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その16 ダアム

遺跡に取り残された調査員の捜索を依頼されたヨミエルとラナは、冒険者のミライとシェリーと共に遺跡の中へと向かう、その際、死者の魂を貪る怪異「魂喰らい」に襲われるが、どうにか逃げ延び遺跡の最上階へと到達する。

そして、最上階に待ち受けていたものは、蹂躙された兵士と、不気味なエルフの姿だった。

 散乱する兵士の遺体と、大樹の枝に座り、こちらを見下ろす細身のエルフの男が、皮肉混じりにこちらへと拍手を送っていた。

「キメラを退け、更に奴らの群れから逃れてここまで来たことはぁ……まぁ、素直に賞賛してあげよぉか」


 男の姿が風の様に消えると、一瞬にして自分の目の前に現れる。

 見ると、男の格好は貴族の様に豪華絢爛(ごうかけんらん)な衣服の上に、赤いトーガを巻いた姿であり、当たり前だが……兵士ではない事がわかる。


「……けれどねぇ」

「その娘を(さら)うんなら、護衛に付けてた奴らもついでに殺しといてくれよ」

 男は自分に顔を近づけると、不機嫌とも、引き攣った笑顔とも取れる表情で自分を睨み、ネットリとした喋り方をやめ、底冷えする様な声色で自分に呟く。


「まったく!ワタシの信徒は仕事の早い奴らだぁ、しくじった護衛の一人を捕らえ、教団を裏切った報いだ何だとか言ってソイツを処刑したんだよぉ!」

「お陰でコッチはさぁ、さして興味のない死刑を見せられる羽目になったよぉ!」

 男は自分から離れ、大袈裟にやれやれといった身振りをすると、またネットリとした喋り方に戻った。


 信徒……男の口から出たその言葉に、自分はフローシフ教団のことが頭に浮かぶ。

 まさか……コイツがフローシフの教祖なのだろうか?


「この惨状は……貴方がやったの……!?」

 ラナが糾弾(きゅうだん)する様に男を問い詰めると、男は一瞬の沈黙の後、こともなげに答えた。


「……あぁ、自己紹介がまだだったねぇ、ワタシはフローシフ教団の教祖『ダアム』……ワタシの名を知れる事を光栄に思うが良い」

「だがぁ……自分の所属していた教団の教祖くらいは覚えていて欲しいものだぁ……まぁ、どうでもいいが」

「えっ……?」


 ラナが呆気に取られていると、ダアムと名乗った男は再びその場から姿を消し、今度は自分達の後ろに現れた。


「ローブを脱いだってわかるよぉ?君、アレだろ?報告にあったフローシフから逃げ出した魔族の少女だろう?」

 自分の疑念が確信に変わると、自分は武器を構え、ラナの前に立ちはだかる。

 するとダアムはまた、やれやれといった仕草をすると、自分を指差し、ラナに問いかける。


「……ほーう、そこの奴に絆されたかぁ……それともぉ……」

「死ぬのがこわぁい!……なんて、大方そんなとこだろ?」

「生憎だが、ラナはアンタたちの様に誰かを犠牲にしてまで生きながらえる様な連中じゃない」


 自分の言葉を聞いたダアムは、呆れた様にため息を吐き、口を開く。

「……まったく、これだから生物としての本分を忘れた奴は嫌いなんだ」


 底冷えする様なその声色は、心底呆れた様子であり、その視線も、まるで上位の存在が下の存在を見下すかの様に鋭く、冷たかった。


「まぁ、どうでもいいが、君のその不愉快な態度には、少しイラッと来たかな」

 そう言うと、ダアムは(てのひら)を口元に持っていき、鋭い犬歯を食い込ませると、思い切り手を引き、そのまま掌を引き裂いた。


 掌から血が流れ、それが床に滴り落ちると、ゆっくりと血溜まりが広がり、転がっている遺体に触れていく。


「気色悪りぃ奴だな、できりゃ拳じゃなくて蹴りでケリつけてぇな」

「駄洒落言ってる場合か」

 シェリーとミライが、武器を構えダアムを見据える。

 自分とラナも武器を構える……すると──


 ──半透明の蝶が、自分の視線を横切った。

 それは、戦場跡地で神隠しに遭う瞬間に見た蝶と、まったく同じだった。

「──!!これは!?」


 自分が驚愕の声を上げると、ダアムはニヤリとしながら口を開いた。

「あぁ、なぁんだ、君、この蝶を知っているのか?それともぉ……神隠しに遭って生き残った生還者という奴かなぁ?」

 ダアムはそう言うと、ベロリと自身の掌から流れる血を舐めとり、自分たちに見せつける様に舌を出す。


 すると、ダアムの口から一匹の蝶が羽ばたいた。

「すご!?何それ!?マジック!?」

 驚愕し、謎の言葉を発するラナを尻目に、ダアムは言葉を続ける。

「ククク……どうだい?美しいだろぉ?」

「だが、安心したまえ、今回は連れて行かないさぁ……()()()()()


