その11 異形狩り
─前回のあらすじ─
駐屯地へと辿り着いたヨミエルとラナは、魔族という忌み嫌われる身分がばれ、窮地に立たされる。
しかし、そんな中、キメラの襲撃という新たなる窮地によって、駐屯地内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化すのだった。
大地を染める血潮、辺りに響き渡る悲鳴、貪られた死体……周りから見える情報が、今この場に顕現した地獄をまざまざと見せつけ、天高く登った太陽が劇の主役を見せつけるかの様に、この惨状の主を照らしている。
獅子の頭に山羊の蹄、そして蛇の尻尾、食べる物も子孫の増やし方も違う、文字通り三者三様のそれぞれが合わさった、人一人が収まる天幕程の大きさの化け物が、唸り声を上げ辺りを威嚇している。
ノフィン統一戦争の産物……その言葉だけで、自分の相手が、人を殺すことに特化した化け物という事がわかる。
油断はできない、自分は剣と銃を構え、目の前の化け物に対峙する。
その瞬間、それに呼応するかの様に獅子の鉤爪が風を切りながら、こちらに襲い掛かる。
山羊の蹄から繰り出される素早い瞬発力が、一気にその距離を詰め、刃の様に鋭い鉤爪が自分の前に迫り来る。
自分は素早く身を屈めながら鉤爪の下を潜り抜け、すれ違いざまにキメラの胴を斬りつける。
キメラの胴に刃が到達した瞬間、自分はキメラが如何にしてノフィン戦争の産物と呼ばれるまで、その生命を繋ぎ止めたのかを、改めて実感した。
全力で振るった刃が、まるで鋼鉄の塊に刃を這わせているかの様に皮膚に阻まれ、振り切る頃には、キメラの皮膚を傷つけるだけに終わった。
──傷をつけられた。
それに気づいたキメラがこちらに向き直り、まるで品定めでもしているかの様に、二つの頭がこちらを見据えると、その目は獲物を狩る捕食者の目から、狩りの邪魔者を殺す、化け物の眼へと変わった。
二つの頭は狩りを中断し、目の前の邪魔者にその怒りを向けた。
ノフィン統一戦争を生き残った化け物の殺意が、自分に対して向けられる。
一人の人間と、戦争によって生み出された化け物、戦いの結果など、側から見れば火を見るより明らかだろう。
しかし自分は、この様な修羅場は何度も潜り抜けてきた、お前も、潜り抜けた修羅場の一つにしてやろう。
その思いを皮切りに、自分とキメラは互いに距離を詰め「戦い」が始まった。
再度キメラの鉤爪がこちらに迫る。
今度はすり抜けられぬよう、上から叩きつけるような一撃が襲いかかる。
自分は迫る鉤爪に刃を合わせ、キメラの攻撃をいなす。
刃から火花が散り、キメラに一瞬の隙ができる、しかし、キメラの後方から蛇の牙が自分に襲いかかる。
自分はそれを跳んで躱し、そのまま蛇の頭の上を取る、そして剣を斧へと変形させながら、蛇の頭を踏みつけもう一度跳躍する。
──斬る場所は最初から決まっている。
山羊の脚、獅子の胴体との境目を狙い、落下の勢いを乗せて斧を振り下ろす。
全体重が乗った刃は、胴体を斬った時と違い、まるで滑る様に刃が入り、山羊の脚を一つ斬り落とす。
『ゴオォオッ!!』
山羊の脚が宙を舞い、キメラは咆哮をあげながら近くの天幕に寄りかかり、その体重に耐えきれなくなった天幕を崩壊させながら、倒れ伏した。
やはりな……獣の一つ一つが強靭だが、人の手が掛かった箇所は、さほど堅くはない。
