後輩の我が侭
現在は土曜日、俺はデパートに買い物に来ていた。そして、施設内を散策しているとある人物と目が合った。
「あっ!」
「・・・。」
その人物の正体は藤本 明日香だった。藤本の反応から無性に嫌な予感がした俺はすぐさま踵を返した。
「ま、待ってくださいよ!」
後ろを振り返ると藤本が走って追いかけてきていた。
「・・・(ダッ!)」
俺は無言で走り出した。そこから先は鬼ごっこだった。
「ちょっと!なんで逃げるんですか!」
藤本は急に走り出した俺を追いかけてきた。さすが、全国レベルの陸上選手なだけあって足はとても速かった。
俺は5分と持たず捕まった。
「それで、なんで逃げたんですか?」
場所は移り、俺はデパート内のレストランで藤本に説教?をされていた。
「なんか嫌な予感がして・・・。」
俺が背中を丸めながら後ろめたそうに答えると藤本は妙にドスのこもった声で「へぇ?」と言った。あまりの迫力になぜか体が震える。
「・・・先輩ってこの後、暇ですよね?」
「いや、暇なわけじゃないんだが・・・。」
「暇ですよね?」
「はい、暇です。」
事実、買い物の予定もあるので暇なわけじゃないのだが先ほど逃げ出した後ろめたさもあって頷かざるを得なかった。
「それで、俺に一体何のようだ?」
俺のことを「クソ虫」扱いしているこいつが淳ではなく俺を買い物に付き合わせる意味が分からなかった。
「先輩って時坂先輩と幼馴染なんですよね?」
レストラン以降、黙っていた藤本が唐突に聞いてきた。
「あぁ、そうだがそれがどうかしたのか?」
「なら、時坂先輩が好きそうな服を買うのに手伝ってください。」
藤本は割りとあっさり俺を買い物に付き合わせる理由を言った。
「それなら、澪を誘えばよかっただろ?俺は女物とかよく分からないし。」
「・・・私、成宮先輩とはそれほど仲がいいわけではありませんし。それに、成宮先輩はライバルですから。」
どうやら、藤本は澪が淳のことを好きだと勘違いしているらしい。
「あのな・・・。澪は淳のことが好きなわけじゃないぞ。」
「えっ!?それ、本当ですか!?」
俺がそのことを話すと藤本は驚いた様子で聞き返してきた。
「あぁ、本人が言ってたからな。」
「そうなんですか・・・。」
俺が1年生のときに聞いたことを話すと藤本は少し喜んでいた。淳を狙うライバルが減ってうれしいのだろうか。
「ともかく!付き合ってもらいますからね!」
藤本は強引に俺を手を掴み、また走り出した。
「なぁ、どれだけ買うんだ?」
俺は両手に何個もの服が入った袋を持ちながら藤本に呼びかけた。
「ん~、どうしましょうかね~。」
藤本は口ではそう言いながらまだ服を見ていた。すでに、二人で回り始めてから2時間がたっていた。俺はすっかり荷物持ちとして有効利用されていた。
「先輩?」
「うわっ!」
考え事をしているといつの間にか目の前に藤本が来ていた。
「な、何ですか急に驚かさないでくださいよ!」
「それはこっちの台詞だ!」
〔あら、仲の良い子達ねぇ。〕
〔ママー、あの人たち元気いっぱいだよー?〕
言い合っていると、すれ違う通行人の視線と声が痛かった。
「・・・帰るか。」
「・・・そうですね。」
俺たちは周囲の人の呟きを聞かないようにしながら家路についた。
「お前のせいで買い物が出来なかっただろうが。」
「別に良いじゃないですか。こんな可愛い後輩とデートが出来たんですよ、役得じゃないですか!」
俺の言葉が気に食わなかったのか藤本は大声で反論して来た。
「他の男が好きな奴とデートして何が楽しいんだよ。」
「あっ、なんかすみません。」
俺がごく当たり前のことを言うと藤本はなぜか謝ってきた。
「ここまでで大丈夫です。」
鳴動高校の近くで藤本は急に言ってきた。
「そうか。じゃあ、気をつけろよ。」
「はい、今日はありがとうございました!」
藤本は元気よくお礼を言って荷物を俺の手から奪い取ってから走り出した。
「・・・なんだ、普通にお礼言えんじゃねぇかよ。」
破天荒な少女の背中が見えなくなるまで待ってから俺も家に帰っていった。




