森のなかまたち 9
そして、いよいよ犬飼さんにお披露目する日。
娘さんには撮影の許可をもらう時に全て事情を伝えていたけど、犬飼のおばあちゃんにはこの事を内緒にしてもらっていた。
だって、もし期待をさせておいて、万が一、ミニチュアハウス計画が途中で頓挫した時、がっかりさせてしまうんじゃないかと思ったから。
「あ、あああ、あの……きょ、今日は……おばあちゃんに、わ、わた、渡したい、ものが……ありまして……」
気に入ってもらえるかどうか不安で、いつも以上に緊張して言葉に詰まってしまった。
「ふふふ、咲ちゃん、そんなに気を遣わなくてもいいのよ。こうやって、お見舞いに来てくれただけで嬉しいわ」
だけど、そんな私を犬飼のおばあちゃんはいつものように優しく迎え入れてくれる。
ちなみに今日は私と小熊さんと、そしてミニチュアハウスを安全に運ぶために狐坂さんに車を出してもらい三人で訪れていた。
「じ、実は……わ、わたしと、こ、こ……小熊さんと、あと、き、きた、北通り商店街の人たちが、きょ、協力してくれて、作りました……。こ、ここ、これで、少しでも、げ……元気になってくれたら、嬉しいです!」
商店街のみんなと協力して完成させたミニチュアハウスは、自分から見てもすごく素敵な品だと思えたし、実際の犬飼のおばあちゃんの家のキッチンの写真と比べても、雰囲気はよく出ていると思う。
小熊さんからも今朝、出発の準備の時ぶつぶつと念仏を唱えるかのように不安を口にしていた私に、これならきっと大丈夫だと背中を押してもらえたので、私は勇気を振り絞ってそう伝えると、小熊さんと狐坂さんがテーブルの上にミニチュアハウスが入ったプレゼントの箱を置くと、
「まあ、皆さまから? 何かしら、プレゼントなんて久しぶりでちょっとワクワクしちゃうわね」
一瞬、驚いた顔をした犬飼のおばあちゃんだったけど、すぐに嬉しそうに目を細めると、小熊さんと狐坂さんが箱から丁寧に取り出そうとした瞬間、私は思わずぎゅっと目をつぶった。
「……っ!」
緊張がピークに達しみんなにも聞こえるんじゃないかってくらい、心臓がドコドコ暴れ回っていた。
「……まあ。何て、ことかしら……」
しばらくの無言の間のあと、ぽつんとおばあちゃんがそう呟いた。
「私の、一番お気に入りの場所……。こんな素敵な……しかも、これを手作り? だなんて、あらまあ、どうしましょう……」
おばあちゃんの感極まったような声におそるおそる目を開けると、涙ぐむ目元に指を当てながらミニチュアハウスを見つめる姿に、喜んでくれているのが分かって心の中でホッと胸をなでおろした。
それから、犬飼のおばあちゃんだけでなく娘さんも一緒に嬉しそうに、私たちが作ったミニチュアハウスを隅々まで眺め回していた。
「素敵すぎて、ずっと眺めちゃうわね」
その気持ちは私にもすごくよく分かる。ミニチュアハウスは何時間でも、ずっと眺めていられる魅力があるのだ。
「あ、あの、ど……どうぞ、触ってみてください……。ちゃ、ちゃんと……キッチンの引き出しや、棚の戸が、開いたりするので……」
小熊さんの作るミニチュア家具は、引き出しや扉なんかもちゃんと開く仕様ようになっていて、キッチン台の下には狸原さんが作ってくれた調理器具、食器棚の引き出しの中にもミニチュアグッズを飾ることが出来るので、それを見つける楽しみも詰め込まれていた。
「咲ちゃん、こんな素敵なもの作れるなんて……すごいわ」
「い、いいい……いえ、わ、わわ、わ、私が、作ったのは小物類だけで……」
土台と家具は小熊さん、調理器具は金物屋の狸原さん、カーテンやエプロンといった布製品は小鳥遊手芸店のおばちゃんに教えてもらって、お庭に見立てた多肉植物の寄せ植えは、蜂須賀花屋さんに協力してもらったことを、たどたどしくもちゃんと説明した。
「まあ、小鳥遊さんには昔娘の洋服を作る時やお直しでお世話になったのよ。狸原さんにはお鍋やおろし金の手入れ、蜂須賀花屋さんは主人が生きてた頃、誕生日に花束を買ってきてくれたりしてね……」
すると、おばあちゃんは静かに目を伏せ、ゆっくりと昔を思い浮かべながら、懐かしそうに話してくれた。それから、しばらく思い出に浸るように目を閉じていたおばあちゃんが、ゆっくりと顔を上げ娘さんに振り向いて、静かに口を開けた。
「……ねえ、もう少しだけわがままをいいかしら。私、あの家に戻りたい、あの町でもう少しだけ暮らしたい」
「……そう言うと思った。仕方ないわね、もう少しだけね。そのかわり、ぜったい無理をしないこと。ちょくちょく顔を出すから」
「ありがとう。そして、今日は咲ちゃんと小熊さんと狐さん、こんな素敵なミニチュアハウスを本当にありがとう」
おばあちゃんの感謝の言葉に、これまでうまく作れなくて悩んだり落ち込んだりした事もたくさんあったけど、報われるってこういうことなのかなって気がして、最後まで一生懸命になって作って良かったなと思えた。
