ナジーラの救命
俺は何をしてるんだ……
おもしれぇ女がいたよな。変な女だった。
色黒で物怖じしなくて、第一王子である俺にだってズケズケと物を言ってきた……変な女が……
魔力も全然ないくせに、精密制御だけは宮廷魔導士以上で。こいつならもしかして俺の魔力を制御できるんじゃないかって……つい思ってしまったのが失敗だったな……
俺はなんで海に沈んでるんだよ……
人間は海に沈むもんなんだっけ……?
なのに何故海になんか来てんだよ……
あんな女の口車に乗せられてあっさり海にドボンって……
嘘だろ?
俺はこれでも勇者王ムラサキ公の曾孫だぞ……国王の長男だぞ?
それが、こんなところで、死んでいいのか!?
助けてくれよ父上! あんた勇者ムラサキの孫だろ!?
助けてくれよ母上! あんた英雄イタヤの孫だろ!?
助けろよ……ボニー……
けっ……笑えるぜ……この期に及んで俺はあいつのことなんか……バカな女だよなぁ……俺なんかのためにムキになって父上に直談判してさ。さぞかし怖かっただろうによ……父上がその気になったらお前なんか一瞬で……灰も残らないってのに……本当にバカな女だ……
でも、一番バカなのは俺か……普段は廃嫡されるぐらい平気だぜって顔してるくせに……
いざ廃嫡が現実味を帯びてきたら……ビビってバカ女の口車に乗っちまってよ……バカすぎる……曽祖父に合わせる顔がねぇよ……
あー、バカ女の顔が見える。最期まで俺を笑いに来やがったのか……ん?
え? ボニー……何を……こいつ本当にボニーなのか……感触がある?
触ってるのか!?
夢中で伸ばした指の先を……を……
眩しい……ここが死した者が往くとされる場所『白の国』なのか……
胸が、苦しい……何やら圧迫されているような……
呼吸も苦しい。苦しいのに、胸の中に不思議な暖かさが満ちていく。これが白の国の空気なのか……
ああ……暖かいなぁ。海の中は冷たかったんだ……唇の先から暖かさが伝わってくる……
ん? く、くるし、い、息が、がっ、がはっ、がっ、げほぉおお、おおおっ、げっおおおおお……
「おおおお……がっ、ばはっ、げおおおおお、おっ、おおっ、はあっ、はあっ、はあ、はぁっ……」
「ナジーラ! ナジーラナジーラ! 目が覚めたよね!? 生きてるよね!?」
「ぼ、ボニー……? お、俺は……ここは……?」
「やった……目が覚めた……もおぉーー! ナジーラのバカぁーー! なんで溺れるのよぉー! バカ! ヘタレ! ざぁこざぁこ! 勇者の末裔のくせに! もおーー! 本当に死ぬかと思ったんだからね!」
「お、お前が助けてくれたのか?」
「当たり前だよおぉー! あんた私の夫になるんでしょお! 助けるに決まってるでしょお! バカバカ!」
「ボニー、お前はもしや回復魔法が使えるのか?」
「はあぁ? 無理に決まってるじゃない! だから勇者ムラサキ公がセプト・リブレ様を助けた方法で必死にやったんじゃない! 死んだら許さないんだからねバーカバーカ!」
勇者王ムラサキ公が? セプト・リブレ様を……? なっ、ま、まさか……!
「ぼっ、ボニー! そなたまさか、俺の唇を……!?」
「しっ、知らない知らない! ナジーラの唇がちょっと柔らかくて暖かかったなんて知らな、いやいやいやいや違うから違うったら違うから何も知らない違うもんもんもん知らないもん知らないからぁーー!」
あ……走り去っていった……
ふっ、そうか。ボニーがな。俺を海より引き上げただけでなく、命の息吹まで吹き込んでくれたのか。
ふふ、ふふははは。はは、ははははははははは!
笑いが止まらない。あの時感じた温もり、暖かさに柔らかさ。ふふ、全てボニーのものだったというわけか。
どうやらあの女と結婚してしまったら、俺は頭が上がらないことになりそうだな。だが、構うものか。あんなおもしれぇ女は王国中探しても見つからないだろうからな。
ふっ、色黒令嬢ボニベリア、か。




