ?なにを言っている?
「そこの……あー、ラナだっけぇ?この木に良いものがある、調べてご覧、いや、調べなさい」
ダアムがそう言うと、一瞬にしてその姿を消し、何処かへと消え失せた。
……なんだ?なんだったんだ?あの男は……。
フローシフの教祖という事はわかるが、目的が不明すぎる。
いきなり襲いかかってきたと思えば、何かに気づいた様子でこの場から立ち去った。
「……ヨミエル?大丈夫?」
自分が呆気に取られていると、ラナが心配そうにこちらを覗き込む。
……このやりとり、二度目だな。
自分はそう思いながら「分からない」と口にした。
「あれ?これ、前にもなかった?デジャヴってやつ?」
ラナはまた意味の分からない単語を発すると、ミライとシェリーが、がしゃどくろを調べていた。
「これ、死んでんのか?いや元々死んでんだろうけどよ」
「ミライ、あんまり触れるな……恐らくそれ、兵士の死体を供物にして召喚した代物だ……そのままにしておいてやりな」
兵士の死体……自分は、この遺跡に入ってから、あの男以外に生きてる人間を見なかった事に気づいた。
……生存者の姿は見当たらなかった、全員死亡……その死者の中に、自分も入る寸前だった。
結果は惨憺たるものだ……ラナが落ち込まなければいいが……。
「……あの木……何かある……?」
そんな事を思っていると、ラナが突然呟いた。
見ると、ラナは樹木に何かを見つけ、そこに向かい歩を進めていた。
自分はダアムのその言葉を思い出し、ラナに警告する。
「気をつけろ、ダアムはそこに何かあると言っていた、罠かもしれない」
「うん……あれ?これって……」
ラナが樹木の前まで来ると、何かに気づく。
自分もラナの隣に行き、樹木の前まで行くと、不思議な光景を目の当たりにする。
樹木の幹、その間から、ミイラの様に乾いた死体がこちらに、何かを差し出す様に手を伸ばしていた。
見ると、その手には手帳の様なものが握られている。
これが……良いものか?
自分はミイラの手に握られている手帳を取り出そうと手帳を掴むが、かなり硬く握られていて取り出すことができない。
──しょうがない、切り落とすか。
自分は剣を斧に変形させ、ミイラの手首を「ちょ!?待って待って!」
自分の行動を、ラナが慌てて止めに入る。
「私がやってみる!だから切り落とすのはちょっと待って!」
「……確かに、ラナの膂力は度々とんでもない物を見せてくれた。
或いは、いけるかもしれないな」
「なんかヤな言い方だけど……まぁ良いや」
褒めたつもりだったんだが。
ラナは一呼吸置くと、ミイラの持っている手帳を掴む。
すると、ミイラの手が自然と開き、手帳は簡単に取り出すことができた。
「おおー!なーんだ、このミイラ結構面食いじゃん!」
自分は斧でミイラの手首を「わ〜!?待ってって!?」
ラナは手帳を裏返したりして、裏表を見る。
そしてその手帳の表には、白黒の……これはカエルだろうか、それとも豚か?何やら不細工な生き物の刺繍が施されていた。
「なんだそりゃ?豚か?」
「頑張れば犬に見えなくもないが……」
いつの間にかミライとシェリーが、ラナの手に持つ手帳を覗き込み、表面の生き物を予想している。
「……これ、犬だよ、多分フレンチブルドックかな」
犬か……しかし、ふれんちぶるどっく、の部分は分からなかった……この犬の名前か?
「なぁ、中に何が書いてあんだ?見てみろよ」
「うん、そうだね……」
ラナは何か引っかかるものがあるのか、恐る恐る、ゆっくりとその手帳を開く、すると……
──手帳の中に入っていたのは、四角く黒い鏡だった。
……これが、良いものか?確かに、物珍しい鏡ではあるが……。
「これ、もしかして……!!」
ラナは何かに気づいた様に鏡に指を置く、すると突然、鏡が光を発し、鏡の中に何かが映し出された!
鏡には、1から0といった、異邦表記の数字が並んでいた。
「……あ……」
ラナは数字に指を這わせて行くと、突如、鏡の数字が消え失せ、鏡の映し出す光景が変わった。
鏡には、丸みを帯び、下に落ちる雫の様に、尖った赤い模様が散りばめられ、小さな四角い何かの下に、ノフィン文字ではない、謎の文字が表示されている。
「なんじゃあこりゃ?シェリー、わかるか?」
「分からない……が、ラナちゃんの様子を見るに、何か重大な物である事は確かだね」
「……ラナ?どうした?」
「私……これ、知ってる……これ──」
「──スマートフォンだ」
「すまーとふぉん……なんだ?それは──『ウぅヴぁゥウッ!!』
突如、後ろから唸り声が聞こえ出した。
『こォノォくビイィ!!まだァ!落ちてオらァァん!!』
がしゃどくろが叫ぶと、転がったドクロに手脚が生え、こちらに襲いかかろうとしていた!!
「キメェ!何食ったらそんな体になんだよ!?」
「……ヨミエル、戦えるかい?」
「……大丈夫だ」
シェリーの問いに答え、自分は武器を構える……しかし、手指が震え、上手く構えることができない。
──自分の身体は、死に直面し、もはや自分の意思で身体を操る事すら、出来なくなっていた。
「──任せて、ヨミエル」
ラナが自分の前に立ち、すまーとふぉんを構える。
その顔つきは自信に満ち溢れ、頼り甲斐のある様にも見えた。
「なんか私、最強になったかも!」
『いイぃグぅうサあぁ嗚呼!!』
がしゃどくろが身体を丸め、回転しながら自分達に向かって突進して来る!
「──止まれ!」
ラナが止まれと叫ぶと、ラナの持っているすまーとふぉんから、赤く、巨大な三角形の盾が現れ、がしゃどくろの突進を防ぐ!
『ぐヌゥ!?』
がしゃどくろは勢いよく盾に衝突し、自身の身体を支えきれずにすっ転ぶ!
「まだまだ!ドローン!」
ラナが叫ぶと、ラナの周りに、虫の羽音を立てながら浮かぶ風車が数体、姿を表す!
「いけぇ!!」
がしゃどくろに向かって手を翳すと、風車が一斉にがしゃどくろに向かって体当たりを仕掛ける!
がしゃどくろに風車が当たった瞬間、風車が爆発し、がしゃどくろに無数のヒビが入る!
「パイルハンマー!!」
ラナが跳躍し、右腕を振り上げると、右腕に巨大な鉄の絡繰が装着され、それを落下と同時にがしゃどくろの眉間に突き立てる!
「トドメぇ!!」
小さな火花を散らしながら絡繰が変形し、爆発音が響く。
それと同時に絡繰の先端から、大きく、分厚い槍が飛び出し、がしゃどくろを地面ごと貫いた!
『ァあ……がッ……首……オ……ち……』
がしゃどくろはうめき声を発すると、とうとう動かなくなり、その命を絶った。
すると、がしゃどくろの体が青白く輝き出し、がしゃどくろから無数の半透明の蝶が飛び立つ。
それと同時に、がしゃどくろの体が消えていき、その全てが半透明の蝶へと変わった。
「……スッゲェ、いや……何が起こったんだ?」
「今のは、魔法かい?いや、それにしては奇怪すぎる……」
ミライとシェリーが目の前の出来事に混乱していると、ラナがこちらへ振り向き、自慢げな顔で言い放つ。
「ふふーん!どう?私、最強でしょ!」
──調子乗りすぎだ。そう思えるほど、満面の笑みで微笑んでいた。




