その15 魂喰らい
─前回のあらすじ─
一行は遺跡へと向かい足を運ぶが、道中の雑談の中、ヨミエルの過去にラナが触れたのだった。
──自分達の目の前には、山肌に切り開かれた、巨大な獣が大口を開けたよな洞窟があり、その中には塔のような古い構造物が鎮座し、新しくできた木の足場に囲まれている。
「俺たちはここで罠を張り巡らせ、待機しよう」
「キメラとの戦いを見るに、俺たちが入っては逆に邪魔になるだろうからな」
カメトルがそう言うと、周りの兵士に号令を出し、着々と準備を進めだす。
「ラナ、俺は見てねぇから分かんねえけど、死にかけの奴を治せんだろ?」
「死んだやつは生き返らねぇのか?」
ミライがそう言うと、シェリーがミライの脇腹に肘を突き刺した。
「いてっ」
「それが出来たらとっくにやってるだろうし、ラナだってそうしたかっただろうさ」
「悪いね、嫌な思いをさせたなら、先んじてコイツを殴っておいた、だから許してやってくれ」
「シェリーだってラナにやな思いさせたじゃねぇかよー」
「アハハ……」
「なら、急いだほうが良いだろう、まだ生きてる奴が居るなら、もうすぐ死んでもおかしくない」
「……そうだね、それじゃあ出発しよう!」
ラナの号令と共に、自分達は遺跡へと向けて歩きだした。
山肌に大きく開いた洞窟は、まるで巨大な獣が大口を開け獲物を待っているかに見え、その中には古びた遺跡が埋まっている。
近づいて見てみると洞窟と遺跡の大きさが分かり、奥に入るほどに陽の光が遮られ、暗くなっていく周囲の様子から、まるで自ら獣の大口へと飛び込むかの様で、恐怖とも緊張とも違う、背骨が痺れるような、なんとも言えぬ感覚が身体を襲う。
遺跡の入り口付近に着くと、ラナはランタンに灯りをつけ、遺跡の中を照らす。
「っ……!」
照らされた光の中には、血で汚れた足跡……複数の血痕……地面に落ちたランタン……そして、兵士の遺体を発見した。
遺体は激しく損傷し、側には抜き身の剣が落ちている……恐らく、キメラと戦ったのだろう。
「安らかに眠れ、仇はコイツらが獲っておいた」
「……他の人を探そう」
「まだ血で汚れていない足跡があるね、それを頼りに他の人を探そう」
まだ遺跡内に生きている兵士がいるかもしれない、警戒しながら進もうと心に決め、自分たちは遺跡の中へと向けて歩き出した。
「わっ……!」
遺跡の中に足を踏み入れると、中は巨大な空間となっており、壁伝いに、上へと通路が螺旋状に伸びていた。
そして周りには、星空の様に点々と淡い光が浮かび、まるで塔の中だけ、時間が夜に留まっているかの様に見えた。
しかし、中でも目を引くのは、空間の中央に聳え立つ巨大な樹木である。
樹木は遺跡の天井を突き抜けるほど巨大で、真っ直ぐ上に伸び、捩れを形成して生えている黒いそれは、まさしく常夜の樹木そのものだった。
「これは、常夜の樹木かい……?実物を見るのは初めてだが……しかし、なんでこんな場所に?」
「すごい……綺麗……」
「……感動してるとこ悪いが、兵士を助けにきたって事、忘れんなよ?」
「そうだった……だれかー!!いませんかー!!」
──クチャリ……クチャリ……
ラナが大きな声で叫ぶと、クチャリ、クチャリと……何処かから、何かを貪る様な音が聞こえ出した。
「静かに、何か聞こえる」
シェリーが声をあげると、全員が耳をすます。
『──クチャリ……クチャリ』
全員がしんと静まり返り、耳をすませていると、木の裏側から、柔らかい物を咀嚼する様な音がハッキリと、聞こえ始める。
自分はラナの側に行き、いつでも迎撃できる様に剣と銃を構える。
「……誰がいるの?」
ラナは剣を手に取り、ランタンの光を照らしながら、ゆっくりと木の裏側へと回り込む、自分もそれに続き、木の裏側を覗き込む……。