 ダアムがそう言うと、床に広がった血溜まりがグツグツと沸騰(ふっとう)しだし、兵士の遺体が沈んでいく。


「──異なる世界、異なる魂よ、我が血に応え、その姿を顕現(けんげん)せよ」


 ダアムが謎の詠唱を開始し、兵士の遺体が全て血溜まりの中に消えると、血溜まりから半透明の蝶が無数に飛び出し、辺りを飛び回る。


 それと同時に、巨大な何かが、血溜まりから這い出てくる。

 それはガチガチと硬い物がぶつかり合う音を立て、その巨大な髑髏(しゃれこうべ)をこちらに向ける。


『がしャ……まダぁ……いグゥしゃジャ……』


「フン……この程度の供物じゃあ、これが限界か……さしずめ『がしゃどくろ』と言ったとこか」

 巨大なドクロを支える様に、幾人(いくにん)もの骸骨(がいこつ)が背骨、胸骨、肋骨、両の(かいな)、人の形を成すそれらを形成し、巨大な人の骸、その上半身が姿を現わす。


「キモっ!?何あれ魔物!?」

「魔法にしては、随分と凝ったものを使うじゃないか」

「魔法ぉ?フン、あんなものと一緒にされるのは心外だな……これから死ぬ君らに言われてもぉ……まぁ、どうでもいいが」


 自分たちは武器を構え、がしゃどくろと対峙する……その瞬間、ダアムが一瞬でこちらに迫ると、自分の腕を掴んだ!

「しかしだ、君、君だけはワタシの手で殺さないと気が済まない」

 ダアムは自分ごと高速で移動し、がしゃどくろの背後へと連れて行かれる!


「ヨミエル!?」

『イィぃぃぃグぅぅざァァ嗚呼!!!』

 ラナがヨミエルの方へと走り出すが、がしゃどくろが腕を振り回し、通り抜ける事ができない!


「ヤバいヤバいヤバい!!どうしよう!?」

「落ち着けラナ、今はコイツぶっ倒すのが最優先だ」

「ラナちゃん、焦る気持ちも分かるが、ヨミエルの腕を信用するしかない」



 ──皆から分断され、ダアムと一騎打ちの状況となった。

「さぁて、君はどう戦うんだい?剣士クン?」


 ダアムがそう言うと、掌を(かざ)す。

 すると、掌から流れる血が重力を無視し、横に伸びていく……そしてその血は一本の大剣の形を成すと、ダアムはそれを手に取り、血で赤く染まった大剣を血払いする様に振るうと、ダアムの手には黒色の大剣が握られていた。


 血炭(ちたん)の武器、ダアムの握っているそれは、まさに自分が手に持つ武器と同じ様な得物だった。


「おやぁ?ワタシの準備が終わるまで待つなんてぇ、随分優しいんだねぇ……それとも」

「……舐めてるのかなァ!?」

 ダアムが叫びと共に大剣を構え、突撃してくる!

 自分はダアムが横薙ぎに振り払った刃の下を潜り抜け、ダアムの後ろを取る!


「油断したなッ!」

 自分はダアムの背中目掛け、剣を突き刺した!


 しかし、ダアムに刃が当たる寸前、ダアムは盾にするように大剣を後ろに構え、自分の刃を防いだ!

 バカなッ!?血炭の武器とはいえ、そこまで素早く振れる大きさではないぞ!?

「油断しただって?これは失敬、なら、少し気を引き締めて遊んでやろうか」


 ダアムはそう言い、振り返ると同時に大剣を振り払う!

 自分はそれを剣でいなし、斧へと変形させながら遠心力を活かし、ダアムの頭に叩きつける!

 しかし、ダアムはこれも片手で軽く防ぎ、自分の刃を押し返した!


「君ぃ、ただのつまらん剣士かと思ったけどぉ、随分と面白い武器を使うねぇ……まぁ、遅すぎてワタシには当たらないかなぁ?」

 ──マズいな……勝てそうにはない……最善の手は、時間稼ぎくらいか。

─エルフ─


エルフとは、ノフィンから海で隔てられた大地『ホカイ・ドサンコフ』の地で、独自の進化と文化を築いた種族である。

彼らの特徴でもある長い耳は、エルフが生まれ育った極夜の森『アシバリ』その極夜に適応する為に発達したものである。

彼らはアシバリの中で永遠にその生を紡ぐと思われたが、歴史の転換期は突然に訪れた。

森の外から、人間が現れたのだ。

エルフは森の外へと抜け出す事はできない、何故なら、森の外へ行き太陽の光を浴びると、森の怒りを買い、木にされてしまうからだ。

その人間との出会いが、エルフにとって『純血』と『混血』の概念を生み出し、やがてエルフは、ノフィン統一戦争へと、その歴史を進める事になったのだった。

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