森のなかまたち 8
それからは、ひたすら作業の日々だった。
小鳥遊さんや狸原さんと話した翌日には、最初からこうなることを予想していたかのように、もう狐坂さんがそれぞれのスケジュールを作成してくれていた。
私が担当する食器やグラス、ジャムや食材保存の透明な瓶などの小物類は、数こそ多いけれどこれまで作ってきた物と工程にそう変わりはないので、特別難しいということはなかった。
エプロンをはじめテーブルクロスや小窓のカーテンになどの布製品は、小鳥遊さんが手芸店の閉店後に小熊木工店に来てくれて、型紙や裁断の仕方から教えてもらっていた。
庭に見立てた多肉植物の寄せ植えも、商店街の南通りにある蜂須賀花屋さんでワークショップという形で教わりながら作ることになった。店主の蜂須賀さんは、小熊さんや狐坂さんの大学時代の後輩との事で、これまた心良く協力してもらえる事になった。
だから、あとは私が皆の足を引っ張らないように、ひとつひとつ丁寧に一生懸命作っていくだけなのだが……。
作業開始から一週間が経った頃、早くも狸原さんが試作品を持って小熊木工店にやってきた。ミニチュアサイズへの加工など初めての試みで苦労も多いはずなのに、あまりの仕事の早さに驚くばかりだった。
そして、狸原さんは皆に意見を求め、一通りそれを聞き終えるとまた自分の店に帰り改良に取り掛かった。
それから何度も試行錯誤しながら試作品を作り続ける、正直、私の目からはもう十分過ぎる出来だと思っていても、本人の中ではまだまだ納得いかないようで「いや、ここをもうちょっと……」といった感じで、何だか皆の物作りに対する情熱に私は密かに圧倒されてしまったのだった……。
そんな、ある日。
「あれ、咲ちゃん?」
「あ、こ……狐坂さん、お、おお……お疲れ様です」
狸原さんがまた試作品を持ってきてくれて、小熊さんと話し込み始めたので、給湯室でお茶のおかわりの用意をしていると、狐坂さんがやってきた。
「お疲れ様。お茶を淹れてくれるの手伝ってくれるのは有難いけど、こういう裏方は僕の担当だから気にしないで大丈夫だよ」
「あ……す、すみません…」
狐坂さんは、私たちが作業に専念出来るように、スケジュール管理をはじめ、こうやって休憩時間のお茶や夜食なんかの用意もしてくれていた。
それなのに、私は自分の作業の手を止めて……。
「どうかした?」
ここ数日感じていたモヤモヤとした気持ちに何となくうかない様子だった私は、狐坂さんに聞かれて、思わず視線を落とした。
「いえ……その、な、何て、いうか……こ、小熊さんたちの、物づくりに対するこ……こだわりというか、た、ね、熱意みたいなものに……あ、圧倒されたというか……」
この数週間、小鳥遊さんや狸原さんの物づくりへの熱意を目の当たりにした私は、自分なりに頑張っているつもりだけど、それでも全然足りない事をあらためて思い知らされた。
「ふーん、それでちょっと自信をなくしちゃったとか?」
正直、自信とかは最初からないけど、それでも今の私の精一杯で頑張れたらと思っていたけど……。
「な、何か……わ、私だけ、場違いみたいな、感じが……して……」
長年物作りの道で働いてきた人達の中で、自分だけ意識が趣味レベルだったのが何だか恥ずかしいような、だんだん申し訳ないような気になっていた。
「でも、そんな彼等の心を動かしたのは、咲ちゃんだよ」
「……え?」
思わず泣き言を吐いてしまった私に、けれど狐坂さんは意外な言葉をかけてくれた。
「初めて君のデザイン画のノートとミニチュアを見た時、小熊と僕は心を動かされた。だから、SNSを立ち上げた訳だし、今回の事も咲ちゃんの一生懸命な想いが皆に伝わったから、こうして力を貸してくれてるんだよ」
「狐坂さん……」
怖気づいていた心が、狐坂さんの言葉によって少しずつほぐれていくような気がした。
「だから今、咲ちゃんがやらなきゃいけない事は? ここでお茶の用意をすること?」
ここでへこたれている場合ではない。
「わ、私……さ、作業に戻ります」
私はギュッと拳を握りしめ狐坂さんにそう言うと、勢いよく給湯室を出た。
「あ、こ、小熊さん……」
すると、出てすぐのところで小熊さんと鉢合わせた。
「給湯室に行くのが見えて、何か手伝おうと思ったんだが……」
もしかしたら、さっきの狐坂さんとの話を聞かれてしまったのだろうか。
「あ……あの、わ、私……」
勝手に落ち込んで、情けない様子を小熊さんに知られたかもと思うと、恥ずかしくなった。
「ミニチュアハウス作り、楽しいか?」
けれど、そんな私に小熊さんは唐突にそう聞いてきた。一瞬のポカンとしたけれどそのあと、私は勢い良く首を縦にぶんぶんと振った。
勝手に落ち込んだり、上手くいかなくて悩んだり、苦しい時もあるけれど、でも、心のどこかでそういうのも全部ひっくるめて楽しいって感じているのも本当だった。
「わ、私、もっと……もっと、頑張ります」
小熊さんたちの物作りに対する姿勢に、自分も少しでも良い物を作るためにはどうすればいいか、もっといっぱい考えたいと思った。
「ああ、一緒に頑張ろう」
小熊さんの言葉通り、それからは私も少しずつ積極的に意見交換に交ざるようになって、一緒に試行錯誤をしながら作業を続けた。
そうして、実に3ヶ月の月日をかけて、ようやく犬飼さん宅のミニチュアキッチンハウスが完成した。
最後のパーツを飾り終えた時は、思わず皆から拍手が起こった。
「ほう、こりゃなかなか良いんじゃないのかい」
「俺は、こういうお人形さんハウスみたいなのは、からっきしだけど、こうやって見ると見事なもんだな」
小鳥遊さんと狸原さんが満足そうな表情でそう言ってくれたので、安堵とともに嬉しさがじわじわと込み上げてきた。
「いいね、いいね。想像以上の出来だよ」
狐坂さんは嬉々としながら早速、完成品を色々な角度から撮影し始めていた。
犬飼さんのために作ったものだけど、自分にとっても大好きな物がぎゅっと詰まったミニチュアハウスになっていた。
「よく頑張ったな」
そして、最後に小熊さんがそう言って私の頭をポンポンとなでた瞬間、目頭が熱くなりこれまで我慢していた涙が堪え切れなくなった。
「み、皆さ、んに……きょ、協力して、もも、もらった、っ……お、おかげ、です。ほ、本当に、ありがと……ございます」
いくらコミュ症でもせめて最後くらいはもう少しまともにお礼を言いたかったのに、結局、泣き出してしまいグダグタになってしまった。
けれど、そんな私の背中を小熊さんがまた優しくなでてくれるのだった。