──視界には、異様な光景が映り込んだ。
兵士の遺体と、それに覆い被さる何かが、クチャリ、クチャリと音を立てていた。
獣でも、人でも……魔物でもない、自分達の背丈ほどのソレは、木目の様な模様と、枯れ木の様にひび割れた肌を持ち、頭部からは死人の様に乾いた白い頭髪が長く伸び、飛蝗の様に折り曲がった後脚で器用に体を支え、人の様な二本の腕で遺体を掴み、顔を近づけていた。
「ひっ……!」
ラナの悲鳴に気づいたソレは遺体から手を離し、後脚で人の様に立ち上がり、こちらに体を向けると、体の異質さが一際目立った。
内臓が詰まっているであろう腹は大きく膨れ、しかしそれ以外の体躯は骨と皮しかない程に細く、二つの腕には5本の大きな手指が見える。
そして不気味な事に、目や口がある筈の顔の部分にはそれらしき物が見当たらず。
代わりに、暗い空間が広がっている大きな穴が、顔に開いていた。
ソレは攻撃してくる訳でも逃げる訳でもなく、ただジッと、こちらを凝視してくる。
「どきな」
ミライがラナの前に立ち、ソレに近づくと……。
「オラァッ!」
思い切りソレを殴り飛ばし、ソレは後方へ勢いよく飛んで壁に激突し、地に伏したソレはビクンと大きく痙攣し動かなくなった。
……死んだのか?そう思っていると、ミライがソレを見ながら口を開いた。
「まぁ、いるとは思ってたが……一匹だけか?」
「なに今の…………ミライさん、知ってるの……?」
「まぁな、ノフィン統一戦争と魔物大戦の時によく見かけた」
「コイツの名前は『魂喰らい』人間の死体の魂を食べる魔物っつーか、妖怪の一種だな」
「そして、コイツらはめっちゃ人が死んだ場所に現れる」
魂喰らい……魔物大戦の時、名前だけは聞いていたが、まさか本当に実在するとは思わなかった……。
それにしても、魂喰らいに遭遇した事があるとは、この男は一体どんな戦場を渡り歩いて来たんだ?
「妖怪……って、本当にいるんだ……」
「あー、妖怪っつーのは……魔物でも動物でもないって感じだから今はそう呼ばれてるって感じだ」
魂喰らい……姿から感じるその異質さもそうだが、何より異質なのは兵士の遺体だ。
クチャリクチャリと、恐らく遺体を貪っていたのだろうが、遺体にそれらしき痕跡は全くない、ミライの言った通りなら、本当に遺体の魂を喰らっていたのだろう……。
「魂喰らいは一匹程度なら襲ってくることはねぇ、ぶん殴っとけばビビってどっか行──」
ドチャリ!
──黒いナニかが、上から降ってきた……。
ドチャリ!ドチャリ!
見上げると、幾つもの魂喰らいが上からこちらを覗き込んでおり、どんどんと上から身を投げ、こちらへと降り注いでくる!
気がつけば、周りには数匹の魂喰らいが集まり、こちらにジリジリと近づいてくる!
「っクソがァ!魂喰らいがこんくらい集まると生きてる奴だろうと襲ってくる!」
「ダジャレ言ってる場合かい!」
シェリーが銃を構え、魂喰らいに向けて発砲する!
閃光が放たれ、銃声と共に一匹の魂喰らいに命中する!
「撃つなシェリー!」
「えっ!?撃っちゃマズかったかい!?」
「コイツらは光と音、そして呼吸を頼りにこっちに襲いかかってくる!」
ミライの言う通り、魂喰らいが銃声を聞きつけ、どんどんと自分達の方へと向かってる……気がつけば、周りを無数の魂喰らいに取り囲まれていた。
「……それなら!」
ラナは持っていたランタンを遠くに投げ飛ばし、その光に釣られた数匹の魂喰らいがランタンの方へと群がる。
「今のうちに一匹ずつ倒していけばなんとかなるかも!」
ラナがそう言った瞬間、ミライに殴られ先程までピクリとも動かなかった魂喰らいが立ち上がり、こちらへと向かってきた!