蝋で繋ぎ止めた様に走る、獣と獣の境目、その赤黒い皮膚、狙うべきはそこだ。
──しかし、弱点はわかったが、同じ手は通用しないだろう。
……彼らにも協力してもらうとしよう。
自分はキメラを挑発する様に、銃を発砲する。
放たれた弾丸は獅子の頭に当たり、獅子の顔に自身の血潮がかかる。
キメラがそれに気づくと、怒り心頭といった様子で自分を睨み、自分を追いかけようと踠き出す。
そうだ、それでいい。
自分は踵を返すと、キメラを誘き出す為、駐屯地の外へと全速力で走りだす。
そしてそのまま、自分は目の前の出来事に呆けている兵士たちに向かって叫ぶ。
「兵士の役割はなんだ?このまま恥を晒したくなければ、駐屯地内の黒色火薬を集めろ!」
自分の言葉を聞いた兵士たちは、いきなりの命令にまごつき、辺りを右往左往としている。
……役に立ちそうにはないな。
「聞こえたかッ!!このまま部外者に言われっぱなしか!!ありったけの黒色火薬を集めろ!!」
カメトル団長の一言が鶴の一声となり、堰を切ったように兵士たちが一斉に動き出す。
『ゴォオアッッ!!』
──!カメトルの行動に感心している場合ではない、倒れていたキメラが立ち上がり、残った三本の脚で走り出した。
自分は駐屯地から飛び出し、近場の森へと全速力で駆け込む、キメラもそれを追いかけ、森の中へと入り込む。
どうやら、相当頭に血が昇っている様子だ。
罠に飛び込んでいるとも知らずに、無我夢中で逃げる自分を追いかけている。
所々に木の生えた森の中、人の身では問題ないが、キメラの様に大きな体躯では思う様に動けない。
その事にようやく気付いたキメラが追跡を止め、その場に留まる。
残念だが、もう遅い。
自分は走りながら目の前に生えている木を蹴り付け、キメラの方向へと飛び込む。
そして斧を剣へと変形させ、キメラの瞳を狙い澄まし、斬りつける。
キメラの瞳に刃が一閃し、視界の一つを奪う。
『──ッ!?!?』
追い詰めていた筈の獲物からの反撃。
予想外の攻撃にキメラは驚き、叫ぶ暇もなくその体躯を大きくよろめかせる。
好奇──!!
自分は剣を斧へと変形させ、もう片方の山羊の脚へと斬りかかる。
──しかし、自分の刃が届くその寸前、手から斧が離れ、自分の体は宙を舞った。
気がつけば、蛇が自分の体を締め上げ、蛇の頭が自分を睨んでいた。
怯えている獅子を他所に、蛇は虎視眈々と、自分が油断するその瞬間をうかがっていたのだ。
武器を落とした自分は、締め付ける蛇の拘束に抵抗を試み、もがく事しかできない。
そして蛇がその口を大きく開き、牙を自分に突き立てる。
その瞬間、蛇の拘束が緩み、自分は銃を持った手を抜き出し、蛇の口へと向かって発砲する。
弾丸は蛇の口へと吸い込まれていき、そのまま蛇の脳天を貫く。
蛇は弾丸の衝撃で拘束を解き、自分は地面へと落とされる。
落下の衝撃で肺の空気が抜け、自分は隙を晒す。
その隙に気付いた獅子が、自分に向かって鉤爪を振り下ろす。
自分は咳き込みながらも武器に手を伸ばす……だが、間に合わない──!!
「──ハァっ!!」
自分に鉤爪が振り下ろされる瞬間、ラナが目の前に立ちはだかり、手にした剣で獅子の鉤爪を防ぎ、キメラとの鍔迫り合いとなる。
「グぬぬっ!……おりゃーッッ!!!」
すると、ラナは力任せに刃を払い、キメラを押し倒す。
その体躯のどこにそんな力が!?
