輿入れ、ローランド王国
やっと……やっと着いた……
死ぬかと思った……
魔物は襲ってくるし……船は揺れるし……吐くものがなくなっても吐き気が止まらないし……
また痩せた気がする……こんなんじゃますます誰からも相手にされなくなっちゃう……
私だって姉さんみたいに色白で丸々として健康的な身体になりたいのに……
「殿下。我々が同行できるのはここまでです。これよりはローランド王国の方に引き継ぐことになります。どうかお元気で」
「ありがとう。帰りも気をつけてね。私がいないから大変とは思うけど」
ずいぶんあっさりと帰るんだね。せっかく来たんだから見物していけばいいのに。私だって歩きまわってみたいけど……
はぁー、ここがポルトホーン港かぁ。うちの国の港とは全然違う。うちの港の方が船の数は多いけど、大きさでは比べ物にならないなぁ。うちのは小舟ばかりだもんね……
それにしても……小国とはいえ私だって王女なんだけどなぁ……応接室とは言わないけど、せめて少しでも休める部屋で待たせてくれてもいいのに。
ここって船に荷物を積み下ろしする人達が少し腰をおろすための場所だよね? 丸太を縦に割っただけのベンチがいくつかあるだけの。
はぁ……後宮かぁ……嫌だなぁ。
あそこって外出できないんだよね。もう海で泳ぐこともできないのかなぁ。山歩きだって。せめてこの景色だけでもしっかり見ておこう。グレブリントもローランドも海は同じだし。あぁ……いい潮風。朝日が眩しいなぁ。
「失礼。グレブリント王国は第四王女ボニベリア殿下でいらっしゃいますか? 私はローランド王国親衛騎士団のクライド・バルロウと申します。お迎えにあがりました」
げっ、もうバレた……全然身代わりになってない……まあいいや。そもそも気にされてないんだろうし。それはそれでムカつくけど。
「いかにも。出迎え大儀である」
はぁ……侍女もいない小国の王女がこんな喋り方しても滑稽なだけ。だからって普段通り話すわけにはいかないし。しかも出迎えは二人だけ? 騎士が一人に御者が一人。私これでも第一王子と結婚するんだけどなぁ……
騎士さんはてきぱきと私の荷物を積み込んでくれた。どうせ少ししかないし。
「それでは出発いたします。夕方には王都に到着する見込みです。それまでゆるりとお過ごしくださいませ」
「うむ。世話になる」
うちの国の馬車より大きくてかっこいい。王家の紋章も刻まれてるし、車体は真っ白。きれいだなぁ。
あれ?
「そなたは馬車に乗らぬのか?」
「私は騎士ですから。それにナジーラ王子の妻となるお方と同乗するわけには参りません」
あ、それはそうだ。バカな質問しちゃったなぁ。でもこの馬車に一人って……退屈すぎるよ。話し相手ぐらいしてくれてもいいのに。これがキャサリン姉さんだったら騎士さんも目の色を変えて同乗してきたんだろうか。
「到着いたしました。長旅お疲れ様でございました」
やっと着いた……
船旅よりだいぶマシだったけど……本当に疲れた……腰が痛いよぉ。もう今すぐベッドに飛び込みたい……
「ご苦労。ここが王城か? 見事な城壁よの」
すごく丈夫そうな城壁。そして高い。見上げるだけで首が痛くなりそう。この中にはどれだけ立派な建物があるんだろう。
「その通りでございます。ではお部屋へとご案内いたします。こちらの馬車にお乗り換えください」
ふおおぉ……今度はきらきら光る紫だぁ。すっごい派手。これって王族しか使っちゃいけない高貴な色なんだよね。素敵ぃ……
「うむ」
私の部屋か。広くなくていいから、汚くないといいなぁ。あぁお腹すいた……お昼は道中の街で軽く食べたけど。もう日が暮れてるんだもん。
「到着いたしました。これより先が後宮となりますので、私はここまでです。改めましてご結婚おめでとうございます。ようこそローランド王国へ。この地が殿下にとって住み良いものになることをお祈りしております」
城壁からも結構遠かったなぁ。
「ありがたく。そなたのような騎士がいて頼もしく思う。これからも頼りにさせてもらおう」
「恐悦至極に存じます。では、これにて失礼いたします」
「うむ。本日は大儀であった」
騎士が私の目の前から退出すると、今度は年配の女性が現れた。何人ものお供を引き連れて。髪の毛は真っ白だけど凛としてるなぁ……
「ようこそグレブリントのお姫様。私は後宮総取締のツボネ・スプリングフィールド。我々はあなたを歓迎します」
「ボニベリア・グレブリントである。今日から世話になる」
この人の目が怖いよぉ……きっと長いこと後宮を仕切ってるんだろうなぁ。
「最初に断っておきます。姫様は確かにナジーラ王子の妻となられるお方。ですが、序列は未定です。ここには旧王家の血筋を引く姫君もたくさんいらっしゃいます。努努勘違いなされることのないようお頼み申し上げます」
侍女も連れてない小国の王女風情が調子に乗るなって? そのぐらい分かってるよぉ……だからってヘコヘコするわけにはいかないんだから……総取締なら分かってるくせに。
「忠告は聞いた。妾もここで目立つつもりはない。大人しくしておるゆえ捨ておいてくれて構わぬ」
はぁ……旧王家の姫君かぁ。たくさんいるんだろうなぁ。勇者王ムラサキ陛下が大陸を統一したのが七十年ぐらい前で、それ以前は大小様々な国で争ってたんだもんなぁ。きっと私と違って本物のお姫様なんだろうなぁ……いいなぁ。
「それは重畳。では早速ですがナジーラ王子に挨拶をしていただきます。こちらへ」
「分かった」
私たった今着いたばかりだよ? 服だって着替えてないし。旅装束なのに……
うへぇ……遠い。どれだけ歩かされるのよ。これなら最初から後宮なんか行かなければよかったのに……
やっと着いた……
ツボネさんがドアをノックすると、内側から扉が開かれた。
「グレブリント王国より姫君が到着されました。王子にお目通り願います」
執事っぽい人は無言でツボネさんを招き入れた。ナジーラ王子か……どんな人なんだろう……




