ルール違反
「やっ。」
澪が先生に呼ばれている間、下駄箱で待っていると俺にそう声をかけながら舞が階段から降りてきた。
「あぁ、そういえば最近はバイト先に来てないみたいだな。」
舞は定期的にカフェに来ていて、最近はあまり姿を見かけなかったので少し気になった。
「うん、ちょっと思うところがあってね。」
そう話す舞の様子からは僅かな陰りが感じられた。
「そうか。」
あまり深く詮索するのもどうかと思い俺はそこで話を切り上げようとする。
「あのね、少しだけいいかな?」
しかし、そうもいかなかった。舞は何かを決めたのか表情を先ほどよりも引き締めて俺に声をかけてきた。
「あまり時間はないが話を聞くだけならいいぞ。」
周囲に視線を向けるとみんな帰ったり部活に言ったりしたのか周囲にはほぼ人はいなかったのを確認してからそう答える。
「この間言ったよね。ゲームをしようって。」
「あぁ、そう言ったな。それがどうかしたのか?」
「ちょっと謝りに来たんだ。私は、たぶんルール違反をしちゃったから。」
「ルール違反だと?」
『ルール違反』その単語に俺は思わず顔を顰める。
「聞いたよ、淳君は小学生の頃、周囲の男子の恨みを買って暴行にあってたんだってね。」
「・・・。」
「澪ちゃんは中学生の頃、悪い噂があった高校生の男子生徒にストーカー被害に会い、最後には襲われそうになったらしいね。確か、襲われそうになる寸前で誰かに助けられたとか。」
「・・・。」
次々と舞の口から出てくる言葉を俺はただ黙って聞く。舞はそんな俺と視線を一向に合わせようとはしなかった。自分自身、今どんな表情をしているのかわからない。
「淳君に対するいじめはある人物が身代わりとなることで騒ぎは収まった。淳君と澪ちゃんを助けた人物はわからない。その人はそう言ってたよ。でも、私ならわかるんだ。」
舞の話を聞いている俺は体の血液がどんどん冷えていくのを錯覚した。
「昔のままならわからなかったかもしれない。でも、今ならはっきり言える。」
そう続けて舞は当時の淳や澪ですらも気づかなかった真実を述べた。
「・・・二人を助けたのは、ううん。二人の身代わりになったのは翔君なんでしょ。」
舞は俺に答え合わせを求めるのではなく断言してきた。俺はその言葉に何も答えない。答えられない。
「それで?お前は何が言いたいんだ。」
だからこそ、俺はこう答えるしかなかった。
「そもそも、このゲームは成立してすらいないんだよ。だって、翔君はそもそも誰にも心を開いていないんだから。だからさ、」
舞は一息おいてから話を続けた。
「・・・私ももう遠慮はしない。先に、違反したのは翔君なんだからどんな手を使っても文句はないよね。」
そう一方的に言い切って、舞はその場から去っていった。
「・・・どうしたの、そんなボーっとして。可能性はあったんだからさ。」
「趣味が悪いぞ。」
舞がいなくなるなり背後から出てきた澪にそう答える。
「だって、戻ってきたと思ったら興味深い話をしてるんだもん。それに、私も関係してるんだからさ。」
澪は舞の立ち去って行った方向を見ながらそう呟く。その言葉は心なしか弾んでいるように聞こえた。
「いつまでも、隠し通せるほど人生甘くないって、こと。」
澪はそのまま歩き始めた。
「なぁ、澪。」
「ん?」
「俺はどうすれば良かったのかな。」
「・・・知~らない。ただ一つだけ言えることはあるよ。」
「・・・。」
「いつまでも目をそらし続けられるほど『田宮 翔斗』っていう人間は強くないってこと。」
「俺がそんなに強くない、か。」
この瞬間から止まっていた歯車はゆっくりだが確かに動き出した。




