森のなかまたち 7
店内に案内され、いくつかの袋に分けられてまとめ売りされている端布の束を前にした途端、先ほどの緊張はどこへやら。私はそれから1時間ぶっ続けでかじりつくように、次から次へと端布の束をめくり続けていた。
「……なかなか根性入れて、吟味するじゃないかい」
そんな私の様子に小鳥遊さんが思わずそうこぼした事にも気づかないくらい、夢中になっていた。
最初は今回欲しい柄を探していたけれど、色んな柄を見る度に、どんどん別のミニチュア雑貨のアイデアまで膨らんできて、収拾がつかなくなっていた。
「何を作るつもりだい、イメージを言ってくれたら見繕ってあげるよ」
見かねた小鳥遊さんにそう声を掛けられた事で、ハッと我に返ってやっと本来の目的に戻る。
「ほう。12分の1のサイズのミニチュアのエプロンねぇ……。ちょっと待ってな」
たどたどしくも事情を話すと、小鳥遊さんは一度店の奥に引っ込みしばらくして箱を手に戻ってきた。
「こういうイメージかい?」
「わぁ……可愛い!」
箱から出て来たミニチュアの洋服の数々に、私は思わず小さな歓声を上げた。
「そ……そうかい。こういうのもあるんだけどね」
これまで眉ひとつ動かさなかった小鳥遊さんが、私の言葉にまんざらでもない様子でそう言うと、また別の箱を開けて見せてくれたのは、レースをふんだんにあしらったミニチュアドレスだった。
「すごく綺麗……」
触るのも躊躇われるくらい素敵なドレス、それでも小鳥遊さんは遠慮せず手に取って構わないと言ってくれたので、おそるおそる縫い目を確かめたりしていた。
「繊細な生地だからね、ミシンじゃ難しいところは手縫いしてるんだよ」
「も、もしかして、こ……これ、ぜ、全部、小鳥遊さんの、て、て手作り、なんですか?」
「……昔、娘にリコちゃん人形の着せ替えの服が欲しいとせがまれてね。そこから、まあ……ちょっと凝り始めて今でもちょいちょい作ったりしてるんだよ」
「……!」
このハイクオリティなミニチュア洋服を作った人が目の前にいるなんて、思わず息を呑んだまま目の前の小鳥遊さんを凝視してしまった。
「何だい、小熊! アタシには似合わないってかい?」
そんな私の視線に耐え切れなくなったのか、まるで照れを誤魔化すかのように眉間にキュッと皺を寄せると、急に矛先を小熊さんへと向けた。
「いや、俺は何も言っていないが……」
理不尽な八つ当たりをされ、さすがの小熊さんも戸惑っている。
「と、とにかく、アンタが作ろうとしているエプロンには、これなんかが良いんじゃないかい?」
気を取り直した小鳥遊さんが、おもむろに生地を選んで目の前に差し出してくれた。
実際のエプロンの柄のモチーフとは全然違うけれど、あらためてミニチュアサイズで作った時の仕上がりをイメージすると雰囲気がよく似ているような気がする。
「この洋服は6分の1のサイズだけど、12分の1となると……。厚い生地は向かないし、薄いと縫う時に生地が吊ったりして難しいから接着芯をつかったり……。ど、どうだい? 生地だけじゃなくて、ついでに糸や針の選び方から型紙や生地のカットの仕方まで、サービスで教えてあげてもいいけど……」
「え……」
とてつもなく有難い申し出だけど、いくらお客とはいえそこまでお世話になっていいのか戸惑っていると。
「こ、小熊の知り合いなんだろ? 同じ商店街のよしみとしてちょっと手を貸してやろうと思っただけで、アタシに習うのが嫌ってんなら仕方ないけど……」
嫌なんて……とんでもない!