自分は目の前の光景に驚愕するが、すぐさま武器を拾い、ラナに叫ぶ。
「何故ここに来た!?早く逃げろ!!」
「やだっ!私だって戦えるのに、守ってもらってばかりなんて性に合わないし!!」
自分の言葉にラナは反論し、キメラに対して武器を構える。
それと同時に、蛇を引きずるキメラがこちらを睨む。
どうやら……言っても無駄な様だ。
自分は武器を構え、ラナに助言をする。
「時間を稼ぐ事だけ考えろ、攻撃はせず、防御に集中しろ」
「……わかった!」
ラナの言葉を皮切りに、キメラがこちらに襲いかかる。
自分とラナは二手に分かれ、キメラの狙いを分散させる。
獲物が増え、混乱した末にキメラはラナを狙い、獅子の鉤爪を振り下ろす。
「わっ!?あっぶな!?」
攻撃が来るたびにラナは驚愕するが、紙一重で避け、避けきれぬ攻撃は剣でいなしている。
まるで顔つきや言動と一致していないが、その姿は達人の様にしなやかで無駄がない。
自分はキメラの後ろ、蛇の頭がある位置へと移動し、尻尾の様に生えた蛇に狙いを定める。
それに気付いた蛇が頭を持ち上げ、舌を鳴らしながら自分を睨む。
まだ完全には死んでいないか。
自分は銃を懐にしまい、両手で斧を天高く構え、蛇の攻撃を待つ。
──長き一瞬の後、蛇が自分に向かい突撃してくる。
「貰った!」
自分は一歩力強く踏み込むと同時に、天高く振り上げた斧を蛇の頭目掛け、一直線に振り下ろす。
刃が蛇の頭に空いた風穴を切り開き、縦一直線に蛇を両断した。
『──!?ゴガァアアッッ!?!?』
蛇の生命力が裏目に出たのか、死ぬ間際の痛みを獅子がゆっくりと味わい、辺りの木々にぶつかりながら、のたうち回っている。
「こっちだッ!!今のうちに来い!!」
遠くからカメトルの声が聞こえ、見ると、二つの木々に複数の赤い樽を括り付け、地面には黒い火薬が敷き詰められている。
流石、兵士の一団を束ねるだけはある、自分のあの言葉だけでここまでの作戦を実行できるとは。
自分とラナはカメトルの元へと走り出す。
すると、キメラが反射的に獲物へと喰らいつく様に、痛みにのたうちながら、自分たちを追いかける。
「ヤバい!追いつかれる!?」
「飛べッ!!」
足元の火薬を踏みつける感覚の中、自分たちは前へと飛び込み、地面に伏せる。
「撃てぇぇッッ!!!」
カメトルの号令と共に数発の銃声が響く、その瞬間、
耳をつんざくような轟音が鳴り響き、背中から熱風が伝う──
──耳鳴りが治り、立ち上がって振り返ると、火が立ち込めるなか、黒く焦げたキメラの亡き骸が横たわっていた。
「消化活動急げ!山火事になる前に辺りの木を切り倒すんだ!」
カメトルは手早く命令を下し、辺りの兵士が消化活動に取り掛かる。
「やった……やった〜!!やったよヨミエル!ハイターッチ!」
ラナが喜びながら飛び跳ねると、謎の言葉と共に自分に手のひらを見せつける。
「……なんだそれは?」
「もぉー、知らないの?皆んなで協力して、やったぜ!って時にお互いの手をパチってやるんだよ!」
パチっ……の部分はよく分からなかったが、自分もラナと同じように手のひらを見せつける。
「──まだ生きてるぞ!!」
カメトルの言葉に、自分は横を見ると、キメラの鉤爪が自分の直ぐ目の前に差し迫っていた。
「しまっ──!!」
死を覚悟した瞬間、数発の銃声と共に、キメラが怯み、何者かがキメラの顔面に拳をめり込ませる!
すると、黒焦げになったキメラはとうとうその命を絶ち、地へと倒れ伏した。
「──運が良いな、異形狩り……コイツと違ってよぉ」
自分の目の前には、自分の事を異形狩りと呼ぶ男が立っていた。
男は革製の外套を身につけているが、その上からでも分かるほどに、筋骨隆々で、かなりの巨体に見えた。
「当たんなくて良かったよ、なにせ、銃を撃つのは慣れていないのでね」
見ると、赤い頭巾を被った女性が、不思議な形をした長銃を構え、銃口から煙を上げている。
「……カッコいい……!」
──煌めく瞳で、ラナが呟いた。
─キメラ─
キメラとは、三つ以上の獣が混ぜられた魔物のことを指す。
大抵は二つの獣の頭に、三つの獣の特徴が現れるが、その際、草食の獣と肉食の獣の頭を同時に付けてはいけない。
そうすると、キメラは自身の身体を獲物と認識し、自らを捕食する「矛盾捕食」と呼ばれる現象を引き起こす。
しかし、ごく稀に知能の高いキメラは矛盾捕食を引き起こさず、共存する個体もいるらしい。




