完結編
逃げたのだと言われれば否定はできない。
愛する人と愛する従妹が寄り添う姿を見続けることに耐えられなかった。
王妃の姪であり、王太子と王太子妃の従妹であるフィリアは、お茶会や夜会に呼ばれれば登城しないわけにはいかなかった。
従兄妹が結婚するまでは親しくつきあっていたのだ。突然距離を置くことなどできない。あまりに不自然だ。
だから何でもない顔をして登城して。何でもない顔をして二人に接して。部屋で一人泣く。
そんな日々に終わりを告げたかった。祝福しながらも、心のどこかではそうできない自分を見るのも嫌だった。
そのために必死に両親を説得して。いつの間にか冷静さを失って泣いて訴えていたので、一体何を言ったのかを覚えていないのだけれど、両親は頷いてくれた。
そうまでして一人、従兄妹の前から姿を消した、のに。
「今戻った、フィリア」
「ヴィ、おかえりなさい」
どうしてだろう。
ヴィンラージが追いかけてきた。何もかも全て捨てて、フィリアを追いかけてきた。
覚えたのは罪悪感。どうしてと泣いた。帰ってと怒った。なのにヴィンラージは聞かない。嫌だと言って抱きしめる。どんなに拒絶してもヴィンラージは退かなかった。
嬉しかった。
罪の意識を覚えながらも、嬉しかった。
愛する人が全て捨てて追いかけてきてくれたのだ。喜ぶ気持ちがないはずがない。
けれど、だ。けれど彼が持っていたものはかけがえのないものだ。代えられるものなどない、大切な大切なものだ。
家族。
臣下。
王位。
国。
それら全てとフィリアがつり合うはずもない。
マリィアだっている。子供だっている。彼らが傷つき、涙するのだ。フィリア一人のためにそうしていいものではない。
だから受け入れられず、拒み続けて。
そうして……受け入れた。
三年だ。
三年。
ヴィンラージを拒んだ年月。ヴィンラージが諦めなかった年月。負けたのはフィリアだった。ヴィンラージの背中に手を回してしまった。囁かれる愛に愛を返してしまった。下りてくる唇を受け入れてしまった。
罪深い。
従妹を裏切った。
従妹を、その子供達を傷つけた。
伯父と伯母から息子を奪った。
国から王太子を奪った。
それでも、もう手放せない。
一度手放した相手が、再びこの手にある。その幸福を味わってしまえば、もう離せない。
「フィリア」
ヴィンラージの大きな手に頬が包まれる。
目を上げればこちらを見る真摯な目にフィリアの姿が映っているのが確認できる。
「愛している」
近づいてくる顔に目を伏せて。
唇に触れる吐息に手を伸ばして。
絡まる指と指に力を込めて。
「私も愛してるわ、ヴィンラージ」
従妹の泣き声が聞こえた気がしたけれど、神殿の鐘の音に掻き消されて確かめる術を失くした。