そこまで言ってもらえて、あれほど素敵なミニチュアドレスを作る人に直々に教えて貰える貴重な機会を逃す理由はなかった。
「い、いっ……い、一生懸命、が、頑張ります。よ……よろしくお願いします……っ!」
「そうかい。んじゃ、まあよろしく」
その場で勢い良く頭を下げると、小鳥遊さんも何だかちょっとホッとしたような声でそう言ってくれたのだった。
あれよあれよという間に話が進んで、小鳥遊さんの店を出る頃には何だか呆気にとられて思わずぽかんとしていた。
けれど、そんな私に更に小熊さんが声を掛けてきた。
「次は、金物店にでも行ってみるか」
「え……か、金物店、ですか?」
「ああ、本業はそうだが、狸原の親父さんは何かと物づくりが好きな性分だから、たぶん色々と話に乗ってくれるはずだ」
小熊さんに案内されるまま、北通りの端にある狸原金物店を訪れた。
「こんにちは。狸原のおやっさん」
「おう、大貴か毎度。今日はどうした? そういや昨日、有……」
「実は、ちょっと紹介したい人がいて、森野」
「は、はは、初めまして……。も、森野です。あ、あの……じ、実は……」
小熊さんに手招きされて、私は店に入る前に何十回もシュミレーションした挨拶の言葉を述べようとしたけれど……。
「かっ……母ちゃーん! 大貴が恋人を連れてきたぞーっ!」
私を見るなり目を丸くした狸原さんが大きな声を上げると、奥からドタドタと騒がしい音がして奥さんらしき人が出て来た。
「何だって! おや、可愛らしい子じゃないかい。アンタ絶対逃すんじゃないよ!」
何だかあらぬ誤解をしている狸原さん夫妻に、案の定地蔵と化したように固まってしまった私のかわりに小熊さんが口を開いた。
「二人とも落ち着いてくれ。彼女はそういうんじゃなくて……」
分かってる……。
小熊さんにとって私はそういう存在じゃないことは分かっているはずのに、勝手に胸が痛むのはどうしてなんだろう……。
私にとっては、好きな人とこうやって一緒に作ることになっただけでも十分過ぎるくらい幸せな事で、そもそもそんな関係を望む勇気すら出せないでいるくせに、自分勝手な心に嫌気がさしてしまう。
けれど、そうこうしているうちに小熊さんが誤解を解いてくれたので、私はひとまず気を取り直して狸原さんに事情を打ち明けたのだった。
「良い話じゃないか。何かと世知辛い世の中に、こんな若い嬢ちゃんがなんとも人情に厚いなんて。よっしゃ、このフライパンや鍋を12分の1のミニチュアサイズに作ってみればいいんだな。これも腕試しだ」
話を聞いた狸原さんが一瞬も悩む素振りもなく即決で協力を申し出てくれたことに、びっくりして思わず固まってしまった。
いくら小熊さんの知り合いだからと言って、そこまで厚意に甘えてしまっていいのか。何だか色んな人達を巻き込んでしまっている責任を感じ始めていた。
「あ、あの、代金はどのくらいか今は分かりませんが、私、ちゃんと払いますので……」
まさか本職の人に作ってもらえるなんて思ってもみなかったので、どうすればいいのか分からずオロオロしながら、とりあえずそう言ってみた。
「いや、こいつは俺も初めての作業だから、まあ、試作品としてお嬢ちゃんの心意気で十分だ」
「で、でも……」
狸原さんはそう言ってくれたけれど、全くの無償で作ってもらうのはあまりにも気が引けるので、せめて費用だけでも受け取ってもらおうと困っていると、
「諸々の費用については、狐坂があとでまとめてくれるからその話はまたその時にしよう」
小熊さんがひとまずそう話をまとめてくれたので、
「あ、あの……それでは、よ、よろしくお願いします!」
今日のところはひとまずこれでお暇することにしたのだった。
◇◆◇
その帰り、私は今日一日で何だか3年分の勇気を使い果たしたような感じで、ぐったりとしていた。
それでも、今日一日でここまで話がまとまったのは、ひとえに小熊が一緒に来てくれたおかげだ。
「あ、あの……こ、小熊さん、今日は、し、心配して、一緒に来てくれて、あ……ありがとう、ございました。き、きっと、わ、私ひとりだったら、お店に入るだけでも、あと3日は、かかってました……」
正直、3日どころかもっとかかったと思うけど、それを言うとまた心配されそうな気がして、ちょっと控え目に言ってみた。
「こ、こうやって……協力してもらえるようになったのも、こ、ここ、小熊さんの、おかげです。きょ、今日は……本当にありがとうございます」
「……森野の力になれたのなら、良かった」
これまで自分の好きなミニチュア雑貨を、ひとりコツコツと作るだけだったけど、初めて誰かのために作ってみようと思った。
正直、これだけ協力してもらえる事になったのに上手く行かなかったらどうしようとか不安は尽きないけれど、ひとりじゃないという心強さとワクワクとした思いも込み上げてくるのだった。
コミュ症でぼっちだった私の世界が少しずつ広がっていくような感覚に戸惑いつつも、
最後まで、精一杯、頑張ろうと思った。