「あの、こんな時にあれですが、このミニチュアハウスのお代ですが……」
そんな中、不意に娘さんからそう言われて、驚いてしまった。
「い、いい……いえ、こ、こここ、これは、私が、か、かか勝手に、やったことなので……そんな、お代なんて……」
頼まれたとかでもなく、勝手に贈り物として作ったものなので、お金を受け取るなんてとんでもないことだった。
「それはいけないわ。咲ちゃんの気持ちはとても嬉しいけれど、これだけ素晴らしいもの無償でいだけないわ」
「そ、そそそ、そん、なの……だ、だ、だめ、です……い、いただけ、ません……」
必死でお断りしようとしたけど、犬飼のおばあちゃんと娘さんさんからジーッと見つめられて困っていると、右隣にいた狐坂さんが口を開いた。
「……わかりました。そこまでおっしゃって下さるなら、犬飼さんの厚意に感謝します」
狐坂さんの言葉に、犬飼さん親子が笑顔で頷いてくれた。
「あ、あの、こ、ここ、狐坂さ……」
犬飼さんの申し出を素直に受け入れた狐坂さんに驚いて、おろおろしていると……。
「ミニチュアハウスのおおよその相場もリサーチしてきたし材料費を合わせて、もちろん咲ちゃんの気持ちも十分考慮して見積もり出すから、交渉は僕に任せてくれないかな?」
「で、で、でで……でも……」
そんなつもりが全くなかった私は、ただただ慌てふためくばかりだったけど、その時。
「お話の途中ですみませんが、このミニチュアハウスを置く場所は決まっていますか。よければ見積りの話の間に自分が運びます」
小熊さんは狐坂さんを止める事なくそう言って立ち上がると、
「それは、助かります。それじゃあ、今、母が使っている隣の部屋にお願いできますか。窓際に机があるのでそこに」
娘さんから置き場所を聞き、私に振り返ってこう言った。
「わかりました。じゃあ、森野も手伝ってくれ」
「え、で、でも……」
そう言って、私をその場から連れ出したのだった。
「……このくらいでどうでしょうか?」
「もう少し高くても……」
「僕から見ても良い出来だと思いますが、なにせ初めての試みの品なので、試作作としてこのくらいかと……」
隣の部屋から聞こえてくるやりとりが気になってしょうがない私に、小熊さんが声をかけてくれた。
「もちろん俺も狐坂も最初から無償で贈るつもりだったから、森野の気持ちもよく分かるが、ああまで言われたら、ここは素直に受け取ってあげた方が犬飼さんも喜ぶと思う」
小熊さんの言うことも分かるけど……。コミュ症の私は二人のようにうまく相手のお礼の気持ちを受け取れず、それに狐坂さんがそれとなく相場をリサーチしていたのに対して、何となく消化しきれないモヤモヤとした思いが残ってしまう。
「森野の善意の心は素晴らしいが、それと同時に物づくりの費用面の大事さを、狐坂はとくに身に沁みているらな……」
そんな私の気持ちを見透かしたように、小熊さんにそう言われた。
でも、このミニチュアハウス計画は私の一言から始まったようなものだから、かかった費用や今回お世話になった商店街のみんなへのお礼はアルバイトで貯めた貯金から出そうと思っていたのだ。
それを小熊さんに言うと、彼は苦笑した。
「みんなへの謝礼は、小熊木工店から出すよう狐坂と決めている。それに、森野のその貯金もお兄さんと同居しているおかげで出来ていると聞いたが。ちょっと昔話をしてもいいか?」
一旦話を区切ってそう聞かれたので、私もひとまずこくんと頷いた。
「狐坂の両親は昔、商店街で洋食屋をやっててな、親父さんの料理の腕は評判だったが、まあ、気前が良くて、商売っ気が全然ない人でな……。近くに出来た大きなショッピングモールの煽りで、店をたたむハメになったんだ」
思ってもみなかった狐坂さんの過去に驚きつつも、黙ったまま続きを聞く。
「子どもの頃は親父さんと同じ料理人になりたいっと言ってたが、あいつなりに思うところがあって経営に携わる道に進んだんだ。だから、うまく言えんが……狐坂も狐坂なりに、物作りを通して出会うすべての人のことを考えて動いていることを、知ってもらえると助かる」
今の話を聞いて、自分の気持ちばかりで、広く物事を考えていなかったことに気づかされた。
確かに、私が今こうやってどんどんミニチュア作りが出来ているのも、兄や小熊さんたちの協力があっての事で、やりたい事が出来るのも、綺麗事が言えるのも、それを支えてくれる人がいてくれるからこそだ。
そういう恵まれた環境を作ってくれているのを、どこか当たり前のように感じていたのかもしれない。
狐坂さんは、私の気持ちや犬飼さんの気持ち、それに関わってくれた人たちの事を考えて、色々と準備してくれていて、それぞれの気持ちがうまく交換できるように調整してくれているんだ。
小熊さんが話してくれたおかげで、やっと犬飼さんからの厚意を素直に受け止める事が覚悟が出来そうな気がした。




