ヴェスチュア海沿岸の実験
「かわいい弟さんだね」
「俺には過ぎた弟だ。今でも俺のことを王太子に相応しい器だと思い込んでるようではあるが……そんな俺を超えた上で王太子になりたいと思っているとはな。もうとっくに超えているくせに。やれやれだ」
「そうなの? そんなのまだ分からないよ。ナジーラだって魔力だけなら国王陛下以上だもん。かなりすごいよ?」
「魔力だけ、は余計だ。それに、どんな大きい力も……制御できねば意味はない。むしろ民草に迷惑を及ぼす害悪となりかねん。そのような者に王たる資格などあるはずもない……」
「だから特訓するんだよ。大丈夫! 私がついてるから!」
「はは……お前の考えなしの行動が頼もしく思えるとは、俺もいよいよ終わりだな。まあいい。たった一週間だ。死ぬ気で足掻いてみるとするさ」
「むぅー! きっと大丈夫だもん!」
根拠はないけど……
着いた! 私がやってきたポルトホーン港に。途中で乗り換えて川を下ったせいか、かなり早かった気がする。
「で、俺はどうすればいい?」
「えーっと、こっち!」
とりあえず船が停まってない方へ。護衛の騎士も一緒に付いてくる。
「ナジーラはさ、海で泳いだことってある?」
「あるわけなかろう。お前は海の危なさを知らんのか?」
あーもう! また愚か者を見る目してるぅ!
「知ってるよ! 私がどこから来たと思ってるの? グレブリント王国なんだけど……毎日のように泳いでたんだから!」
「グレブリントの海には魔物がいないのか?」
「いるに決まってるよ。ヴェスチュア海のど真ん中なんだし。だから魔力制御が大事なんだよ」
私の場合は制御するまでもないんだけどね。しょぼいから……
「一理ある。つまりお前は俺に海に入っても魔物が寄りつかないほど魔力を制御しろと言うのだな?」
「それもあるんだけど、そもそも海の中で魔法が使いにくいのは知ってる?」
「なんだと? 寡聞にして知らぬ。そうなのかクライド?」
護衛の騎士は例によってクライドさんだ。
「はっ、私も初耳です!」
「そりゃそうでしょ。そもそも誰も海でなんか泳がないんでしょ? だからさ、あれこれ考えずにまずやってみて。ほら、男ならドボンと行こうよ」
やっぱりローランドの人間って泳がないんだね。メニューに海の魚が少なかったから気になってたんだよね。
「わ、分かった……」
覚悟を決めたようで岸壁に向かってじりじり歩くナジーラ。
「あっ、言い忘れた。上だけでも服は脱いでおいた方がいいよ」
「なんだと? 魔物と無防備な状態で戦えと言うのか?」
「違う違う。服着たままだとかなり泳ぎにくいよ。やれば分かるけど溺れたりしたら大変だし。まずは無難に脱いでおこうよ」
「そうか。分かった」
するすると服を脱いでいくナジーラ。高そうな服だなぁ。汚れ一つない。そんな服を無造作に地面に投げるなんて……あ、クライドさんが拾ってる。
へぇ……ひょろひょろかと思ってたけど、やっぱナジーラっていい体してるんだぁ。特に背中、あれは長年剣を振り続けている騎士のそれだ。やっぱりローランド王家ってすごいんだなぁ……
「おい、これでいいか? で、海に飛び込んでからどうすればいいのだ?」
あっ、べ、別に見とれてなんかないんだから……
「おほんっ、と、飛び込んだらね、なるべく深く潜ってから魔法を一回だけ使ってみて。なるべく威力を抑えてね。そしたらすぐ上がってきて」
「分かった」
その顔は分かってない顔だね。私が父上に明日の夕食はシーオークの丸焼きが食べたいって言った時みたいに。こいつ何言ってんだ? みたいな。
でも、私の読みが正しければ……
覚悟を決めたナジーラは海に飛び込んだ。上手くいくかな……




