後宮の真実と侍女マリー
私の部屋は意外と広かった。 グレブリント王国にある私の部屋の五倍はある。広すぎるのも落ち着かないなぁ……侍女を連れてくることを前提に用意されてたのかな?
まあ、かなり疲れてたから熟睡できたんだけど。体も洗わずに……でも気分はすっきりかな。
あ、ノックの音。こんな朝から誰だろう?
「入ってよい」
「失礼いたします。本日より王女殿下のお世話を担当いたしますマリーと申します。よろしくお願いいたします」
うわぁ色が白ぉい……超きれい……でも耳、どうなって、え? ないの?
「ボニベリア・グレブリントである。よろしく頼む。さっそくだが質問がある。総取締殿が『それなりの働き』と申していた。ここでの働きとは妾は何をすればよい?」
力仕事は結構得意なんだよね。
「ではこの後宮の仕組みからご説明いたします」
ふむふむ。へー。ほー。そうなんだ。びっくり。
後宮って言うぐらいだから現在の国王であらせられるサイファル陛下の側室や妾がひしめいているのかと思えば、行き場を失った女を保護するための施設だなんて。
そもそも戦乱の影響でたくさんの男が死んだから生活に困る女が多かったと。その救済のために初代国王ムラサキ公が建設されたのが始まりなのね。当初の名前は百合園だったのに、時とともに後宮と揶揄されるようになったと。というかもうみんな普通に後宮って呼んでるよね?
マリーさんは夫の暴力で両耳を切り取られてここに逃げてきたんだね。ぐすっ……なんて酷い。
そもそも初代国王ムラサキ公はメアリベル妃しか妻がいなかったのは有名な話なのに。どこで話が曲ったんだろう。男の嫉妬かな?
「というわけでして、ここの女は各々が持てる技能を活かして働いております。ここでの働きが一人前と認められた者には国王陛下直々に紹介状を書いていただくことができるため、何をするにしても今後の人生が輝くこと疑いないでしょう」
ふむふむ。そうやってここを出ていくのも自由、ここで働き続けるのも自由なんだね。ただしここで働き続けても給金は出ないってことか。なかなか上手くできてるんだね。
ただし三年経っても一人前と認められない者は放逐されたりもするのか。厳しっ! そりゃあみんな一生懸命になるよね。
「分かった。妾もおいおい考えておこう。どうせお飾りの妃となるのだからな」
いや、そもそも飾りにすらなれないかな……あはは……
「そ、それは……」
「気にせずともよい。では妾は朝食とする。そなたは休んでてよいぞ」
「あの、殿下、お召し物は……」
あ、昨日と同じ服……匂うかな……恥ずかし!
「うっかりしておった。着替えるとしよう。いや、その前に体を拭きたいが、水はどこで汲めばよい?」
タライなんかはどこにあるんだろう。
「ではこちらへどうぞ」
何これ? タライが大きすぎる。
『温水』
うっわ! マリーさんすごい! こんな大きなタライにあっという間にお湯が! これ私の魔力の何十倍どころじゃないよ……すごい……
「どうぞ。ごゆっくりお入りください」
「入る? この中で体を洗うということか? さすがローランドは大国であるな。なんと豪快な」
「左様でございます。こちらは勇者王ムラサキ陛下が考案なされた『風呂』というものにございます。まずは服をお脱ぎになり軽く流してください。それからお入りください」
ふろ……体を洗うためだけにこんなにたくさんの水、いや湯を……すごいな。
うわぁ……あったかぁい……こんなの初めて……ローランド王国って最高……
はあぁ……昨日までの疲れがとけていくみたい……これがふろ……
これはもうお飾りでも端女でも何でもいいな。こんな生活ができるんなら……一生懸命働こう……ふわぁ……むにゃむにゃ……
『落雷』
「ぴぎいぃ!? ちょっ、何を!?」
「失礼いたしました。殿下、ご入浴中の居眠りは大変危のうございます。くれぐれもお気をつけください」
マリーさんめちゃくちゃだよぉ……私腐っても王女なのにぃ。それに室内なのに雷の魔法だなんて……しかも威力がめちゃくちゃ最適に制御されてたし……何この魔法の達人……
なのに夫に耳を切られたの?
「このお湯ってどうするの?」
王女らしく振る舞うのがバカらしくなっちゃった。もうどうでもいいや。これだけ腕の違いを見せられちゃうとね……
「洗濯に使います。殿下は朝食に行かれてください。先ほどの服はその間に洗っておきますので」
「それぐらい自分で……と思ったけどマリーさんの仕事だもんね。じゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
ほっ。言葉遣いを注意されなかった。マリーさんもどうでもいいって思ってるんだろうなぁ。礼儀作法の指導はマリーさんの担当じゃないんだろうし。
あー美味しかった。もう私この国から離れられないよ。ほんの七十年前まで戦乱の時代だったなんて信じられないぐらい。いい国だなぁ。
「おかえりなさいませ。服は乾かしてクローゼットにしまっておきました」
「ありがとう。あ、そうだ。書庫に案内してくれない? 色々と勉強しないとさ」
「かしこまりました。ちなみに何を勉強なされるおつもりですか?」
「分からないよ。それを探しに行くって感じかな。私って顔は黒いし魔力は低いし。あーあ、何かあればいいんだけど」
無視かい! 嘘でもそんなことありませんって言ってくれないんかい!
淡々と案内してくれるし……
「こちらでございます。王族以外は立ち入り禁止ですが、殿下は構わないとの許可をいただいております」
お、おお。仕事が早いね。
よぉーし。せいぜい追い出されないようにがんばろう!