「うそ!?」
「オイオイオイ……初めて見たよ、ミライに殴られて死なない生き物は」
「コイツらは死んでも死なねぇ!数秒動かなくなるだけだ!」
「上まで逃げんぞ!走れ!」
ミライの掛け声と共に、全員が上へと続く通路へと走り出す!
ランタンに群がっていた魂喰らいが足音を聞きつけて自分達を追いかけてくる!
「追ってくる!ど、どうしよう!?」
「ミライ!対処法は!?」
「太陽だ!コイツらは日の光で消えてなくなる!日の光が当たるとこまで逃げるぞ!」
上から漏れ出る陽の光を頼りに、獣の様に追いかけてくる魂喰らいから逃げ、血で染まった通路を駆け抜ける!
「きゃっ!?」
横で走っていたラナが血で足を滑らせ転倒する!
魂喰らいがラナに向けて飛びかかった瞬間、自分はラナの前に割り込み、銃弾を撃ち込み魂喰らいの胸に命中させる!
「ヨミエル、逃げ──「立てるか!?」
ラナの手を掴み立ち上がらせるが、魂喰らいがもう目の前まで近づいてきていた!
マズい──!!
魂喰らいの手が届く瞬間、銃声が響き渡り、目の前の魂喰らいが体勢を崩し、ミライがそれを掴み持ち上げると、魂喰らいの群れへとぶん投げた!
「うおラァァーーッッ!!」
群れの中に魂喰らいが叩きつけられ、群れの動きが止まった!
「走れ!!もうすぐだ!!」
ミライに急かされ、自分はラナの手を引きながら通路を駆け、とうとう通路の終わりへと差し掛かる!
「──!扉か!ミライ!」
「おう!」
シェリーの声と共にミライは肩を突き出し、扉へと突撃し突き破る!
自分達もそれに続き扉の向こうへと飛び込む!
最後に自分とラナが部屋の中に飛び込むと、自分は一匹の魂喰いに組み付かれ押し倒される!
「ヨミエル!!」
魂喰らいの暗闇が目の前に広がるその時、魂喰らいの体が粉のように散っていき、やがて完全に消え失せると、自分の視界には崩れた天井の間から見える陽の光が映り込んだ。
そして、壊れた扉の先に視線をやると、先ほどまで追ってきていた魂喰らいの群れも漏れ出た陽の光に当たり、全てが粉となり散っていた。
──どうやら、逃げ切る事ができたようだ……。
「ハァ……ハァ……!!」
「ここまでくればもう大丈夫だろ」
「…………よかった〜!」
肩で息をしているシェリーを横目に、ミライがそう言うと、ラナはその場にへたり込んだ。
自分は立ち上がるも、魂喰らいの群れから逃げる為に死に物狂いで走っていた為か、暫くの間動けずにいた。
「おや……もうここまで来るとはね……」
声のした方向に視線を向けると、そこには悲惨な光景が広がっていた。
枝木の先に半透明の葉をつけた大樹の周りには、複数の遺体が散乱し、遺体には樹冠から散った木の葉が雪の様に積もっている…………。
そしてその常夜の樹木の枝には、尖った耳を持つ種族……エルフの男がこちらを見下ろしていた。
「まったく……熱心な信者共の報告で来てみれば……なぁんだ?君の様な冴えない奴が、その娘を連れ出したのか?」
──目の前に広がる、残酷な光景と奇妙な男を前に、自分は銃に弾を込めた。
─魂喰らい─
魂喰らいとは、ノフィン統一戦争と魔物大戦に現れた、人でも、獣でも、ましてや魔物ですらない怪異である。
彼らは人が大勢死んだ夜に現れては、死体の周りを彷徨い、クチャリと音を立てながら、死体に顔を近づける。
名前の元となった一説には、彼らは死体の魂を食べていると言われている。
その為か、ノフィン統一戦争後は死んだものは火葬し、肉体から魂を解放するというのが、一般的な葬儀となっている。




